#451 御用商人との交渉
狩猟期が始まって5日も過ぎると、今年の状況がだいたい見えてくる。
参加したチームの最初の狩の獲物が運ばれて来るからだ。
屋台を抜け出して、北門の大きな掲示板を見ると、アルトさん達が上位にいる。まぁ、1位はリザル族のチームだから、これは仕方が無いだろう。何と言っても山岳猟兵からの情報を得られるんだからね。
アルトさんはズルイと言って口を尖らせていたが、似たような事をディーに頼んでいた事を俺は知っているぞ。アルトさん達も他のハンターから見ればズルイと思われる筈だ。
全体的には平年並みと言う事だろう。参加するハンターのレベルが低い事を考えると、中々の成績ではないだろうか。
「婿殿。商人達が休憩所に来ておるぞ。昨夜山荘を訪ねた折に出した料理にいたく執着しておった。これはどうやってと聞いて来たので調理法を教えておいた。じゃが、原料を婿殿だけが持っておる事を話したら、早速来おったようじゃ。」
ポタージュスープを出した、という訳だな。
これで、値段が決まるから助かるな。とは言え、名立たる御用商人。さてどれ位出してくれるのだろうか?
「ちょっと、屋台を離れます。」
グルトさんが連れて来たハンターにそう言うと、休憩所に向かった。
「アキト、頑張って!」
姉貴も訳を知っているのだろう。後ろを通る時に声を掛けてくれた。
休憩所のテーブルには4人の商人が座ってポップコーンを食べながらお茶を飲んでいた。
俺が来たのを知ると一同が腰を上げて俺に挨拶してきた。
「そのままで良いですよ。大商人と一介のハンターでは身分が違います。」
そう言って空いている席に座る。
「イヤイヤ、そのような事はありません。虹色真珠を持つハンターは貴族の上、少なくとも我等よりは上位ですぞ。」
「まぁ、身分制度はだんだんと廃れていきます。…では、同格と言う事で。」
「そうも行きますまいが、商談をする上では有難い話です。実は昨夜頂いた食事にちょっと変わった品がありましてな。話を聞くとアキト殿がそれをお持ちとか…。何とか我等に提供して貰えないかと思いまして。」
「たぶん、スープの材料ですね。それは今貴方達が食べているものですよ。」
俺の言葉を聞いた途端に、商人達は手元の袋を覗き込んだ。
ポップコーンを取出してジッと見詰めている。
「そのような冗談を…。これは白です。そして昨夜頂いたスープの色は黄色でしたぞ。」
「調理方で形態が変わるのは良くある話です。…ディー、トウモロコシの実を持って来てくれないかな。」
俺にお茶を運んできたディーに頼む。
直ぐに持ってきてくれた手のひら分のトウモロコシの粒を商人達に見せる。
「これが昨夜のスープの原料です。これを粉にして使います。このままの状態で、あのように鍋の中で煎ると、ポンと弾けてポップコーンになるんです。」
「冗談ではなかったのか…。しかし、硬い実ですな。」
俺の手のひらから粒を摘んでジッと観察している。
「これも穀物ですよ。パンのようにして食べる事も出来ます。まぁ、実は干して硬くしています。このまま保存すればライ麦同様に保存する事が出来ます。」
「新たな、産業になりますな。どうです。我等にこの販売を委ねていただけませんか?」
「小さな畑で作って、収穫はライ麦用の麻袋に10袋です。出来れば栽培はこの村でしばらく行いたいんですが。そして販売はお任せしたいと思っています。」
俺の言葉に、早速目が輝き出す。
「なるほど、ある程度の期間は村で栽培方法を確認すると言うことですな。となれば、来年は更に収穫量が増える事になる。
我等が貿易で手に入れる穀物にも、これはありませんでした。となれば輸出品としても使えそうですな。」
「だが、10袋は少ないのう。…どうじゃろう。我等で資金を出し合って共同で商売をすると言うのは?」
「ガラスと同じ方法ですな。あのガラスは凄い。たちまち投資金額を回収出来ましたからな。あまりの利益にこちらから税金を上げて貰った程でしたな。」
