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#454 連合国家の大計

 


 昼を過ぎて姉貴達が戻って来た。

 アテーナイ様とクォークさんを見て少し驚いていたようだったが、直ぐにテーブルに着くと、タニィさんが昼食を運んできた。

 今日は、サレパルと野菜スープだな。あっさりとした味付けは俺の好みだ。


 「どうじゃった?…子供たちの反応は。」

 「お行儀の良い子達で、一生懸命私の話を聞いてくれました。ローザの方も問題ありません。後ろで見ていた神官さんや大人の方々も目を丸くして参観してくれました。」


 アテーナイ様が食後のお茶を飲みながら姉貴に聞くと、姉貴は嬉しそうにニコニコしながら授業風景を俺達に話してくれた。

 確か、小さい子から大きな子まで一緒に授業をしてるんだよな。しかも、最近まで遊び回ってた子供達だ。そんなに静かに姉貴の話を聞くようには思えないんだが…。


 「我が少し補足する。確かに授業開始から10分後には子供達全員がミズキの話を聞くようになった。それまではガトルの巣穴のように騒がしかったのじゃが…。

 ミズキの『静かになさい!』の一言で小さい子供達は大人しくなった。あれだけ殺気を振りまいて怒鳴れば、大概の者は威圧される。後ろの大人達まで直立不動になっておったぞ。

 それでも、大きな子供達は怖いもの知らずで騒いでおったが、黒板から振り向きざまに投げたチョークが一番騒いでいた2人の額に命中した。

 彼等も悟ったようじゃ。この先生には逆らわない方が身の為だという事を…。

 たまたま居合わせた警邏隊の隊員が驚いておったぞ。近衛兵でもあのように的確に命中させる事は出来ないとな。一瞬にしてチョークを2つに折って、それを1動作で投げて2人の相手に命中させるなぞ神業であると呟いておった。

 まぁ、その後はミズキの話の通りなのじゃが…。」


 「ローザ姉様も同じでした。先生が変わったので少し騒がしくなったのですが…。ローザ姉様が微笑むと急に静かになってしまいました。」

 続いて、リムちゃんが報告してくれた。

 分るぞ、目が笑っていなかったんだな。たまに姉貴がそんな表情を俺に見せる時があるけど、あれは怖いぞ。


 「まぁ、子供達の扱いはそれで良いじゃろう。勉強をしたい者、まだ遊びたい者も一緒くたに授業を受けさせておるのじゃ。一生賢明に学ぶ者達を邪魔せずに授業を聞いていれば良い。それでも3年間学ぶのじゃ。少しは身に入るじゃろう。」

 教室で恐怖政治を敷いたようだ。姉貴の威圧は半端じゃないからな。そんな光景をローザが直ぐに取入れたんだな。なるほど、静かに聴いていたわけだ。そして大人たちが目を丸くする訳だな。


 「で、どうじゃ?…有望そうな子供はおったか。」

 「小さな子でしたが、1人見つけました。1+1=2と言う事を最初に教えたのですが、サレパルを1個ずつ食べてもお腹一杯にしかならないよ。って私に疑問を投げてきました。」

 

 「それは、問題を理解していないだけなのではないか?」

 「彼なりに理解している筈です。…たぶんこのような教師泣かせの子供がいる筈です。彼等こそ、高度な教育を施すに相応しい者達です。私、いえ教師の言う事に疑問を持つ。これが科学には是非とも必要な要素です。」

 

 姉貴はアテーナイ様に力説している。

 まぁ、確かにそうではあるが、教室では邪魔者として扱われそうだな。

 ある程度、そんな子供がいるのなら別途教室を作らねばなるまい。


 「しかし、おもしろい子供ですね。1+1=1になる事もあると言っているんですね。」

 クォークさんはそう言って微笑んだ。

 「ある意味、間違ってるんだけど彼は真剣に力説してたわ。後で神官さんに聞いたら貧しい家の子供らしいけど、私にとっては嬉しい限りよ。」

 

 「なるほどのう。教育は国民誰もが受ける権利とはこういうものなのじゃな。その子供も昔であればそのまま親の仕事を継ぐことになろうが、連合王国の将来はそのような事にはならぬ筈じゃ。その子供の適正を伸ばす仕事につかせる事が出よう。その事が連合王国の発展に寄与するならば尚更じゃ。国家100年の計に、教育はやはりなくてはならぬ。」

 ドミノ倒しを俺は連想した。たぶんアテーナイ様も同じような例えを頭に浮かべたに違いない。

 誰がどんな影響を国家に与えるかは分らない。現在は試行であり、これをどの様に組み合わせていくかは今後の課題でもある。


 「ところでクォークは何故ここにいるのじゃ?」

 「アキトさんに地図の役立て方を教えて貰ったんですよ。そして、僕達の良い目標を提示して頂きました。10年では無理ですが20年後が楽しみです。」

 

