#360 潜水艇を作ろう
次の日、サーミストの王都に着いたのは昼過ぎだった。
早速、王宮に向かうと、王宮前広場で警護に当たっていた近衛兵が俺達を王宮内に案内してくれた。
「先ずは、国王にお会い下さい。執務室にご案内いたします。」
俺達を案内してくれる近衛兵の言葉を聞いて少し安心した。居並ぶ高官の前で挨拶はあまりやりたくないからな。
2階の1室の前で、近衛兵が扉を叩く。
すると中から近衛兵が扉を開けて、俺達を案内してくれた近衛兵と短い会話をする。
「どうぞ、中にお入り下さい。」
部屋の中の近衛兵が、そう言って大きく扉を開いてくれた。
執務室と言っても、教室位の大きさがある。
窓際に大きな机があって、そこで国王が書類を決裁していた。
俺達を見ると、立ち上がって暖炉際にあるソファーに案内してくれた。そして、小さなテーブルを挟んで俺達と反対側のソファーに腰を下す。
「良く来てくれた。例の話をケルビンにしてみたのだ。…信じなかったぞ。だが、その話をアキト殿が提案してきたと言ったら、是非にと言いおった。資金すら自分で出すとまで言っておる。
工房と船大工の手筈も付いた。
先ずは試作という事になるが、彼等の指揮を執ってもらいたい。」
「言い出した以上は、何とかしたいのですね。どこで作ります?」
「カリストじゃ。ケルビンの館を訪ねればよい。…何時来ても大丈夫なように手筈を整えている筈じゃ。」
「では早速…。」
俺達は国王に頭を下げると、王宮を後にして一路カリストに向かう。
そして、その日の夜にカリストの港町の門を潜った。
1度来てはいるけど、港町は綺麗に区画されているから同じような通りが北門に広場から続いている。
門番さんにケルビンさんの館を訊ねると、1人が俺達を案内してくれた。
「たぶん亀に乗って来る筈だと聞いていましたよ。場所が分からず困る筈だと言って、案内賃も頂いております。」
そんな事を俺達に話しながら、海辺に近いケルビンさんの館に案内してくれた。
ケルビンさんの館に着くと、早速門番さんが玄関の扉を叩いて俺達の来訪を告げた。
直ぐに玄関の扉が開いて、数人の男達が俺達の所にやって来た。
「主がお持ちかねです。ガルパスは責任を持ってお預かりします。」
若い男の後に付いて館に入ると、玄関奥のリビングに案内される。
そこには、既にケルビンさんが奥さんと14歳位のお嬢さんを連れて席に着いていた。
俺達がリビングに入ると早速テーブルに着くよう促がされる。
座ると同時に、侍女がお茶を入れてくれた。陶器の茶器だな…。
「お越し頂き有難うございます。何やら面白い船を作られるとか…。仔細は国王から伺っております。もう直ぐ、船大工と工房の長もやって来るでしょう。
しかし…。本当に出来るのですか?…私達は未だに信じられません。」
「俺は出来ると信じてますよ。潜ると言ってもそれ程深く潜る事は無いでしょう。船体を海面の下に沈めるだけです。」
「船体を沈めたら、そのまま沈んでしまうのではありませんか?」
俺の答えに奥さんが質問してきた。この時代の考え方だとそうなるのかな…。
「水の中に自由に沈むことが出来る船は2つの科学が関係してきます。それは比重と浮力です。
比重とは、物体の重さの事だと思ってください。このカップ1杯の水の重さを1とするならば、このカップ1杯の銅は約8.9、金なら19.3になる筈です。もし、油なら0.9前後でしょうから水より軽くなります。
同じ体積で形作った時に、水より小さい値となれば水に浮きます。
さて、では船はどうでしょう。水より値が小さくなりますか?」
「船には沢山の鉄が使われています。重さを比べたら船は1より大きくなるでしょう…。なるほど、船は沈みますな。」
「でも、船は普段は浮いています。どうして沈まないんですか?」
「それは、沈ませようとする力と浮かせようとする力が釣り合った所でそれ以上船が沈まないからなんだ。水を押しのけた分だけの浮かせようとする力が働く…。」
「面白い話をしてるじゃないか。確かにそんな感じだな。そしてそれが積み荷の量を左右する。
重い荷物を積む船と軽い荷物を積む船はおのずと構造…形がちがうのだが、お前さんの話はそれと矛盾しねえな。」
そう言いながら、2人の男が入って来た。ドワーフだがユリシーさんより腕が太いぞ。
「紹介しよう。船大工のニーダスと工房のライデンだ。」
「こいつ達か。水に潜る船を作りたいと言っていた奴は?」
勝手にテーブル席に座って俺達を指差す。
「そうです。貴方達はどう思います?」
「半信半疑だな。普通船は浮かぶもんだが、海が荒れて水が大量に船に入ると沈んでしまう。たぶんこれを利用した仕掛けだと思うが、水の中ではオールも、帆も効かねえ…。俺はそっちの方が信じられねえ。ただ単に浮かんだり沈んだりするだけでは無さそうだしな。」
「それは、ワシも同じだ。軍船用の武器を考えろの次に来た話だ。これも軍船と考えたいが、そんな船で戦が出来るのかと考えてしまう。」
「お二方がそう思うのでしたら、完成すれば海戦は勝利確実ですね。この船は私の国では完成しています。100人以上を乗せて何年でも潜っていられますよ。」
「待て、お前の国では…と言ったな。では、水に潜る船は既にあるという事か?」
「はい。ですから俺が概略を教える事が出来るんです。」
「それで俺達はどうやってそれを作ればいいんだ?」
「これです!」
俺はバッグから図面を数枚取り出した。