どうやら、共同経営の味をしめたようだ。リスク低減を目的として行った筈だが、十分な利益を確保出来るようになったらしい。
「アキト殿が心配しているのは値段だな。高ければ、他の地域も手を出すし、安ければ栽培するものがいなくなる。
アキト殿は、この粒を穀物と言った。という事は、麦の値を着けても良いだろう。ライ麦の1割増しでどうだろうか?」
「それで構いません。その値段で引き取っていただければ、私も助かります。何せ、栽培を農家に頼みましたからその支払いをしなければなりません。」
そう言ってタバコに火を点ける。
「再来年までは、その値段で引き取ります。畑を10倍以上拡張しても良いですぞ。その間に我等は販路を作りましょう。そして、3年後には入札で値段を決めましょう。」
売る方は任せろって事だな。俺はもっと収穫量を増やせば良いのか。
そして、最終的には麦と一緒に王都の市場で入札で決められる。果たしてどれだけの値が着くか楽しみな話だ。
値崩れもするだろうが、飢える事は無い。少なくとも冬を越す食料に、困る事にはならない筈だ。
「では、今夜使いの者をアキト殿の自宅に向かわせます。代金はその時にお支払い致します。」
「分りました。俺の方でも、簡単な調理法を少し纏めて置きましょう。」
そう言って俺達は握手をする。これで商談が成立と言う事になるな。
「ところで、もう1つの方は商会に委ねられたとか…。販路については我等も協力しますが、本当に出来るのですか?」
「冬に新鮮な野菜や果物ですね。…正直、やってみないと分りません。ある意味、ガラスよりリスクが高いんです。」
「ガラス工房に大量のガラス板の注文が入りました。たぶん来年は建設が始まりますな。この村で最初の棟を作ると聞いております。次の狩猟期はそれを見るのもたのしみです。」
「それについて1つ協力していただけませんか?…養蜂家を1人紹介してください。」
俺の言葉に商人達は顔を見合わせた。
「何人か知っていますが、今度は何を始めるのです?」
「俺の作ろうとしている温室で作物は育てられますが、実を結びません。どうしても蜂が必要なんです。」
「蜂が必要とは、面白い農業ですな。これは、是非とも見学させて貰わねば。…私に連絡していただければ、直ぐに向かわせますよ。」
やはり、受粉の仕組みは理解されていないようだな。
それでも、セルシンさんの申し出はありがたい。
「よろしく、お願いします。」
俺は、セルシンさんに頭を下げた。相手はニコニコと笑っているけど、御用商人だから、約束は守ってくれる筈だ。
「ところで、モスレムとサーミストは済みましたが、まだエントラムズとアトレイムが残っていますぞ。そろそろ例の企画を私共からもお願いしたいのですが。」
デグリさんが俺に告げると周りの商人達も頷いている。
それって、例の祭りの事だよな。
「途中まで考えていたのですが、スマトル戦で有耶無耶に成ってしまいました。そうですね。順番から言うと、エントラムズですか…。最初は駅伝と言う長距離を何人かに分けて走る競技を考えていたのですが、もう少し変わった競技を考えたいと思っています。」
俺の答えに4人が身を乗り出す。
「出来れば、10日程の祭りにして頂きたい。近隣の町や村からの参加や見学もそれ位だと丁度いいのです。人間チェスや海釣り大会は小商人達もかなりの収益を上げた筈です。」
「我等も、小商人達へ儲けの機会を与える機会だと思っています。我等が参加しない、彼等だけの商売の場があっても良いでしょう。
これまでそのような場は狩猟期だけでした。一部の小商人に限られていたのですが、そのような祭りを小商人達に解放すれば、彼等の商いも少しずつ大きくなるでしょう。」
「とは言え、我等の発言力は彼等には大きい。我等が裏方で協力しましょう。」
要するに、ボランティアの場を提供してくれ。という事なのかな?
