#471 順調なのかな
別荘の窓際でのんびりと姉貴達とお茶を飲む。
と言っても、姉貴の前には情報端末があり、その画像を皆で見ながらというのが正しいのだけれど…。
「少なくとも、連合王国の版図に存在した抜け穴は潰せたと言う事じゃな。」
「そんな感じかな。でも油断は出来ないわ。」
「ほらね。」って言いながら画像を切替える。そこはノーランドの王都が拡大されて映し出されていた。
「この広場にいる部隊は少なくとも500人はいるわ。そして、舞台の一部はこの小さな建物に入っている。…まだ、レイガル族との戦が続いているのよ。しかも活発にね。」
また画像が切り替わる。
今度はノーランドの北東に広がる荒地の熱画像だ。
「1年前の画像と比較するとおもしろい事が分るわ。」
前回のレイガル族の版図を赤で、今回の版図を青で表示する。それがゆっくりと重なった。
「中心部が千切れているぞ。そして南西に広がっておる。」
「ここって、孤立してますよ。」
やはり原生生物との戦いは苛烈を極めているようだ。
至る所で色が抜けている場所がある。たぶん生活空間を繋ぐトンネルを閉鎖したんだろう。
そして、逃げるような形で南西に活動区域が移動している。これではノーランドとの小競り合いが起こるのは当たり前だ。
「やはりレイガル族では対処出来ないのでしょうか?」
「そうね…。これから見ると、恐慌状態だわ。冷静に対処をすると言うことを知らないのかしら?」
「もし、ここに現れたらどうするのじゃ?」
「先ずは遅延。そして攻撃効果の確認。最後に一斉攻撃かな。」
「通常の戦と変わらんじゃないか!」
アルトさんは憤慨してるけど、基本は大事だよな。
相手が分らなければ分らない程、威力偵察は必要だと思うぞ。
とは言え高い山脈の北、それも地下で行われている戦いだ。ここまで波及することは、トンネルを破壊しているのでそれ程高くはないだろう。
たまに、姉貴が様子を見ていれば問題はない。
「私は、ユング達のメールの方が気になるわ。最近届いたのはこれなんだけど…。」
そう言って、メール文を表示する。
『元気か?…こっちも元気だが、色々と問題が出て来たぞ。
悪魔と名付けた種族だが、南に行くに従って数を増して来た。種族の総数としては、そちらの王国を合わせた数の10倍は要るんじゃないかと考えている。
文化程度は極めて高い。火薬の製作には至っていないが、鋼の量産体制が確立しているようだ。そして、その品質も高い。俺の持っていた長剣1本は使い物にならなくなった程だ。
魔法の威力も格段に上だ。【メル】に近い炎弾は、その色が青だ。この意味が分るな。
フラウと相談して、無人偵察機で彼等の版図を偵察しようとしたが、200km程飛んだところで撃墜された。地上千mを時速500kmで飛行する直径3mの円盤をだぞ。
使われたのは、上空に広がる炎弾だ。まるでクラスター爆弾のように一斉に炎弾が炸裂した。
今は、目的地まで3千km程の所にいる。
カリブ海は広大な平原だ。その先に目的の歪がある。
フラウが広域殲滅兵器を組み立てているが、果たして効果があるかは不明だ。
もう少し、待ってくれ。破壊の準備は終ったが、そこまでの道が開けない。』
「アキト、解説じゃ。」
お茶のカップを持ってアルトさんが俺に言った。
姉貴達も俺を見ている。
「要するに、足止めを食ってるって事だ。ディー並みの強さをユングとフラウは持っているが、相手は更に強そうだって事かな。何とか、やっつけると言っているが、フラウ達は魔法を使えない。そして相手は強力な魔法が使えるらしい。」
「ディー並みならば、我等が加勢してもたいした力にはなれまい。その2人が手こずるなら、万が一にも連合王国への侵入は防がねばならぬ。…やはり、歪みの破壊は待った方が良くはないか?」
アルトさんの言いたい事は分かる。歪みの破壊によって魔法が失われたら強力な敵にはなす術はない。だが、逆に敵にとっても同じ事が言える。敵の魔法も弱体化するのだ。それならば、少しは勝機が見えるかもしれない。
「歪みの破壊は相手にとっても同じ事になる。互いの魔法は弱体化するだろう。」
