#362 スマトルの南進
1月程、ケルビンさんの館に滞在してる間に、アズキモドキのアンを使った新たな商売を思い付いた。
小麦粉とアンで思いついたのが、アンマンと鯛焼きだ。
挽肉等を詰めた蒸かしパンのような食べ物がこの町にはあったことから、前者はそれ程苦労は無かったが、鯛焼きは型作りに苦労した。鍛冶屋と金属加工の工房を回ってどうにか出来たのだが…。リビングの暖炉を作ってラムちゃんやアルトさんに食べて貰ったところ、直ぐにケルビンさんがやって来た。
「この食べ物は珍しいですな…。この町の名産として私共が商売をしても宜しいですか?」
「お任せします。…型と少しの元手で商売が出来ますから、出来れば小商いをしている方々に…。」
大商人のする商売ではないと、暗に言ったのだが、それを聞いたケルビンさんは笑い出した。
「分かっております。夫を亡くした小商いの婦人が何人か私を頼って来ているのですが、折角店を持っている者に、私の店で働けとも言い辛いものがあります。これなら元手を少し援助してあげれば商売を続けられるでしょう。」
町の責任者であれば、そんな民生にも頭を悩ます事になるのであろう。
これが、解決策として役立つのであれば断る理由はない。
「どうぞ、進めてください。この型は、鍛冶屋と金属加工の工房に頼みました。元にしたのは、この彫刻です。」
そう言って、バッグの袋から鯛焼きの木型を取り出してケルビンさんに渡した。
「有難うございます。」と俺達に頭を下げてリビングを出て行く。
「もう、ここでは作れぬのか?」
「この型があるから大丈夫だよ。調理人さんに作り方を教えておいたから、何時でも食べられるけど、あまり食べると太るよ!」
「1日に2匹にするのじゃ…。」
アルトさんとラムちゃんが残念そうに呟いた。
午後に造船所に出掛ける。
潜水艇の形が出来てきたと言うので、皆で見学する事になったのだ。
港の一角から大きな石作りの建物に運河のような水路が延びている。
その建物が造船所だ。
造船所の入口を探して港の周辺をうろついていると、若い男が声を掛けてきた。
「何だ、オメエ達は?…ここは、ニーダス様の造船場だ。関係ねえ奴はトットと失せろ!」
どうやら、俺達を胡散臭い奴だと思ったらしい。
確かに造船場を覗き込みながらうろついていた事は確かだしね。
「アキトが来たとニーダスさんに伝えて欲しいんですが…。形が出来てきたから1度見に来いと伝えて頂いたもので…。」
俺がアキトだと知って若い男は驚いたようだ。それでも気を取り直して、「こちらです。」と俺達を案内してくれた。
どうやら、造船場には港の方からではなく、陸側の方向から入るらしい。
1M(150m)以上続く大きな石作りの建物をぐるりと回りこむようにして俺達は造船場に入ることが出来た。
飛行機の格納庫みたいな建物の正面横にある扉を入ると、小さな事務所がある。
そこの会議室みたいな部屋に通されると、直ぐにニーダスさんがやって来た。
「やっと来たか…。面白い形になってきたぞ。昨日工房から届いた観測窓と潜望鏡も付けてある。外形は武装を除けば完成に近い。1度見て、ダメ出しをして欲しいと思ってな。」
「だいぶ早かったですね。もう少し掛かるかと思いました。」
「完成じゃねえぞ。外装が終った位だな。内装は大型ハッチから部品を入れてこれから拵えるんだ。」
そう言って俺達を現場へと案内してくれた。
そこには、長さ15m程の円錐形をした潜水艇が台車の上に乗せられていた。
10人位の船大工が色々と仕事をこなしているのが見える。
「あれが、船なのか?乗る場所も無いように思えるぞ。」
「水に潜るからね。船の上に人はいないんだ。だから不必要な品物は極力削除してある。」
「後ろは、我等のボルトのようだな。うむ?この板は横に動くぞ!」
「それが、舵だよ。」
アルトさんは俺を離れて、ディーと一緒に潜水艇の周囲を面白そうに見て回ってる。
「どうだ?」
