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#361 港町

 


 港町の朝は早い。ガラガラと通りを行き来きする荷車の音で目が覚めた。

 着替えを終えて1階に下りると、侍女をつかまえて井戸の場所を聞いた。教えて貰ったとおりに廊下を進み扉を開けると、広い中庭の角に井戸がある。

 井戸に備えつけの桶に釣瓶井戸の水を汲み、顔を洗う。…井戸水だから少し温いな。


 リビングにお邪魔すると20代後半の青年がテーブルで算盤を弾いている。確か、長男だよな。

 俺に気が付いて、彼が顔を上げた。

 「やぁ、お久しぶりです。…あの時、教えて頂いた算盤は役立ってますよ。」

 「お早うございます。あれは、国内に普及させようと思って作ったものですから、算盤を使いこなす人が増えれば、商人の人達は助かるでしょうね。」


 そう言って、しばらくは彼の伝票決済を算盤で弾いているのを見ることにした。

 元々器用な人なんだろうな。俺と同じように親指と人差し指を使って軽やかに使いこなしている。十分俺達の世界の銀行で仕事が出来そうだぞ。

 

 「…ようやく売り上げの計算が終りました。2つとも同じですから、父も満足でしょう。」

 そう言いながら俺に顔を向ける。

 ポンポンと手を叩いて侍女を呼んでお茶を言い付けると、直ぐに俺達にお茶が運ばれてきた。このカップは、若いドワーフが作った取っ手が付いた木製のカップだ。

 

 「算盤を教えて頂く前には、昼近くまで掛かった仕事なんです。今は、何んと朝食前に終りますからね。文明の利器とはこの事です。」

 そう言って、パイプを取り出して一服を始めた。俺も、タバコに火を点ける。


 そんな所にケルビンさんがやって来た。

 「お早いですな。…どれどれ。」

 そう言って俺に挨拶をすると、直ぐに長男の計算結果に目を通す。

 「問題無さそうだな。まずまずだ…。」


 ケルビンさんのOKを貰うと、長男はリビングを俺に頭を下げて出て行った。

 「セリオは前に見ていますよね。長男ですが私よりやり手です。店を大きくしてくれるでしょう。」

 「それは何よりです。しかしだいぶ算盤が上手ですね。吃驚しました。」

 「慣れでしょうな。私も使いますが息子の様には行きません。」

 そう言って、新たに侍女が運んできたお茶を飲んでいる。

 

 「今夜、ロディを呼ぶ事にします。今日はのんびりと、この町を見学なさって下さい。そして、出来ればアキト殿が気付いた事を私に教えて頂けませんか?

 私は、国王よりこの町の長を命じられています。私が気が付かない事柄もアキトさんならと思いまして…。」

 「そんな事なら任してください。3人で出かけてきます。」

                ・

                ・


 4人でカリストの町を歩いている。ケルビンさんの娘さんが案内する!って参加した結果だ。

 まぁ、危険はないし、俺達だけだと判らない事も教えて貰えるから有難いけどね。

 俺とディーの前方3mをアルトさんと一緒に、ラムちゃんが歩いている。本名はラミューゼと言うんだけど、ラムで良いと俺達に自己紹介してくれた。


 ラムちゃんに頼んだのは、町全体が見える場所と港と造船所、それにお店を紹介して貰う事だ。

 これは、食堂。これは雑貨屋…。

 アルトさんに説明しているのを、ディーがしっかりと記録している。

 そして、港に出る。

 大型商船が2隻沖に停泊している。15m位の船が艀に横付けされて荷を運びこんでいた。

 スマトル貿易が停止しても、あまり影響は出ていないみたいだな。


 「ここは、夜には酒場になるけど…、昼は喫茶店になるのよ。」

 そう言いながら2人が見るからに怪しい雰囲気の酒場に入っていった。慌てて俺達も酒場に入る。

 衝立で区切られた席が10個位店内にはあった。1つの衝立から細い腕が伸びて俺達を呼んでいる。

 急いで、衝立に向かうと、数人が囲めるテーブルと椅子が置いてある。

 「ここはジュースが美味しいんだよ。」

 アルトさんと一緒にちょこんと座ったラムちゃんが早速、店員にジュースを頼み込んだ。

 しばらくして運ばれてきたジュースは良く冷えていて美味しい。でも、雰囲気がヤバそうな所だからあまり落ち着いて呑んでられないな。


 そんな事を考えていた時に、いきなり肩を叩かれた。

 すかさずM29を抜取ると、後ろに振り向いた。

 「よっ…。しばらくだな。また、バビロンに出かけるのか?」

 そう言って俺達のテーブルに座り込んだのは、レオナさんだった。気付かれないようにM29をホルスターに戻す。


 「こちらこそ、お久しぶりです。町の案内をラムちゃんに頼んだらここに来てしまいました。」

 「ここは昼に来るなら、問題ない。私らもいるからな。…だが、夜は勧めないぞ。船乗り達の溜まり場だからな。」

 

