#464 とりあえず一段落
カイラム村からアクトラス山脈の尾根に広がる森の探索は周辺の荒地を含めて一月程掛かって終了した。
結局、あれ依頼トンネルは見つけられなかったが、油断は出来ない。山岳猟兵達は普段荒地と森の境界付近を哨戒しているが、今後は無作為に森に入って哨戒をすると言っていた。
とりあえずの緊急措置は終了したので、俺達はネウサナトラムの村に戻り山荘のリビングで今後の作戦を検討している。
「とりあえずは、機先を制したと言って良かろう。ご苦労じゃった。」
「しかし、アクトラス山脈にそのような抜け穴がある事は問題です。500M(75km)程度で抜け穴が4つもあるとなると、連合王国のアクトラス山麓にいったいどれだけの抜け穴があるのか、考えるだけで気が滅入ります。」
「残りのトンネルも探索は進めなければならないけど、例の原生生物はあれからどうなったんだ?…俺はそっちの方が気になるぞ。」
「トンネル探しは、1日1往復でカナトールの半分迄を探索してます。今日はディーとリムちゃんが行ってますよ。…そして、アキトの言う怪物ですが…。」
姉貴が情報端末を操作して壁に画像を映し出す。
だいぶ、北の平原も雪が消えたみたいだ。至る所に背の低い雑草が小さな花を付けている。
「ほう…、中々の眺めじゃな。」
「確か、この辺だと思うんだけど…。」
姉貴が表示した映像にはこんもりしたドーム状の姿が何処にも無い。
「ちょっと拡大して、南北に画像を移動してみて。」
俺の声に、姉貴が画面をズーミングする。ゆっくりとした移動速度で、北に画面が移動していく。
「止めて!」
俺の声に、画像が停止した。席を立って壁に移動すると、映し出された画像の一部を指差した。
「これが這った跡だ。雪解けで崩れたんだな。余りハッキリしないが、間違いなく東西に跡が付いている。この跡を今度は西に移動してくれ。」
ゆっくりと今度は西に画像が移動する。
その映像を皆が真剣に見ているのが、後を振り向かずにも判るぞ。
「消えたのじゃ!」
確かに、画像の一箇所で這い跡が消えている。
「この場所をさっらに拡大してくれ。」
這い跡が消えた場所の一箇所に穴が開いている。
縮尺がわからない。ディーを見ると、俺の疑問を感じ取ったのか、直ぐに答えてくれた。
「直径2D(60cm)程度の竪穴のようです。…その穴は、原生生物が開けた物では無いようです。周囲に瓦礫が散乱していることから、何者かの偵察用の穴であったと推察します。」
地下の奴等と言う事になるな。レイガルかサルか…。
「という事は、婿殿が遭遇した怪物は地下に潜った事になるのう。今頃はレイガル族は一大事じゃな。」
「あれ程の穴を通る事の出来る怪物とは、蛇の類なのですか。それならば、レイガル族にとって脅威ではありますまい。」
ダネリさんがテーブルに戻ってお茶を飲んでいる俺に聞いて来た。
「いや、蛇じゃないんだ。何と言うか…ブヨブヨした透明な肉の塊見たいな奴だ。爆裂球は効果が無い。肉を蠕動させながら進むんだ。目も口も鼻も無い。だが獲物をその体に包み込んで食べることは出来るだろう。似てると言えばウミウシだが、ウミウシはちゃんとした目や口を持ってる。体の一部をムチのように伸ばして俺の足を掴んだが、斬る事は出来た。そして切断した体の一部は硬くなって動く事は無かった。」
「だとしたら、そして上手く行けばレイガル族は全滅します。」
「そこが問題だ。その後、怪物はどう動くだろう。そして、レイガル族とて全滅を回避するための方策を考える筈だ。」
「婿殿達が始めた抜け穴潰しは、それを防ぐ為のものでもあるようじゃな。」
そう言ってアテーナイ様が俺を見る。
「アキトは、怪物の連合王国侵入とレイガル族の大移動を危惧している、という事か?」
「その通り。2つの事柄に対処する必要があります。まだ、具体的な兆しはありません。カレイム村の北にレイガル族とサル達が現れただけです。それだけなら、魔物襲来の前触れと考えても良いでしょう。ですが、あの怪物がレイガル族の版図に押し入ったとなれば、事態は急変します。」