各国の王族達がそれぞれ企画書を元に実行委員会を作って対応していたが、その裏で御用商人達も協力してくれていたのだろう。道理で、色々と準備や手配が出来ていた筈だ。
「何とか、この冬に企画書を作って、エントラムズに届けましょう。」
俺の言葉に、4人は満足したようだ。休憩所を離れて宿の方に歩いて行った。
そんな4人を眺めていると、姉貴がやって来た。ちょっと休憩らしい。
屋台は…と見ると、ディーが1人で客の応対をしている。
「どうだった?」
「あぁ、再来年までは買ってくれると言っていた。値段はライ麦の1割り増しと言っていた。その後は、入札で値段を決めると言っていたけど、俺が一番嬉しかったのは、販路をその間に整備してくれるという事だ。
ニーズがあれば、他の村で増産してもそれ程値崩れしないと思う。」
「良かったね。それだけ?」
「後は、温室を作ることを知ってたよ。それで、養蜂家を紹介してくれと頼んでおいた。」
「何に使うか教えたの?」
「いや、蜂がいないと温室では実を結ばない、とは言ったけど…。たぶん温室の花で蜂蜜を作るのだろう位の認識だと思う。
後は、例の祭りだな。彼等も祭りを望んでる。どうやら、小商人と対立を避けるための、彼等なりのボランティアって感じかな。意外とモスレムやサーミストでも影で協力してくれたみたいだね。」
「確かに、スマトル戦で間が空いたけど、そろそろやっても良いかもね。」
「あぁ、エントラムズを目標に考えたいね。」
私も考えてみるね、って言いながら姉貴は屋台に帰って行った。
俺も、シュタインさんの様子を見に行くか。
休憩所のベンチを離れて、山荘のリオン湖側へと歩いて行く。
リオン湖の擁壁際に運んだベンチにはシュタイン様とセリウスさんが2人並んで釣りをしている。その後ろにはミケランさんが桶を持って待機していた。
色々と後ろから2人に指図しているらしいが、ベンチの2人は軽く聞き流しているな。
まぁ、外野に反応しない事が釣師の心掛けの1つではあるのだが、それだから余計にミケランさんが騒いでいるようにも見えるぞ。
「釣れてますか?」
俺は、そんなミケランさんに聞いてみた。
「あきとにゃ!…まぁ、これ位にゃ。」
そう言って、桶を見せてくれた。ふ~ん、10匹はいるな。
そろそろ、昼時だから入れ食い時間は過ぎてる筈だ。ぽつりぽつりと言う所だろう。
ビュン!っと竿が鳴る。
セリウスさんが竿を絞り込む魚を軽くいなしながら取り込んだ。ホイって後ろに放り投げるのをミケランさんが桶で受止める。流石、夫婦だけの事はあるな。
「来ていたのか、アキト?」
「ええ、後ろで見物してました。」
そう言って笑い掛けると、セリウスさんの顔が綻ぶ。
「ほれ、今度はワシじゃ。これで同数だな。」
今度はシュタイン様が釣り上げた。直ぐにミケランさんが桶を持って駆け寄る。
2人で数を競ってたようだな。
まぁ、これも釣師ならではの事だ。互いに自分の方が腕が上だと思っているんだろうな。実に平和な闘いではある。
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20日間の狩猟期が終ると、村は静けさに包まれる。
他所から来たハンター達は、それぞれの猟果に応じた報酬を貰って村を離れて行き、あれ程賑わった屋台も、終った次の日には通りに1台も置いて無かった。俺達も山荘の庭で屋台の掃除を行なって、屋台を納屋に仕舞いこむ。
報酬は、山分けだ。山荘の料理人、近衛兵、俺達やせっリウスさん達を含めて、屋台を手伝った人全てが対象となる。1人270Lは少ないような気もするが、薄利多売がもっとうだからこんなものかも知れないな。
アルトさん達は、リスティンを主体に狩りをしたようだ。1人銀貨12枚じゃ。と喜んでいたけどね。
イゾルデさん達もセリウス一家と共に帰ったので、山荘も静かだそうだ。
それでも、もう少しすればクォークさんが来る。
段々と陶器の白さが際立ってきたようだ。そして、製品を少しではあるが輸出したらしい。更に西にある王国で高値で取引出来たと、アン姫が教えてくれた。
だが、まだ量産出来る状況ではないので、これからはどのように量産していくかを考えているらしい。
確かに、量産するのは窯を沢山作れば良いのだが、それでは森林が無くなってしまう。出来れば量産窯は石炭を使いたいという事で、登り窯の隣に新しい窯を作る計画をしているようだ。上手く行けば、他の国でも出来るから、連合王国に陶器が広まりそうだな。
そして、ディーはバビロンへと旅立っている。
数日後には帰ってくるが、教師と教科書それにイオンクラフトの遠隔操縦装置を持って来る筈だ。
それで、俺達の準備が完了する。イオンクラフトを失う事になるが、それ以外に歪まで核爆弾を運搬する手段が無い。
哲也達はどうやって運搬するのだろうか?…後は哲也次第になっているから少し気になってきた。状況だけでも確認してみるか…。