 レオナさんが通り掛った店員に頼んだ物は、葡萄酒だった。昼から飲んでるのか?

 そんな俺の顔を見て薄い笑いを浮かべる。

 「船を作っていると聞いたぞ。それ程大きく無いという事で、私らがその船を試験する事を請け負った。

 どんな船を作るんだ。小さくても軍船という事だったが?」


 「まぁ、楽しみにしていてください。驚くような船ですよ。たぶん、それが船と納得して貰わねばなりませんけどね。」

 「ここでは、話せんか…。この酒場はサーミスト在住の者だけが集まるが、それでも誰が聴いているかは分らないからな。まぁ、楽しみに待ってるぞ。」


 そう言って、俺の肩をポンと叩いて、ご馳走様と席を離れていった…。ひょっとして、俺はタカラれたのか?

 3人がお気の毒って俺を見てるぞ…。


 「どうだ、港と町の建屋との距離は?」

 「中規模の商店と倉庫群は東西に並んでいますが、港の岸壁との距離は約60m。建屋の岸壁側の扉を石で塞げば確かに町全体を囲む城壁として使えます。」

 

 「何と、ぶらりと散策していた訳ではないのか?…確かに次の戦は激戦になる。少しでも備えようとする心掛けは認めるが…。」

 「戦になるのですか?」

 ラムちゃんが心配そうに俺を見た。

 「まだ、分らないよ。…でも、どんな事が起こっても困らないようにしておきたいんだ。」

 そう言ってはみたものの、ラムちゃんがお年頃になる頃には確実に戦になる気がする。

 そうなっても、この町の人が困らないようにしておく事は、ケルビンさんの仕事だし、サーミスト国王の務めでもあるはずだ。

 それに手助け出来れば良い。


 「今度は、町全体を見てみたいな。どっかに眺めが良いところを知らないか?」

 「町外れの水の神殿に鐘楼があるの。鐘は神殿の祭日にしか鳴らさないから、今なら上ることが出来るよ。」


 そう言って、席を立ってアルトさんの腕を取って歩き出した。

 ディーも2人の後に続く。俺はバッグからサイフ代わりの革袋を取り出すとカウンターに向かった。


 「さて、出掛けようか?」

 酒場から出て来た俺を見て、アルトさんがそう言いながらニコリと笑う。

 ちょっとした散財だ。俺達が飲んだジュース4杯よりも葡萄酒1杯のほうが高いという事に中々納得しがたいものを感じるが、レオナさんなら任せても安心だと言う気持ちもある。情報料として諦めようと思いながら、3人を追い掛けた。

               ・

               ・


 「そうでしたか…。しかし、それを聞いて少し安心しました。

 この町には城壁はありません。敵が軍船で押し寄せてきたらどうしようかと思っていたのです。町の外側の建屋そのものを城壁とする考えは私には思いも付かぬ事です。」


 「しかし、かなりの民家や商店の扉を石で塞ぐ事になります。そうなれば暮らしが出来なくなる小さな商店もあると思うのですが…。」

 「代替地を提供できます。幸い、私の倉庫は中心部に5棟もあります。それと交換してあげれば、彼等もイヤとは言いますまい。」


 「でも、ケルビンさんが困りませんか?」

 「何の。…仮にも御用商人。本拠地はここですが、王都にも他の王都にもそれなりの建物と倉庫はあります。先代の残してくれた財力も十分です。何ら問題はありません。むしろ、その程度の対応で敵軍を町に入れることが出来ないのであれば、費用対効果は驚くほど高くなると思いますよ。」


 「俺達がこの町にいる間に何とか案を纏める心算ですが…。」

 「是非、お願い致します。春には、国王が新たな触れを出すと聞いています。それも関係して来るのだと思っていますが、アキト殿は何時頃を想定しているのですか?」


 「早くて5年。…遅くても10年以内。嵐が来ますよ。」

 俺の言葉を聞いてケルビンさんは奥さんと顔をを見合わせた。

 