「どちらかというと、歪みを破壊しない方が問題よ。あちらは魔法が頼り。でも私達は違うでしょ。」
確かに、魔法を使うよりは爆裂球を使ったな。
という事は、悪魔との戦では火薬が使われる可能性があるぞ。科学を教えれば燃焼の原理を考える筈だ。爆轟、爆燃…火薬は意外と早くに実用化されそうだ。
「まぁ、任せておこう。あいつは約束は守る男だ。」
「今は、女じゃ。…じゃが、アキトがそう言うなら、結果を待つだけじゃな。」
「と言う事で、製鉄所の建設になるんだけど…。あれも、関係するの?」
姉貴のあれは、あれの事だな。
果樹園を走り回るちょっと大きくなったヒヨコを、アルトさんとリムちゃんが追い掛け回してたのを吃驚した表情で見ていたっけ。そして、港から小船で陸揚げされたヤギの一軍をシグさんが荒地に曳いて行ったのも、呆然として見ていたな。
「ヒヨコは果樹園の肥料作りだ。別件だよ。だが、将来的には製鉄所に卵や鶏肉を供給出来る。そして、ヤギも同じ。あれはチーズ作りの話が出た時に、商会と御用商人達の間で調整して、実行する事になった。流石に世話する事は出来ないから、屯田兵に任せるみたいだね。」
「新たな産業と言う訳じゃな。上手く行くと良いがのう。」
そう思うんだったら、ヒヨコを追い回さないで欲しいな。小さな見習いシスターが心配そうに見ていたぞ。
「製鉄所の方はそこそこ順調だ。用水路は鉄鉱石の運搬用にヘンケンさんが設計よりも広げたし、現在100M(15km)も作業が進んでいる。と言っても残りは数倍もある。貯水池の建設も順調だ。遊水地は灌漑用にも使用出来る。
そして、土台と建物が出来次第、高炉を作り始める。隣の建物は転炉を作る。この二つが出来れば、鋳物と鍛造した鋼が出来ると思うんだ。」
「あのやたらに高い建物じゃな。中身がまるで無いぞ。」
「そこに炉が出来るんだよ。そして、200D(60m)離れた場所に水車を作るんだ。送風機は試作中だ。タービンとレシプロで性能評価をする。」
「工場見学で見たのはタービンだったよ。」
姉貴の言葉に頷く。
「あぁ、構造が簡単なんだが、この世界ではまだ無理があるみたいだ。問題は密閉だな。その点、レシプロはピストンと弁だからね。まぁ、作ってみれば判るよ。」
送風機と言っても、実際には圧縮機だ。アルキメデスポンプみたいなタービン式は、送風機にならなければ揚水ポンプとして使用出来るだろう。貯水池は安定した水量を確保する為に使用するが、遊水地は余分な水を捨てる排水用だ。用水路が大きくなったから、結構溜まるんじゃないかな。
この遊水地の水面は低いから、灌漑用には揚水しなければならない。ポンプは何れにせよ必要なのだ。
「でも、公害問題は起こさないでね。初めての重工業なんだから、最初が肝心よ。」
「それは判ってるつもりだ。スラグは埋立地を作る。護岸をしっかりやれば十分な港の拡張が可能だ。そして、造船場を作れば鉄鋼船が出来る。木材確保の為の伐採がそれだけ少なくなる。」
「良い事尽くめに思えるが、問題はないのか?」
「あるとすれば、1つだけ。一旦、高炉を動かすと止められないんだ。止める時は炉の寿命が尽きた時。バビロンの試算では20年と言っていた。」
俺の言葉にアルトさんとリムちゃんが驚いている。
リムちゃんなんか、飲み掛けたお茶を喉に詰まらせて咳き込んでるぞ。
「つまり、王都の工房が1年掛かって作り出す鉄をこの場所では毎日作ると言うのか?それも休み無く20年間!」
「そうだよ。大量の鉄を作るには俺の国の技術を持ってしても、連続で無ければならない。そして止めたら最後、2度と動かす事が出来ない。」
「欠陥品じゃないのか?」
「いや、熔けた鉄が固まったら、それを熔かす事が出来ないんだ。大きな鉄の塊になってしまうから、再開するにはそれを取り出さなければならない。」
「ふむ、難儀な話じゃな。」
「でも、それでしたら鉄の需要をきちんと確認しなければならないと思います。お兄さんは鉄道を作ると言っていましたが、それ程必要ですか?」
そこは考えている。銑鉄を転炉で精製すれば鋳物が出来る筈だ。そして、転炉の鉄を鍛造すれば鋼が出来る。
