#358 選抜試験を始めよう
姉貴と、嬢ちゃん達は一緒に士官学校に出かけてる。
先ずは、オーソドックスに陣形を教えているとの事だが、嬢ちゃん達は結構色々と陣形を知ってるぞ。テーバイ戦ではやってたからな。
姉貴の事だから八卦陣を教えるんじゃないか。
俺は、きちんと兵站を教える方が良いと思うけどな。
俺と、アルトさんそれにディーの3人は、エイオスの到着を待って西のエントラムズ国境付近に広がる荒野に出かける。
何んと、現在4千人に亀兵隊が膨れ上がっている。
これをフルイに掛けて、本来の亀兵隊の設立時と同様の使える部隊にしなければならない。
タニィさんがエイオスの来訪を知らせてくれた。
「さて、出かけようか。…忘れ物は無いよね?」
「標準装備は全てバッグの中じゃ。念の為、大鎧も入れてあるぞ。」
そこまでは、いらないんじゃないかと思いながら外に出ると、エイオスは戦闘工兵用の厚い皮鎧だ。背中に六文銭の旗を背負って俺達を待っていた。
「先方で着替えて下さい。指揮官が革の上下では格好が付きません。」
そう言って、俺達がガルパスに亀乗するのを待っている。ディーは何も言わずに俺の鞍の後ろに座る。
カチャカチャ…と王都の石畳の通りに爪音を立てながら、西の楼門を目指す。
この頃はガルパスにさほど興味を持たなくなった領民達も爪音で進路を空けてくれる。
そして、楼門を抜けると一気に速度を上げる。
革の帽子に付いている甲虫の羽のゴーグルが無いと目を開けて入られない程だ。
村を1つ通り越して、昼過ぎには、試験会場である荒地に俺達はガルパスを乗り入れた。
前方に大型天幕と小型の天幕が沢山張ってある。どうやらそこが目的地のようだ。
大型天幕の前でガルパスを下りると、直ぐに2人の亀兵隊がやって来た。
「試験本部はこの天幕です。直ぐ隣の小さな天幕が専用の天幕です。」
教えて貰った試験本部の天幕に入ると、数人の亀兵隊が中央の大きなテーブルに集まっていた。
俺達の来訪を知って椅子から立ち上がって俺達に敬礼をする。
海兵隊式の敬礼が何時の間にか広がったようだ。
俺達3人が奥に座ると、早速従兵がお茶を用意してくれた。
飲み始めたところで、エイオスが天幕にやって来た。俺達の前に座ると、話を始める。
「亀兵隊の技量を試験すると聞き、驚くと同時に肩の荷が下りました。
正直な話、隊員を募集したところ集まるには集まったんですが…いささか問題のある隊員もおります。我等と行動を共に出来ない兵ならば我等の足枷にしかなりません。
…それで、どの様に試験を行いますか?」
俺は数枚の紙を取り出した。
「これをやらせる。お前達も一応試験を受けることになる。…カインにベルアもいるからには教導隊だろう?…お前達の技量を元に合格点を決めたい。」
テーブルに大きな紙を取り出して、最初の20M(3km)ガルパス走の試験方法を説明する。
「荒地に10M(1.5km)の距離を置いて、杭を2本立てる。この杭から出発して、この杭を回って戻ってくる時間がどれ位掛かるかを調べる。…この時計はこのスイッチを押すと動き始める。普通の時計と違うのは1分の六十分の一である1秒を計れることにある。これで、お前達がどの程度の速度でガルパスを走らせているのかが分かるんだ。」
エイオス達は興味深そうに時計を見ている。そして、従兵を呼ぶと杭を大至急作るように命じた。
「次に、この投石具の技量を評価する。
このような図形を描いて範囲を杭で表示する。この2本の線は300D(90m)と250D(75m)の距離だ。
この位置から模擬の爆裂球を3個投げて判定する。3個とも250Dに達しないとき、又はこの範囲から逸脱した場合は亀兵隊たる資格はない。」
「かなり厳密ですね…テーバイ戦に参加した者は、全員合格でしょう。カナトール戦辺りから技量が満たない者が出てくる筈です。」
「俺達は連合王国唯一の機動打撃部隊なのだ。この2つが亀兵隊の最低の資格だ。これを満たさぬ者は進軍速度を遅らせる。また、指定範囲以外に爆裂球を投げるような奴は部隊を危険にさらす事になる。」
エイオス達は真剣に俺の話を聞いて頷いた。
「仰るとおりです。これが我等の最初に覚えた事です。この後に色々と武器が増えてきましたが、初心に帰ればこの2つが我等の最重要項目になります。」
「次に弓だな。俺達の弓は変わっている。この弓を使って行う試験は2つだ。」
「遠矢と流鏑馬ですね。これも必携でしょう。」
「同じようにクロスボーを試験する。弓もそうだが、矢は通常と爆裂球付きの2種類だ。
切り込み技能は薙刀と戈の両方だ。数本の杭を立てて、それに確実に当てる事が出来るかを試験する。当然、時間も左右する。お前達でやってみて時間の目安を決めろ。
そして、グルカの技能だ。白兵戦が可能かを判定する。これは、ディーに頼む事にする。」
俺はお茶を飲みながら全員を見回した。
今の所は質問が無いようだな…。
「一応これも試験しておく。バリスタの操作、爆裂球投射器、そして発光式通信器だ。」
「地雷の施設を入れてはどうでしょうか…。」
「そうだな。使い方と撤去の仕方は必要だな。」
そんな事を話し合いながら、教導隊のメンバーは役割分担を決めて行く。
やはり教導隊といえども得手不得手はあるみたいだな。
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次の日、戦闘工兵の1小隊がやって来て、早速試験場を設営して行く。なんかオリンピックみたいでちょっと楽しくなるな。
そう言えば、選ぶ事ばかり考えていて上位の者を表彰する事を忘れていたな。
「どうしたのじゃ。考え事なぞしおって…。」
「いや…。折角、試験をするんだから一番になったものには商品を出そうかなって考えてたんだが、良い案が浮かばないんだ。」
浮かない顔で、戦闘工兵の作業を見ていた俺に、アルトさんが声を掛けてきた。
俺の言葉を聞くと、ニヤリと笑いながら俺の横腹を叩く。
「安心致せ…。見学者に用意させよう。」
そう言って、俺達が寝起きする小さな天幕に走って行った。
見学者?…ひょっとしてアテーナイ様達に用意させようというのか?