 「長い計画じゃのう。そんな計画で大丈夫なのか?」

 「短期間では不可能です。そしてこれが連合王国の結びつきを寄り堅固にすると思います。」


 「どんな計画なんですか?」

 「サーミスト、モスレム、エントラムズ、そしてアトレイムを運河で結ぶんだ。」

 クォークさんの言葉に、アルトさんとリムちゃんが驚いた。


 「待て、クォーク本気なのか?…その距離は驚くべき長さじゃぞ。そして、運河には水が満たされるが、その4カ国の土地は平らではないのだぞ。」

 「承知してます。その対策もアキトさんに教えて貰いました。僕達の集まりでその計画を具体化したいと思っています。」


 色んな土地を回ったアルトさんならではの疑問だな。

 閘門の考え方は、この世界にまだないのだろう。船だってドッグではなく斜路で組み立てていたからな。


 「だけど、クォークさん。…直ぐに重大な問題に気が付きますよ。それはここでは言いません。出来れば自分達で考えて欲しいと思っています。…でも、自分達で解決出来ないというのであれば、簡単な解決策を教えます。」

 「知っていながら教えてくれない、という事は僕達への宿題という事ですか。良いでしょう。先ずは自分達で工夫してみます。」


 「うむ。全てをお膳立てして貰わねば何も出来ぬというのは問題じゃ。クォーク達で無理なら、それが可能だと思われる人材を探すが良い。そのような人材を発掘する事もお前達の仕事であると我は思うぞ。」


 クォークさんはアテーナイ様に力強く頷いた。

 そんな甥をアルトさんが頼もしそうに見詰めている。

 これで良いと思う。全て俺達におんぶするようでは先が見えている。ヒントは与えるにしてもそれを元に創意工夫していく事が必要だ。


 アテーナイ様達が帰った後で、姉貴にレイガル族のトンネルの事をアテーナイ様に告げた事を姉貴に話した。

 「アテーナイ様もトンネルは複数あると考えたようだ。」

 「どうするって?」


 「山岳猟兵を雪解けを待って動かすと言っていた。ただ、カナトールの西とテーバイの北はアテーナイ様も分からないようだな。過去に魔物襲撃があった付近を重点に捜すと言っていた。」

 「そっちは、それで良いと思うよ。たぶん集束爆弾の大きな物をサーシャちゃん達は考える筈だわ。」


 姉貴はそう言って、授業に使った教科書を開いて中を読み出した。明日の授業の予習を始めるのかな。

 ふと、テーブルの端を見ると、アルトさんとリムちゃんがバックギャモンで遊んでいる。

 ローザは姉貴の隣に移動して教科書を開いてる。

 俺とディーが残ってしまったな。

 さて、夕食まではどうするか?

 

 外は寒そうだ。ここはのんびりと暖かいリビングで過ごそう。

 朝と同じように、ディーと情報端末で世界を見てみよう。

 レイガル族のトンネルの件はアテーナイ様に任せたから、後は…、そうだ。スマトルのその後を見てみよう。

 端末の上に40インチ程の仮想グラフィックを投影して、スマトル王国を映し出す。


 あれから1年程過ぎている。スマトルの王都周辺に作られた広大な耕作地は荒地に変わっていた。

 かろうじて南から海に注ぐ大河の周囲だけに緑が点在している。此処よりも遥かに暖かい土地だと聞いたから、さぞや耕作地が緑に覆われていると思ったが、事態は深刻なようだ。

 残った軍同士の争いに奴隷の反乱等が重なったのだろう。あの大国の面影はどこにもない。王都を拡大しても人影を見出す事は出来なかった。

 大河の辺の森を拡大すると天幕で暮す人々の姿が見える。

 この後この人達を纏めて王国を築くのはいったい何時になるのだろう。


 「しばらくはスマトルを気にしなくても良さそうだな。」

 「はい。狩猟採取に近い生活まで文化レベルが低下しています。」

 「独裁国家がスパルタ制を敷いたんだ。専制君主と強力な軍が無くなると、ここまで文化レベルが低下するんだな。」

 ある意味、因果応報なんだろうけど、内乱と飢餓でいったいどれ位の人々が亡くなったんだろう。

 

 次に、クリャリンスクに画像を変える。

 雪原の広がりに俺達の掘った穴が、まだその形を留めていた。

 そして、その穴の崩れ具合を見て、嫌な事に気が付く。

 穴から何かが這い出した形跡がある。…どう考えても、あの原生動物だよな。

 そして、向かった先は西だ。

 

 「マスターが遭遇した原生動物の這跡ですね。その上を雪に覆われても明確に痕跡を見ることが出来ます。…仮に楕円体とすれば大きさは5m×10m、推定重量は50tを越えます。」

 

 西に画像を移動して行く。

 「移動距離50km付近で、移動痕跡の確認は雪に埋もれて不可能です。たぶん更に西に向かっているのではないかと…。」

 

 衝動的な行動なのだろうか?…原生動物に知能があるとは思えない。

 問題は西に向かう理由だ。動物なら本能的に温かな南を太陽を目標にして動くんじゃないか?