「十分です。完成した段階で少しずつ潜水させて水漏れの量を確認すれば良いでしょう。この板は2重ですね?」
「分かるか?…普通は2重にはしねえが、水漏れ対策で2重にしてある。1度板を張った状態でウミウシの体液を塗りこみ再度板張りをした。少なくとも周囲の水漏れは防止出来るだろう。
俺が気になっているのは、これだ。」
そう言って、後ろに突き出したシャフトを指差した。
「この部分はいくら工房が頑張っても水漏れは起きる。油を入れた箱を見たが、あれだけでは完全に止められないだろう。船の中に排水ポンプを置いていたが、こればかりはやってみないと分からんぞ。」
「完成したらやってみる心算です。このまま直ぐに全員を乗せる訳ではありません。」
「それにしても面白い船だ。グラスを使った観測窓と潜望鏡も面白いな。何であんな曲がった管で外が見えるのか皆が不思議に思っていた。」
「あれは、曲がった場所に鏡を入れているんです。…上手く浸水が抑えられたら、あの先端部分だけを残して船を潜水させます。見つけるのは苦労すると思いますよ。」
「確かにな。…大戦になるのか?」
「この船15艘で1,000艘を越える船と戦う事になるでしょう…。」
「それで、見つけ難い船を作るのか…。納得はするが、遠洋には出られないぞ。」
「これは、防衛用ですよ。これを使って他国を攻めるような事は出来ません。沿岸部…陸から20M(3km)程度を活動の場にするつもりです。」
「ならこれで十分じゃ。…長生きはするもんだ。まさか水に沈む事を前提とする船を作る事になるとは思っても見なかったぞ。」
そう言って改めて、潜水艇を見上げる。
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潜水艇の内装の取り付けが順調に進んでいる時に、モスレムより緊急の知らせが入った。
「至急、モスレム王都にお戻りください。アテーナイ様がアキト様達の到着をお待ちです。」
ケルビンさんの館でのんびりとお茶を飲んでいた俺達は、モスレムから馬を飛ばしてきた近衛兵の伝言に顔を見合わせた。
「何だ?」
「判らぬ。…しかし、何事か起こったか、それとも起こるか…。」
アルトさんはそう言って席を立った。俺とディーも大急ぎで後を追う。
館の外に出て銀の笛を吹く。
玄関の扉が開いてケルビンさんの奥さんが飛び出してきた。
「慌しい出立で簡単な物になりますけれど、お弁当です。」
そう言って、ディーに大きな籠を持たせてくれた。
カシャカシャと爪音を立ててアルタイルとバジュラがやって来た。
直ぐに亀乗すると、奥さんに手を振って、俺達は町の通りを来たに進む。
そして北の楼門を抜けると、一気にガルパスの速度を速める。
街道の休憩所にガルパスを止めて昼食を取る。
「しかし、我等が船を作っておるのは知っている筈。何を慌てて呼び寄せるのかが判らん。」
「ディー…。姉貴から連絡は無いんだよね?」
「ありません。情報端末から衛星経由で私に通信を送る事が出来るはずですが…。」
という事は、また違った脅威が発生したと言うことか?…しかしそれなら姉貴が通信を送ってくる筈だけど…。
昼食を終えると、また街道北に走る抜ける。
そして、深夜に俺達はモスレムの王都に着くことが出来た。
早速王宮に行き、近衛兵の案内で大広間に隣接した会議室に向かう。
会議室の扉を開くと、4カ国の国王と王族、それに姉貴それに嬢ちゃん達が揃っていた。やはり、ただ事では無さそうだ。
「ようやく戻ったのう…。急ぎ呼び寄せて済まなんだ。ニードルの情報が届いたのじゃ。…詳細な情報じゃ。」
そう言って、アテーナイ様が数枚の手紙をテーブルの上を滑らせて俺の手元によこした。
やはり…。
手紙の中身は、俺達がディーが情報端末機と呼ぶ装置のスクリーンで見た内容を現地で確認したような感じだ。
これなら、姉貴が通信を俺達に送らない訳だな…。
そして、最後の紙に俺達が想像していない事柄が書かれていた。
スマトルの南進だ。
「婿殿はどう思う?」