その1枚目が全体像だ。側面、上面、全面、背面、それに縦断面図と横断面図を描いている。
2人の職人が食い入るように図面を見ている。
「この上部にある樽1個分が水面に出るのだな?…前と後ろにあるのは水を入れて安定させる…。これは?」
工房の長が聞いて来た。
「ポンプと呼ぶ物です。そのポンプを使って前後のトリムタンクの水量を加減して、この船を沈めたり、浮かべたりする訳です。」
「もし、ポンプが壊れたら2度と浮ぶ事が出来ないぞ!」
「この下にあるバラストを廃棄します。石を詰め込んだ箱ですが、この石の重量分だけ船は浮びます。」
「…ところで、この部分は何だ?」
「この軸を廻すためのペダルです。足で動かせばこの軸が回転します。軸の先に付いているこれが回れば船は前に進みます。」
「舵は、2つあるのか…。この部分は?」
「この船の唯一の武器です。収納式バリスタですね。この図のようなボルトを発射します。飛距離は2M(300m)以上あれば良いでしょう。」
「弓と矢じゃな…飛距離2Mは無理じゃないか?」
「これより小型の物でも3Mは飛んでます。テーバイ戦から使ってますよ。」
「図面は預かる。先ずは試作して試してみようじゃないか。船は何とかなるが…部品はどうだ?」
「それ程、苦労はしないじゃろう。図面の寸法どおり作ってみるが、分からん場合はお主に聞けば良いな?」
工房の長はそう言って俺を睨む。
「良いですよ。しばらくはカリストの宿におります。俺もついでに作りたい船がありますから…。」
「とんでもない!…カリストにおられる間は、この館にお泊まりください。さもないと国王に顔向けできません。」
俺の言葉に慌ててケルビンさんが叫び声を上げる。
「私共は、アキト様の来訪を誉れと思っております。どうぞ、完成するまでここでお過ごし下さい…。」
奥さんと娘さんが俺達に頭を下げる。
「それが良い。船大工は店の者に頼めばそれなりの男を紹介してくれるだろう。で、何の船を作るんだ?」
俺の船を作りたいの言葉に船大工の頭領が聞いて来た。
「釣り船ですよ。モスレムで人間チェスの祭りをしたんで、次はサーミストで釣りを使った祭りを考えてます。どんな魚が釣れるか調べたいんです。」
「その話は聞いたぞ。10日も続いたそうじゃないか。来年は我等も、と皆が言っている。同じような祭りをこのカリストでやるなら大賛成だ。」
そう言いながら席を立って、工房の長と共に笑い声を上げながらリビングを出て行った。
「がさつな男ですが腕は確かです。…それと、先程の話は本当なのですか?」
ケルビンさんが聞いて来た。
「ええ、本当です。未だ企画段階ですから、物になるかどうか分りませんが…。」
俺の話を嬉しそうにケルビンさん達は聞いている。
「是非、物にしてください。モスレムの人間チェスは面白かった。それに後でラジアン殿に聞いたのですが…。あの祭り期間中の商いは普段の3倍から10倍だと言っておりました。小商人達が大喜びだと言ってましたよ。」
経済効果としてみた場合の評価は、ラジアンさんが纏めて王宮に報告してるんだろうな。どんな結果が出たかは後でアテーナイ様に教えて貰おう。
「そういえば、話をするだけで食事は未だでしたな。直ぐに準備をさせます。」
そう言うと奥さんに何か小声で告げた。
俺達に「失礼します。」と言ってリビングを出て行く。
「しかし、国王が急に軍船を作れと言った時は、王宮が大騒ぎでした。そして詳しく話を聞くと、今度は国王の精神状態を疑いましたぞ。
何せ、軍船は商船を改造して5隻で良い。後は水中に潜る船を15隻作れと言い出したのですからね。
でも、最後にこの案は、アキト殿の発案であると聞くと、急に王宮が静かになりました。そして、末席にいた私に国王が下命したのです。アキト殿は船大工と工房の長を探していると。
存分に試行錯誤を繰り返してください。費用は全てサーミストが持ちます。」
「それでしたら、1つ人を探して貰えませんか?…ロディさんと言って、グラスを作るために頑張っている人なんですが…。」
「ロディ達に援助しているのは私共ですから知っていますよ。明日にでも呼び寄せます。彼も、潜る船作りに必要なんですか?」
「状況によります。グラスが出来ていると利用価値が広がるんですよ。」
「その利用範囲は私が想像するよりも広いという事ですか。」
「工芸品、建築材料、光学材料…色々とありますね。私がグラスを欲した理由は建築資材としてですが…。」
「私は、芸術品として…。なるほど、色々とあるのですな。」
その時、ガラガラとワゴンの音が廊下の奥から聞えて来た。
リビングの扉が開くと、侍女が押してきた料理のワゴンをリビングに運び入れ、皆の前に銀の皿を次々と並べていく。
「さぁ、召し上がってください。だいぶ夜も更けましたが、私共も食事は未だだったのです。」
「では遠慮なく…。頂きます。」
俺達は、モスレム王都で開催した人間チェスの話をしながら食事を頂く事にした。
「それにしても、60Lで仕入れた材料で200Lを稼ぎましたか…。季節限定とは言えその商才はたいしたものです。このサーミストも夏場はモスレム王都以上の暑さになります。それは是非お教え頂きたいものですな。」
ケルビンさんは、やはり商人なんだな。
「ええ、良いですよ。」
俺はそう答えたけど、これも俺が始めた事になるのかな?…アイスキャンディー2号店なんて事にならなければ良いけどね。