 

 「どうしたの?」

 姉貴が呆然とした表情で、画像を見ている俺に言葉を掛けてきた。

 「あぁ、クリャリンスクの怪物が外に出て来た。現在の進行方向は西なんだが、移動痕跡が50km付近で消えてしまった。」

 

 俺の言葉に、姉貴は少し考えていたが、ディーに向かって質問する。

 「移動速度を人の歩く早さとして、あれからの日数を考慮、真直ぐ西に向かったとすれば、現在の場所は?」

 「休みなく移動したとすれば、西の海にまで到達しています。」


 原生動物は休むという事があるのだろうか?…そして、通路での移動速度と荒野での速度は同じなのだろうか。さらにクリャリンスクの施設内はそれ程寒くはなかったが荒野は温度差が激しい。そして今は厳冬期…。どう考えても、移動速度は半分以下のような気がする。


 「ディー。痕跡が消えた場所から真直ぐ西に画像を動かしてみてくれ。俺はそれ程遠くまで移動して無いように思えるんだ。…根拠は無い。俺の勘だ。」

 

 「画像の移動を開始します。」

 ディーは少しずつ画像を西に動かしていく。

 

 「このまま進めばレイガル族の版図になるわ。そしてその先にはネーデル王国がある。」

 まさか、ネーデルにまでは到達しないだろう。千km以上先の版図だ。

 俺は、北の大地を食料を求めて彷徨っているように思えてならない。

 

 「見つけました。現在停止中のようです。この小さな雪のドームに原生動物がいると推定します。」

 それでも、クリャリンスクからの移動距離は500kmを越えているぞ。

 体が凍り付いて動けないか、それとも獲物が再び荒野を移動してくるまで動かないのか…。


 「この場所だと、レイガル族の版図よ。デイー、前にレイガル族の分布を映した画像があるでしょ。あれに、この原生動物がいる場所を重ねてみて。」

 画面が赤く滲んだような物に変わり、その一角に点滅する輝点がある。


 「なるほどね。推定人口50万人それに釣られたのね。そうなると、アクトラスの南に空いたトンネルは早めに塞いだ方が良いと思う。後で、サーシャちゃんに連絡しなくちゃ。」


 そう言うと、姉貴は画面から離れると教科書に目を移す。

 「原生動物がレイガル族を襲うという事か?」

 「たぶん。そうなればレイガル族の居住区域が崩壊します。アクトラス山脈に穿ったトンネルを使って連合王国へ脱出する道を早めに閉ざす考えのようです。」


 「だが、所詮は1匹だ。レイガル族の敵になるのか?」

 「防壁、爆裂球では防ぎきれませんでした。レイガル族に対処する方法は無いと思います。」

 

 となると、あの原生動物を倒す方法は無いのだろうか?

 次の祭りも大事だが、万が一に備えて俺達も対策を考えておいたほうが良さそうだ。

               ・

               ・


 次の日。朝食を終えた姉貴とローザは「行って来ます!」と元気に学校に出掛けて行った。

 まぁ、暴力教師にならない事を祈るばかりだが、アテーナイ様は規律を維持する為には少々の事には目を瞑りそうだ。

 アルトさんはリビングのテーブルに通信機を持ち出して、サーシャちゃん達と連絡を取っているようだ。

 

 「ミズキに連絡を頼まれたのじゃが、急いで準備せよで判ると言っておったぞ。その通りに通信したのじゃが…、我等には何のことやら。」

 リムちゃんも俺に顔を向けて頷いてる。

 全く、姉貴は何時もこうだからな。


 「ちょっと、面倒な事が起きようとしてるんだ。クリャリンスクで俺達が急いで穴から出て来たよね。あれは、俺達を追って穴の深いところから怪物が追い掛けてきたからなんだ。

 その怪物が、穴を出てレイガル族の版図に向かっている。来年の雪解けで怪物とレイガル族の戦いが始まるだろう。

 たぶんレイガル族は敗退するだろう。そして、アクトラス山脈に幾つか開いているトンネル使って連合王国にレイガル族が雪崩れ込むのを防ぐのが目的だ。」


 「リザル族の敵であれば我等の敵でもある。村に灰色ガトルをけし掛けられた恨みもあるぞ。ふむ…。リムよ。春にはエントラムズに行くぞ。サーシャ達を手伝わねばならぬ。」

 「了解です。私達4人がいれば何も恐れる必要がありません。」

 そんな事を言うリムちゃんは、だいぶアルトさんに感化されたように思ってしまう。

 元は大人しそうな子だったんだけどね。

 アルトさんは、リムちゃんを頼もしそうに見ると、通信機の電鍵を叩き始めた。

 どうやら、具体的な作戦を4人で考えるらしい。


 俺とディーは顔を見合わせると、溜息を付いた。

 全く、家の連中はジッとしているのが嫌いらしい。

 のんびりとお茶を飲みながら暖炉で談笑する、なんて考えはどこにも無いようだ。


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