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#331 アイスキャンディーと昔話

 「「「アイスキャンディー??」」」

 リビングで、朝食後のお茶を飲んでいるときに、人間チェス大会の屋台を何にするかという事になって、俺の案を出したら嬢ちゃん達が一斉に聞き返してきた。

 姉貴はニコニコしながら「暑いから売れるよね!」何て暢気に言ってるけど、涎が出てるぞ。

 

 「何とか作れると思うんだ。モスレム王都の夏は暑いから冷たいものが売れるはずだ。」

 「それは我も分るが…。そもそもアイスキャンディーとは何ものだ?」

 アルトさんは変な物を売る事は出来んぞ!って俺を厳しい目で見ている。


 「ジュースを凍らせて棒を差した物だ。ジュースに限らず御汁粉でも良いような気がするけど…。」

 「冷たくて、甘いものじゃな!」

 俺の言葉にサーシャちゃんが飛びついてきた。ミーアちゃんとリムちゃんの目が輝いている。

 確かに、アイスキャンディーを一言で言えば甘く冷たいものになるよな。

 俺が頷くのを見て、アルトさんが改めて聞いてきた。


 「王都では夏場の飲み物として、氷を浮かべたジュースは移動式の屋台でも販売される。アキトが言っているのは、その類なのか?」

 「ちょっと違う。ジュースそのものを凍らせるんだ。幸いな事に【シュトロー】で氷が作れるんだからジュースだって凍らせられるだろ。」

 

 「だが、形を整えるのは困難じゃ。【シュトロー】は氷の矢と言うか、氷の杭じゃな。対象物にそれを使えば、同じように氷の杭になるぞ。」

 それは、ちょっと困る。俺の頭の中で、丸太のような棒アイスを齧るサーシャちゃんの姿が浮かんできたぞ。

 

 「王宮の魔道師さんに聞いてみたら良いよ。ダメなら他を考えましょ。」

 姉貴の前向きな提案で、早速にノイマン君が王宮に飛んで行った。


 確かに、この時代だからな。低温を作る方法は限られている。

 でも、何とか作ってみたい気がする。

 何だかんだで、王都は暑い。少しでも夏を楽しく過ごしたいのは人情だと俺は思うぞ。

 そんな事だから、俺達は綿の短パンにTシャツモドキを着ているんだが、ちょっと動くとこの恰好でも汗が出る。

 タニィさんが「来月はもっと暑くなりますよ。」って教えてくれたのが恨めしく感じる今日この頃だ。

 それでも、嬢ちゃん達はサンダル履きで練兵場に出掛けたようだ。やはり、自分達の部隊の状況が気になるのかな。俺も、後で様子を見に行こう。


 姉貴とディーが何やら相談しているところを見ながら、窓際でタバコを吸っていると、ノイマン君が帰って来た。

 「午後に王宮魔道師が来てくれるそうです。」

 汗まみれになった顔で俺に報告してくれた。

 「有難う。…大変だったね。」

 俺の労いの言葉を嬉しそうに聞いていたが、本当に嬉しそうな顔をしたのはタニィさんが氷を浮かべた水のカップを差し出した時だった。

                ・

                ・


 昼下がりに俺を訊ねてきた魔道師は、神官服を纏っていた。

 「御后様から、ここ来て婿殿の頼みを聞いてほしいと言われたのですが…。どの様なご用件でしょうか?」


 魔道師は60歳を越えてような風貌をしているが、その眼差しと口調は穏やかなものだ。それなりの修行を積んで神殿内の高い位置にいるような人物を前に、俺の頼みはものすごく陳腐に思えてきたぞ。

 

 「実は、王都の夏に、果汁を凍らせたものを売り出そうと計画しています。…ですが、【シュトロー】では、全体を凍らせる事は出来ますが、任意の形に凍らせる事はできません。