出来れば連続鍛造でレールを作りたいが、それ程の荷重を乗せる訳ではないから、レールを鋳造しても大丈夫だろう。何せ、馬や牛が引く鉄道だからね。
需要が無い場合はレールを作り、商人達の需要があればそれを望む形に鋳造品や鍛造品として供給すれば良い。
「大丈夫。ちゃんと考えてるよ。」
そう言ってリムちゃんを安心させる。
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別荘のリビングでお茶を終えると、バジュラに乗って製鉄所に向かう。
アルトさんとリムちゃんはヒヨコと遊ぶと言っていたが、また追い掛け回すんだろうな。姉貴はディーとバビロンに出掛けた。そろそろ夏だから、水中眼鏡が欲しいと言っていたが、何を貰って来るんだか。ディーには鍛造用のハンマーとカナテコを頼んだ。積載重量を考えるようにとは念を押しておいたから大丈夫だとは思うけど…。
念のために、太い丸太の三脚にチェーンブロックを付けてあるから、ディーが持てない時はそれを使う心算だ。
30分程度で製鉄所の建設現場に程近い、丘の中腹に作った事務所に着いた。
ちょっとしたギルドのホール位の事務所は、壁にびっしりと、地図やら行程表が貼り付けてある。
ここは、コニーちゃんとキャラちゃん、サラちゃんの仕事場だ。
パチパチと3人が算盤を弾いている。
帳簿を任せているからな。ここの収支は王都のお店よりも、収支の金額が多そうだ。
「どんな具合?」
計算の終った帳簿を確認しているシグさんに聞いてみた。
「少し遅れてるわ。秋の取入れが終ったら、屯田兵を雇い入れようかなって考えてる所よ。少なくとも来年の春までには、石炭貯蔵所と鉄鉱石の貯蔵所を2つは作らないと…。それに、コークスの粒化設備を入れる建物も、ようやく土台が出来たところよ。
鉄鉱石の粒化は、採掘場で行なって貰うわ。その方が手間が掛からないしね。」
あれ?そういえば鉄鉱石の採掘場の権利はモスレムに譲ったけど、その後は確認して無いな。誰が担当してるんだろう。少し根回しをする必要がありそうだ。
「デリムさんは?」
「チビッコに乗せてもらって、ヘンケンさんの所よ。閘門が出来たから出来栄えを見に行くって出掛けたわ。」
まぁ、興味があるって事だな。基本的にはクォークさん達の作っている運河に多用するから、ここで仕組みを知りたいと思ったんだろう。
これは使える!と判断すれば、クォークさん達の資金集めの目処が立つかもしれない。
意外と、あっちのプロジェクトともリンクしてるって事だな。
直接的には、運河が繋がるのはずっと先になるだろうが、互いに始めたプロジェクト同士が技術や資金調達で絡み合うのはおもしろいと思う。
「となると、昼食は4人ですね。ちょっと変わった食事をしませんか?」
「アキトさんの料理ですか?…あの時のピザにも驚きましたけど、今度はどんな?」
「まぁ、出来てからのお楽しみという事で…。では、準備しますね。」
そう言って、バジュラに飛び乗る。
先ずは、枝を捜さねば…。
事務所の端にある暖炉の前で、数本の枝の真直ぐな部分を探して切り取る。先を鉛筆のように削っておく。
小さな鍋を借りると、シグさんに黒パンをサイコロ状に切って貰う。
借りた鍋に葡萄酒を少し入れると、バッグからチーズを取出しナイフで薄く削って次々と鍋に投入する。
暖炉の熾きを手前にして鍋を掛けると直ぐにチーズが溶け出した。
焦げ付かないように掻き混ぜながら、料理が出来た事を皆に知らせる。
「良いかい。この棒の先にパンを突き刺して、鍋の中に入れて絡めるんだ。…こんな風にね。そして食べる。熱いから気をつけてね。」
シグさんと嬢ちゃん達が、恐る恐る棒に突き刺したパンを鍋に入れて、口に運んだ。
途端に目を大きく開いて俺を見た。
「これは?…こんな食べ物は初めてです。」
「意外と美味しいでしょ。チーズフォンデュと言うんだよ。」
「あの、チーズにこんな食べ方があったんですね。」
シグさんは目に涙を浮かべているけど、それ程美味しいのかな?
小さな鍋の中身は、たちまち食べ尽くされてしまった。
そして、満足そうにお茶を飲んでいる。
喜んでくれたなら、それで良いんだけどね。