確かに、見たいとは言っていたな。…でも、王族の渡す商品だったら豪華になり過ぎないか?
俺は、元祖うどん2号店のタダ券数枚を考えていたんだけど…。
試験と言っても、今まで訓練で散々使用したような演習場を作るような感じなので、試験会場設営は1日で終了した。
早速、エントラムズの亀兵隊の本拠地に部隊の移動を指示する。そして、モスレム王宮にも…。
これで、2日後には試験を開始出来るだろう。
そして、次の日に教導隊の連中の評価試験が始まる。俺も試しにやってみたが弓だけはダメだった。
流石、教導隊と言うだけあって全員高得点で試験を通過している。バリスタ操作は怪しいかなと思いきや、これまた全員が操作に精通していた。
「教わった事は、教えられるまでに何度も練習しましたからね。でないと教導隊のバッチを付ける資格がありません。」
カインはそう言って胸を張った。
と、まぁ…教える側に問題は無さそうだ。しかし、急激に兵員数を増やすとその弊害が出て来る。果たして何人が失格判定されるのか…。それを考えると少し不安になってきた。
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いよいよ亀兵隊のフルイ落とし…いや、資格試験の当日がやって来た。
エントラムズから続々とガルパスがやって来る。見てる分には壮観だけどね。
中隊毎に、教導隊の指示で天幕を張っている。
そして、小隊毎に集まって体操する者や走る者、弓の手入れをする者等様々だ。
そんな中、ガラガラと馬車がサーシャちゃん達の先導で到着した。
4台の馬車でやって来たのは王族達だ。早速、エイオスが大天幕に案内している。
そういえば、サーシャちゃんやミーアちゃん、リムちゃんは亀兵隊の隊長クラスだから、やはりこの試験を受けねばなるまい。
俺も、大天幕に向かって歩きだす。
「婿殿、準備が出来たようじゃな。」
俺が天幕に入ると、アテーナイ様が話し掛けてきた。
「まぁ、何とかです。午後には始められるでしょう。」
「これは、依頼の品じゃ。確かにその技能で優れた技を示すならば、何らかの表彰を行なう事は良い事じゃ。歩兵においても参考に出来ると皆で話しておった。」
そう言ってズシリと重い小袋を俺に渡してくれた。
その重さに怪訝な顔を俺はしていたのかも知れない。
「何、タダのパイプじゃよ。…銀製じゃ。」
それって、凄く高価じゃないのか?ちょっと話が違うような気がしてきたぞ。
「それ位でないと、持つ者も誇れまい。」
そう言ってエントラムズ国王が笑っている。
「2年に1度程度であれば無視出来る費用だ。何せ5千増やしても数年前よりは遥かに兵員の数は少ない。」
丁度、昼時になったので、俺達の座るテーブルにサーシャちゃん達がサレパルを配ってくれた。
お茶は従兵が配ってくれる。従兵もサーシャちゃんにサレパルを貰って顔が綻んでるぞ。
「サーシャちゃん達にも一通りやって貰うぞ。一応亀兵隊の隊長だからね。部下に恥じない成績を期待してるよ。」
「アルト姉様とアキトは済んだのか?」
「昨日の内に済ませておる。我等の成績と教導隊の成績を加味して評価基準としている試験もある。手を抜くと直ぐに評価が下がるぞ。」
サーシャちゃんにアルトさんが答えている。
確かに、俺達全員が20M(3km)を4分切っているからな。時速45km以上で走ってる勘定だ。
「最初の試験で亀兵隊の資質を問うと言っていたな…。我等はそれを見極めようと思う。宿泊用の天幕も持参した。4千人…全員を我等の前で資質を問え。良いな。」
エントラムズ国王は俺に言い付けた。
4国王が立ち会うのは、そこに不正が無い事を内外に知らしめる為だろう。それを考えると、国王の言葉はありがたかった。
従兵にエイオスを呼ぶように告げる。
「エイオス。参りました!」
天幕の入口に立つとエイオスはそう言って敬礼をする。
「大天幕の前に演台を作れ。全亀兵隊を整列させろ。いよいよ始めるぞ!」
「了解です。」
エイオスはそう言って、天幕を去っていく。
「ところで、模擬爆裂球は見れば分るが、ガルパスを駆る速さはどうやって計るのじゃ?」
「パンダにこれを作ってもらいました。4人ずつ20M(3km)を走らせて、5分以内であれば、強襲部隊意外なら使えます。5分を越えるものは亀兵隊とは言えません。」
「ふむ…。して、婿殿は?」
「4分を切っています。無論アルトさんや亀兵隊も一緒です。」
「なるほどのう…。我も参加してみようかの…。」
全員がアテーナイ様を見た。…でも、誰も止めようってしないんだよな。
「全員揃いました。」
エイオスが天幕の入口に来て俺達に告げた。
「では、始めましょう!」
全員が席を立ち、俺に続いて大天幕を出る。
そこには、4千人の亀兵隊が勢揃いしていた。