「その怪物じゃが、倒す手立ては全く無いのか?」
「生き物ですから、必ず何らかの弱点はあるでしょう。ですが現状では思い浮かびません。」
「なるほど、だからその怪物がこちらに来る手段を断つ訳だな。その為の抜け穴爆破という事か。」
「しかし、これには大きな問題があります。全てのトンネルを俺達が探し出せるか。…この一言です。」
俺の言葉に全員の言葉が詰まった。
「じゃが、やるしかあるまい。幸いにも、それを見つける手立てがあるのじゃ。さらに、アクトラス山脈の監視方法をサーシャ達が考えれば良い事じゃ。」
「ダネリ、山岳猟兵を増やす事は出来ぬか?」
「3小隊は増やせるでしょう。ですが、それで展開出来る部隊は6小隊です。」
「やはり、ジェイナス防衛隊と亀兵隊から部隊を派遣する外には無いでしょう。身体能力と、勘の良さでトラ族の連中を集めれば何とかなるものかと。」
エイオスさんが提案する。
「ハンターも使えるぞ。獲物を狩らずに偵察じゃ。レイガルを見かけたら逃げれば良いじゃろう。」
アルトさんも提案するけど、それはどうかと思うぞ。
「ハンターはともかく、山岳猟兵の増員と正規軍からの猟兵部隊を選出した方が役に立つやも知れぬ。サーシャよ、ミーアと良く相談するのじゃ。」
2人はアテーナイ様の言葉に頷いている。
ミーアちゃん達は明日にはエントラムズに帰還するそうだ。トンネルが見つかればまた爆破しに行くんだろうが、その場所はこの村ではないだろう。
今夜は、久しぶりに家でスゴロク大会をすると、リムちゃんが出掛ける前に教えてくれた。
「セリウスさんは残るんですよね。」
「あぁ、ようやくこの村に帰って来る事が出来た。亀兵隊はエイオスやクローネがいるからな。それに全員ミーア達を慕っている。編成が済んだ以上、軍に席を置かずとも良い。」
まだ、やる事は多いがここで当座の仕事は終了だ。
俺達は山荘を後にして家へと戻って行った。
火の消えた暖炉に薪を入れて火を点ける。
ミーアちゃんがポットを持って外に行ったのは、井戸で水汲んでくるのだろう。
扉が開いて、3人が帰ってきた。ディー達の探索が終了したようだ。
ミーアちゃんの持って行ったポットを、ディーが運んで暖炉の鉤に吊るしている。
「お帰り。どうだった?」
「異常ありません。カナトールの半分程の場所で引き返して来ました。」
そこまでで、150kmと言うことだな。
そこから西の探査は、カナトールに出張らなければなるまい。
全員が揃った嬢ちゃん達は、早速暖炉の前に陣取ってスゴロク盤を持ち出した。
姉貴はそんな嬢ちゃん達を見ながら微笑んでいる。
「俺には、どうしても符に落ちない点があるんだけど…。」
俺の言葉に、姉貴は表情を戻して俺を見た。
「アテーナイ様やアルトさんが言っていた話では、魔物襲来は少しずつ獲物に魔物が雑じるという事だった。だが、今回は獣達が消えてそこにレイガル族とサル達がいた。魔物襲来ではないような気がするんだけど…。」
「そうね、少し変でしょう。でもね、ある意味では魔物襲来の前触れだと思うわ。ただし、今回用意した魔物が今までとは違っていた、という事で説明が付くと思う。より大型の魔物、どんなものかは想像できないけど、獣は本能でそれを察知したんだと思うわ。」
獣が本能で姿を消すといったら…いったい、どんな怪物だ?
ザナドウみたいな奴か?…それとも、グライザム亜種って感じかな。
「ユング達が送ってくれた面白い生物のカタログがあるの。見てみる?」
そういえば、メールで写真なんか送ってくれたな。
生物カタログまで作ってたのか。
姉貴が情報端末を操作すると、壁に画像が現れる。
『東方見聞録』って、ユング達は見てはいるが、聞いてはいないような気がするぞ。
そして、画像が現れる。
サル達の2つの形態は俺も見たな。哲也達も見てるようだ。
次に現れたのは、キメラのオンパレードだ。
何でこんなに種類があるんだ?