 【シュトロー】とは異なる類似の魔法、或いは任意の形に凍らせる魔法はないかと、王宮の魔道師に教えを請いたかったのですが…。」


 老神官は俺の言葉を聞きながら、口元に笑みを浮かべている。

 「モスレムいや周辺諸国を含めても、貴方と肩を並べるハンターはいないと聞いておりました。

 どのような、恐ろしい獣を退治するための相談だと思っていましたが…。

 確かにアキト殿の仰るとおり、【シュトロー】を使えばそうなります。それを避ける任意の形状に凍らせるとなると少し工夫が要りますね。

 例えば果汁ではなく、果物そのものを凍らせる事は可能です。この場合、氷柱の中に果物が取り込まれてしまいます。周囲の氷を慎重に割れば、凍った果物が手に入ります。

 アキト様は液体を任意に凍らせたい。と言っていましたね。

 あらかじめ任意の形にした状態で【シュトロー】を使えば良いのです。そして、それを氷から取り出す方法を考えれば、任意の形をした果汁の氷が出来ますよ。」


 なるほど、工夫が必要と言う訳だな。【シュトロー】を製氷機と見れば何とかなりそうだぞ。

 「良い案が浮かんだようですね。…では、私はこれで…。」

 そう言って立ち上がろうとする老神官を押し留め、お茶をご馳走する。

 折角、来て頂いたのだから、王都の様子を聞いてみるのも悪くないだろう。


 「国王の退位と新国王の戴冠式で、神殿は忙しそうです。もっとも、私は大神官殿の別命で動いておりますから、このように動く事ができるのです。」

 「大神官殿の別命と言いますと、学校ですか?」

 

 俺の言葉に、老神官は思い出したように笑みを浮かべた。

 「そうです。…大神官殿と御后様の教育に係る話には何時もアキト殿の名が出ておりました。私がここに来たのも、そのアキト殿の人物に興味があった事は否定できませんが…。」

 「よろしければ、進捗を教えて頂けないでしょうか?」


 「喜んで…。」

 そう言って、老神官は状況を説明してくれた。

 学校を改めて作ることはせずに、各町村にある分神殿を利用する。教える内容は、文字を読む事に書く事、それに世界の成り立ちと計算という事だ。

 子供達が町村では労働力の1つになっている事は事実で、毎日継続した授業を行った場合に参加者が限定されると考え、1日おきに午前中を授業とするようだ。

 期間は3年間で、8歳から11歳を対象とする。そして授業料は取らず、教材は国が提供するとの事だ。

 

 「早ければ、来年から始める事になります。…でも、1つ問題が出てきました。教材なんですが、読み書きは各神殿の神話を使えば良いとの御后様の言葉で直ぐにそれなりのものを用意する事が出来ました。算数は店の売り買いを元に例題を使えば何とかなります。

 ですが、道徳というものに対する良い教材が無いのです。

 学校では道徳を教えるべきと言われたのがアキト殿だと大神官殿は関心しておりました。その話を聞いて私も感じ入りましたが、いざ道徳を教えるという事は非常に難しい事が判って来ました。

 出来れば、アキト殿が考える道徳の教え方を教授していただければ幸いなのですが…。」


 道徳とは人のあるべき姿だと俺は思う。

 人の考え方は千差万別、それを縛ろうとしたり方向性を持たせようとするのは洗脳と同じ事になる。

 かといって道徳観念が無い人でも、それなりに暮らす事は出来る。

 道徳とは、集団生活を送る上の法文化されない取り決めのようなものだと俺は思っているのだが…。

 それをどうやって教えるかと言うと以外に難しいのは分る。

 基本的には…仁、忠、義、孝何かだよな。まぁ、忠は領民にそれ程求めなくても良いだろう。

 となれば、優しさと正義感と年老いた親への労わりを教えれば良いんじゃないかと思うぞ。


 それをどうやって教えるのかという事は…、俺はどうやって道徳感を養ったんだ?

 少なくとも学校ではない。…それ以前だ。幼稚園?

 いや、あれは母親にせがんで読んで貰った、昔話じゃなかったか。

 「こんな事をするとこんな目に合うのよ。」とか「優しい人だね。」とか…。母親の批評を姉貴と一緒になって頷いていたような気がする。

 という事は、俺と姉貴の道徳観念は日本昔話が原点になるのか?