 「ラムとセリオを王都に…。」

 「お前と、ラムで行くのじゃ。セリオはワシの後継。…逃げるようではこの町の重鎮に迎えることが出来ん。」


 俺達は夕食を食べながら、今日の物見遊山で知った事をケルビンさんに告げたのだが、その、調査が町の要塞化だと直ぐに分かったようだ。

 開放的な町なんだけど、区画整理された石作りの街並みは、容易に要塞都市に改造が出来る。

 通りに石を建屋を繋ぐように積み上げるだけで十分なのだ。

 連絡用の門だけ頑丈に造れば後は通りを塞ぐだけで済む。


 これで、町の男衆を民兵化する事が可能なら、十分に立てこもる事が可能だ。

 食料と燃料は倉庫に分散して保管しておけば十分だろう。


 俺は、この要塞都市に潜水艇を隠し敵の軍船を翻弄する事を考えている。

 今のところ、計画に問題は無さそうだ。


 食後のお茶を飲んでいると、来客を侍女が告げに来た。

 そして、入って来たのはロディさん達だった。


 「良く来た。アキト殿がお前達に会いたいと言う事なのだが…。」

 ケルビンさんの話もろくに聞かずに俺の所にやって来て、バッグから包みを取り出した。


 「ここまで出来ました。まだ薄くする事は中々出来ませんが、時間の問題だと思っています。」

 包みを開けると、厚さ1cm程のA4サイズのガラス板が入っていた。青ガラスと言うんだろうな。少しゆがみがあるが俺が使うには丁度良い。


 「これなら使えそうだ。…そうだ。ケルビンさん。奥さんの宝石を全て見せてくれませんか?」

 ケルビンさん夫妻は顔を見合わせたが、奥さんは侍女を呼ぶと宝石箱を持ってくるように言いつけた。

 

 「ガラスと宝石の関係が我には分らんぞ!」

 アルトさんが脹れている。

 「まぁ、ちょっと待って。たぶん持ってると思うんだ。面白いものが見られるよ。」

 

 俺の言葉にケルビンさんやロディさん達も興味を持ったようだ。

 やがて、大きな箱を侍女が持ってきた。


 豪華な箱に3段の引き出しが付いている。

 「これが宝石箱です。どれでも欲しい物をお渡しします。」


 「いや、別に欲しい訳ではないんです。この中にたぶん俺の知っている特殊な宝石があると思ったのでちょっと借りたいだけなんです。開いて宜しいですか?」


 奥さんは俺が宝石を欲しいと勘違いしたようだ。小さく頷くのを見て、引き出しを開く…。


 「ディー…。ダイヤはあるか?」

 「数個確認しました。デモに使うならこれが良いでしょう。」

 そう言って小さな宝石の付いた指輪を取り出し手俺に渡す。。


 「良いですか。良く見てください。」

 俺はロディさんの持ってきたガラス板に指輪の宝石で丸く円を描く。その後で、円の4方向に直線を設ける。

 

 指輪を置くとバッグから皮手袋を取り出して手にはめると、ガラス板を強く捻るように力を加える。

 バリン!っと甲高い音がして、ガラスに入れた傷に沿ってガラスが割れる。

 4回繰り返すと、丸いガラス板が出来た。


 「何と!…宝石でガラスを思い通りに加工出来るのですか?」

 「えぇ、この宝石の硬さに敵うものはありません。この宝石でガラスに傷を入れるとそこからガラスを割る事ができるのです。

 ロディさん。このガラスを数枚作って届けてくれませんか。出来ればもう少し薄くて透明な物をお願いします。」


 ロディさんは俺に頷くと直ぐに館を出て行った。

 「それにしても驚きました。妻の宝石にそんな力があるとは…。」

 「硬いのが取り得です。でも、この宝石を磨くととても輝くんですよ。それと、この宝石はこの町で購入出来ますか?宝飾として使うのではありませんから、小さくても良いんです。ガラスの加工には是非とも必要になります。」


 「明日、私がご案内します。」

 奥さんがそう言ってくれた。

 これで、監視窓と潜望鏡に目処が付いた。艦橋は水上に出そうと思っていたが、上手く行けば本当に潜水艇が出来るぞ。

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