「南進ですか…。勢力の拡大と見るか、後ろの懸案を断ち切るためか…。迷いますね。」
「それは、ニードルが引き続き探っておる。問題はその後じゃ。」
「後5年はスマトルはこちらと戦う事はありません。問題はその後です。」
それまで無言だった姉貴が言った。
「我等は20万と予想しておったが…遥かにそれを上回るという事じゃ。しかも、何時攻めてくるか予想もつかぬ。」
姉貴の言葉にサーシャちゃんが続ける。
2人の予想は南進によって、奴隷狩りと新たな戦士の獲得を同時に行なうという事らしい。
死兵に近い扱いをするのだろうが、俺達にとっては敵に違いない。
少し、面倒な事になってきたぞ。
「南進の利点はそれだけではない。大蝙蝠の獲得もあるようじゃ。テーバイ戦ではだいぶ消耗したからのう…。」
それもまた脅威だ。
「国王達は、ここは判断の為所だと言う。我もそう思う。我等はスマトル派兵を決めようとした所、ミズキとサーシャに反対されてしもうた。ここは婿殿の意見も聞くべきだとな。」
とんだ召集だな。
姉貴が連絡しなかった訳だ。
サーシャちゃんと一生懸命反対したんだろうけど、やはり女性と見られたようだな。この世界は基本的に男女同権らしいが、こんな時は男の意見が欲しいと言うのだろうか?
「派兵は、思い留まるべきでしょう。…一見、敵の背後を取れるように思えますが、南進の兵力が分かりません。国内に奴隷が多ければ、反乱に備えた兵力は温存すると考えます。
俺達が背後を攻撃すれば、その部隊が反撃して来るでしょう。奴隷が反乱を起こす気配があれば、容赦無く皆殺しにするはずです。スマトルの残存兵力は全て迎撃部隊と見て良いでしょう。
そして、俺達には兵力の余裕がありません。
連合王国の兵力は現状約1万数千。その部隊は攻撃ではなく迎撃部隊です。
半分を派兵したとしてもその兵力でどれだけスマトルを蹂躙できるか…。そして、残った兵力は1万を切ります。これでは4カ国の防衛など絵空事です。」
4人の国王が下を向く。
俺ならばと期待していたのかな?でも、俺だって数千の兵力でスマトルを滅ぼすのは無理だぞ。
それは姉貴達だって同じだ。
作戦も大事だが兵力も大事なのだ。少ない兵力で大軍と戦うには、地と知それに血が必要だと、姉貴のお爺さんが言っていた。
場所と作戦それに人数…。それが可能なのは自分達の土地である連合王国の中で戦う必要がある。
「しかし、何時までも婿殿達に迷惑をかけるのも問題じゃ。少なくとも5年の月日を我等は持つ事になる。これを有効に使う手立てを考えねばならぬ。」
「それは、我等とて判っておるのだ。だが、20万以上…。仮に30万とすればサーミストの領民の数に匹敵する。戦は数…。数を頼みにした渡りバタムのような戦士が押し寄せると思うとな…。」
「そう、思いつめる事も無いと思います。先程アテーナイ様も言っておられました。
後5年あると…。
5年も考える時間があるんです。まぁ、2年は準備に掛かるとしても3年はあります。
その期間を有効に使う手立てを考えるのが先でしょう。」
アトレイム国王の呟きに俺は言葉を返した。
「敵の兵力は横に置いて、何時、何処でどんな方法で敵を叩くかを考えるべきでしょう。次に敵の兵力を加味して、その方法を取る為の作戦を考えれば良いでしょう。」
「なるほど、敵の兵力に惑わされるなということか…。」
「私の国でも大規模に敵と対峙する事はあったのです。でも、全体が一度に攻め込む場合はそれ程記録がありません。
それは情報伝達に難があるためです。
我等の軍は1万数千の兵員を自在に操る事が出来ます。これはスマトルには真似ができません。
正確な情報通信と、機動戦に特化した軍隊それに防備を固めた村や町…これが出来れば、スマトルも容易に連合国家に攻め入る事は出来ないでしょう。」
数を頼みとする戦を如何に攻略するか…。
これは姉貴とサーシャちゃん達に期待することになるだろうけど、少しは手助けしてやろう。
何と言っても、姉と義妹だもんな。