 あれの底流には因果応報の思想が流れているが、それでも人を導くものに違いない。


 俺は、ジッと老神官を見た。

 「俺の道徳観念が何を元にしたのかを少し考えてました。そこにあったのは母の昔話でした。

因果応報の教えを元にはしているのですが、やってはいけない事と進んでやるべき事が含まれていました。

 この国にも暖炉で語られる昔話があるのではないでしょうか。その話にはきっと人歩むべき道標が含まれていると思うのですが…。」


「昔話ですか…。確かに幾つかございます。しかし、私が知る限り数は少ないのです。神話が民間伝承を淘汰したのではないかと…。どうでしょう。この王都にいる間、アキト殿の知る昔話をお聞かせ願いないでしょうか。」

 俺は、喜んで承知した。アイスキャンディーの助言をくれた以上、老神官の悩みも聞いて上げねばなるまい。

                ・

                ・


 「なるほど、夕食後に昔話を聞かせてくれるのじゃな?」

 野菜の冷スープを食べながらアルトさんが言った。

 「それは楽しみですね。俺達も聞かせてもらいますよ。」

 ノイマン達は嬉しそうだ。嬢ちゃん達も目が輝いてるぞ。

 

 「でも、何人位来るのかしら?」

 え?昼に訊ねてきた老神官だけじゃないのか…。

 「そうですね。リレイ様単独とは考えられませんね。数人を連れておいでになると思いますよ。」

 

 タニィさんの言葉に思わず全員がテーブルを見る。これ以上席に着くのは困難だという事が直ぐに分ってしまった。

 「ノイマン。夕食が終ったら兵舎からベンチを2つ急いで借りて来い。でないと座りきれないぞ。」

 新米近衛兵の2人が急いでスープを掻き込むと慌ててリビングを飛び出して行った。

 

 「後は、このテーブルを少し暖炉の方に寄せれば何とかなるわね。」

 姉貴の言葉で、夕食後に早速テーブルを動かす。そこに、頑丈そうなベンチがノイマン達の手で運び込まれる。先輩近衛兵達にも手伝って貰ったようだ。

 そんな手伝ってくれた近衛兵に、姉貴が玄関先でお礼を言っている。

 

 準備が出来た所で、ホッと一息。

 外に出て、のんびりとタバコを吸っていると、小さな光球に照らされた通りを歩いて来る3人組みが見えた。

 

 「婿殿。何やら面白そうな事を始めるようじゃな。我等も聞かせて貰うぞ。」

 王宮の武闘派3后だ。少しは旦那の仕事を手伝ってあげれば喜ばれるだろうと思うのだが…。

 

 「まぁ、どうぞ中へ。聞いて面白いかどうかは保証しませんよ。」

 「よいよい。異国の昔話じゃ。初めて聞く物語。楽しくないはずが無い。」

 そう言って、俺があけた玄関の扉を3人がくぐって行った。


 さて、俺も準備しよう。そう自分に言い聞かせて館に入ると、リビングのテーブルには…もう全員座って俺を待っている。

 折角、テーブルを移動したのに、またテーブルの位置が変わっていた。

 テーブルを取り囲むようにベンチを配置している。

 俺は、暖炉側だな。姉貴とディーの間が空いている。奥のベンチには御后様達が座り、俺の対面にはベンチを2つ並べて、片方に嬢ちゃん達が座っている。もう1つを神官達に空けているようだ。扉の近くに3つ椅子が用意されているのは、ノイマン達とタニィさんの席だな。


 玄関の扉を叩く音に、タニィさんが急いで向かう。

 そして、リビングに現れたのは、老神官が4人と若い2人の神官だった。老神官の1人は昼に訪れた人物だ。

 

 神官たちは改めて自己紹介をする。

 俺に判った事は、4人の老神官がそれぞれの神殿から来た事と、2人の若い神官は風の神殿の神官で俺の話を記録する為に来たそうだ。

 