明らかに植物と動物の融合体まであるぞ。
だが…、これらは魔物なのか?
かなり特殊な変異体だが、生物だと思うぞ。
「凄い種類があるよね。前にアルトさんが言ってたわ。サルは魔物を作るってね。」
「そして、獣を操る術を知っている。あの針のような物を使ってね。」
「たぶん、私達の争いを観察していたんだわ。そして、今なら拠点を作れる。って判断したんだと思うの。」
「拠点なら、邪魔者を退かせば良い訳か。そしてその為の魔物や獣を放っても自分達は影響が無い。」
「出来るだけ強力な奴なら、私達はその対処で手一杯。…レイガル族かサル達かは判らないけど、中々の策士よ。」
そう言ってニヤリと笑う。
姉貴は自分への挑戦と受取ったのかな。
「だとすると、原生生物は彼等にとって晴天の霹靂だ。作戦が根本的にひっくり返るぞ。」
「種族存亡の危機と言ったところね。問題はそれで済むのか…。という事。」
北には向かわないだろう。獲物が少なすぎる。西は2つの国がある。そして東に向かえば百鬼夜行のキメラの世界だ。南は…、移動にはアクトラス山脈の山越えだな。それは冬季に活動を停止している所を見ると、可能性は低い。
トンネルを全て塞ぐと、向かうのは西と言うのが一番可能性が高そうだ。
「奴がレイガル族とサル達に壊滅的な被害を与えて西に進路を取り、俺達で歪と一緒に始末出来れば良いんだけどね。」
「そうは上手く行かないと思うけど、考えてみる価値はありそうね。」
そう呟くと情報端末を使って北の大地を眺めている。
ジッとそれを見詰める姉貴は、一石二鳥どころか三鳥を目論んでいるようだ。
確かに稀代の策士だろうけど、周辺の事情は考慮してくれないんだよな。
結果をちゃんと出すから、誰も問題にしないのが俺には問題のような気がしてならない。
サーシャちゃんも姉貴に似てきたからミーアちゃんは苦労するだろうな。
そんな同情の目でミーアちゃんを見てたら、俺の視線を感じたのかこちらを見てキョトンとした表情をしている。
笑い掛けて誤魔化したけど、勘の良さは磨きが掛かってきたな。
夕食は、野宿と同様に野菜スープに硬いパンだった。
せっかく全員が揃ったんだから、ちょっと贅沢にしたかったが、帰って着たばかりではしょうがない。
それでも、嬢ちゃん達は嬉しそうだ。やはり、兄弟のように暮らしてたからかな。
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明くる朝早く、ミーアちゃん達は馬車に乗ってエントラムズに帰って行った。
ガルパスで来たのかと思ったら、兵隊達と馬車に乗って来たらしい。
東の門で見送る俺達にずっと手を振っていたのがちょっと胸に堪えたぞ。姉貴は涙ぐんでたからな。
「ちょっと、ギルドに寄って行くよ。」
家に帰る途中で、皆にそう告げてギルドの扉を開く。
何時ものように、カウンターでルーミーちゃんから状況を聞いた。
「依頼書の数はまぁまぁですね。ハンターが1組やって来てます。黒2つと赤7つの3人組みです。」
「たぶん明日からはアルトさん達も加わると思うよ。お薦めはあるかい?」
「そうですね。…西の沼にスラバが住み着いたようです。目撃例だと2匹らしいのですが、リザルのハンターが来てくれないので、数日後には町に依頼書を転送しなければなりません。」
スラバって毒を持ってたよな。リザル族の連中で大丈夫なんだろうか?魔法だって使えると聞いた事が無いぞ。
「帰ったらアルトさんに伝えておくよ。…そうだ。セリウスさんが戻ってきたから、ギルド長の仕事を始められるかも知れないぞ。」
「ホントですか?…シャロンさんが頑張ってたんですけど、新婚さんですからね、それにお腹も大きくなってきましたし、あまり無理はさせられません。」
まさか新婚ボケで色々と不始末をしたんじゃ無いだろうな。そんな事を考えてしまう程にルーミーちゃんは嬉しそうだ。
これは、早くセリウスさんにギルドに行くように言わねばなるまい。