 「大神官殿に話をしたところ、他の神殿からも神官を出すように仰せられこのような大人数で押しかけ真に申し訳ありません。」

 申し訳なさそうに俺に謝ってくれたけど、場合によっては神殿の教義にそぐわない話もあるだろう。後で問題にならないようにするための大神官の配慮だと思う。


 「大丈夫ですよ。さぁ、掛けてください。」

 そう言ってテーブルに案内する。先に座っていた御后様達に気付くと、更に恐れ入って挨拶なんかしているぞ。


 「そう、気にすることは無い。王宮でお茶を飲むよりは婿殿の異国の話を聞くほうが面白そうじゃと来ただけじゃ。」

 若い神官は持参した紙を広げてペンを持っている。インク壷も持参したようだ。

 改めて、タニィさんが冷たく冷えたお茶を皆に配り終えたところで、俺の話が始まる。


 「さて、皆さんも子供時代があった筈です。その時に両親もしくは祖父母から、夜の退屈を紛らわす話を聞いたと思います。

 その昔話こそ、人としてどうあるべきかを教える話だと思いましたので、道徳という教科に昔話を取り入れられないかと、これから俺の国に伝わる昔話を始めようと思います。」


 俺の前置きに、アン姫が片手を上げる。

 「昔話と言っても、それ程多くはありませんわ。私が知っている話は精々数話。他の国でも少し内容が変るだけでだと思いますが…。」

 アン姫の話に、皆が頷いている。

 やはり、民話が多数生まれるような環境では無かったらしい。


 「そうですね…たぶん数百を越えるんじゃないでしょうか。俺も、全て諳んじている訳ではありません。知っている物から順にお話します。」

 昔話の数に驚いている皆が冷静になったところで、俺は昔話を始めた。


 最初の話は『花さか爺さん』だ。

 昔々と言う決まり文句から話を始め、正直爺さんと隣のお爺さんのお話を始めた。


 「…という事で、めでたしめでたしとなりました。」

 話を終えたところで、皆を眺める。若い神官は一生懸命にペンを走らせ、ようやくピリオドを打ったようだ。


 「何とも不思議な話よの…。神官殿、このような話を聞いた事があるか?」

 「いえ、全く始めて聞きました。勧善懲悪と言うのでしょうか。良い事をすれば良い事が起こり、悪い事をすれば悪い事が自分に降りかかる。なるほど…と思ってきいておりました。」


 俺は一口、お茶を飲んだ。

 「では、次のお話を始めます。」

 今度は『オムスビころりん』を話し始める。

 

 そして話を終えると、直ぐに次の話に移っていく。

 『3匹の子豚』、『醜いアヒルの子』、『赤頭巾』、と続けて、今夜は5話で終わりにする。


 「どうですか?…使えるでしょうか?」

 俺の質問にすかさず神官の1人が片手を上げた。


 「大変貴重なお話だと私は聞いておりました。そして、1つ気になったことがあります。このお話は、宗教色を持っていますね。」


 流石に神官だけの事はある。見抜いたようだ。

 「はい。最初の2つと後の3つは根底に流れる宗教が異なります。前の2つは多神教、後の3つは一神教の人達が伝えたものです。」


 「出来れば一神教と言うものの概念を教えて頂きたい。」

 「この世界には4つの神殿に祭られている神がおります。ある意味多神教です。一神教とは4つの神を作った神がいることを前提にその神を信じる宗教と考えれば良いでしょう。ただ1つ問題があるのは唯一絶対神ですから、他の神の存在を否定します。俺の世界ではこれが原因で宗教戦争が起きています。」


 「それでも、因果応報の話から勧善懲悪を印象付ける内容になっています。他の昔話もそうなんでしょうか?」

 「何とも言えませんね。明日もここでお話しましょう。色んな話を聞けば少しは見えてくるかも知れません。」

 

 「今の話は全て記録したであろうの?」

 「はい。2人で記録しました。後で照合して確認すれば間違いがあっても神官殿に修正してもらえると思います。」

 「なら良い。全てを婿殿に押し付けるのも気の毒じゃ。婿殿の話から道徳を教える上で都合の良いものだけを選べば良かろう。婿殿達の宗教が異なるとはいえ、使えるものは使う気持ちが大切じゃと思うぞ。」


 御后様は神官達にそう言った。

 「いえ、我等は教義が異なるので使えぬとは思っていません。どちらかと言うと、何故このような手段で教義を伝えられなかったかと恥じているのです。

 アキト殿の話は我等の教義にそのまま当てはまります。

 この物語を神殿に持ち帰ったら…明日は、この部屋に入らぬ程の神官が集まりましょう。」

 

 とんでもない事態になってきたぞ。俺は思わず姉貴の顔を見た。

 姉貴は首を振ってるって事は、諦めるしかないのか?


 「そうは言っても、この部屋じゃ。これ以上の観客は増やせまい。書き手はこのままとして、各神殿から1名を選んで来訪すれば良かろう。その旨、大神官にも伝えおく。」

 御后様は神官達にそう釘を差して、俺を改めて見た。


 「このような話を毎夜聞かせて貰えるとはまこと楽しみじゃ。」

 これって、千夜一夜じゃないよな。

 シエラザードの気持ちが少し理解できた夜だった。


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