#321 王都攻略 6th
掃討戦に備えて携帯食料を齧っていると、ディーが帰って来た。
貴族街は2、3階建ての建物が中心だが、殆ど1階程度まで崩れ落ちたそうだ。
まだ火災は続いているが、次第に収まりつつあるとディーが報告してくれた。
「日が半分傾く頃には始められるだろう。問題は貴族街に残ったものがおるかどうかだ。」
ケイモスさんが口を濯ぐようにお茶を飲んで俺達に言った。
「城壁の観測班によると貴族街からの脱出者は大勢いたようですが、貴族街に戻った者は現時点では確認していない。と言っていました。」
「しかし、下火になれば…。という事ですね。」
俺の言葉にケイモスさんが頷く。
「そうだ。そして隠れる所は幾らでもある。」
「王宮から中央の十字路までは、通れそうですね。戦闘工兵を送って通りを遮断しましょう。…エイオス。戦闘工兵を引き連れて東西大通りを南北に遮断だ。瓦礫を使って応急阻止線を作れ。」
エイオスは大きく頷くと亀兵隊を引き連れて、王宮から伸びる道路を南に走って行った。
「民家の掃討時には、ワシの部隊から1小隊を封鎖に回す。」
戦闘工兵の走り過ぎる姿を見てケイモスさんが呟いた。
その時、貴族街の一角で炸裂音が連続した。
「ディー。貴族街の生体反応は?」
「100個体前後を確認していますが、反応は小さくなっています。」
「瀕死か…。だが、背後にいるのは厄介だな。」
「ディー。生体反応のある残骸に再度攻撃だ。」
「了解です。」
そう言って、ディーが俺達を離れていく。
程なく、小さな振動が伝わってきた。出力を絞ってレールガンを放っているようだ。
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「貴族街の掃討終了しました。中央通りの南の民家には、約2,000人が潜んでいます。」
「「何だと!」」
俺達はディーの報告を聞いて思わずディーを振り向いた。
「数人から10人程度の人数で潜んでいます。潜む民家にパターンはありません。」
「面倒だな…。200軒を越えるとなると、かなり被害が出るぞ。」
家の掃討を始めて自爆でもされたらこちらの被害は鰻上りだ。
「一旦、指揮官に状況報告をしてきます。民家は破壊するなと言っていましたが、こちらの被害には換えられません。
ディー。それまでに敵が潜む民家の屋根に印を付けられないか?」
「どんな印を付けますか?」
確かにそんな資材は用意して来なかったな…。
「それは俺達で考える。アキトは直ぐに行ってこい。」
セリウスさんに促がされて、俺は直ぐに駆け出した。
王宮の裏手で待機しているガルパスの群れからバジュラを呼び出すと、一気に外壁の外に飛び出し本部を目指す。
城壁を過ぎると王都からの避難民が、鶴翼陣に誘導されてぞろぞろと歩いているのが見えた。
そして、バジュラは本部の陣に走り込む。
バジュラを急停止させると、直ぐに本部テントに駆け込んだ。
中の連中が吃驚して俺を見てるのも気にせずに、テーブル越しに姉貴に報告する。
「第4段階完了間際だ。…問題が発生した。民家に約2,000の敵兵が潜んでいる。
指揮官の指示の通り民家を掃討した場合、こちらの損害は極めて大きくなる。
奴らは自爆攻撃を行う。俺達が民家に突入すると同時に自爆されると負傷者続出で作戦遂行が出来なくなる。」
姉貴が俺の顔を凝視する。
「第5段階の条件を変更します。可能な限り民家を残す事。判断は現場に一任します。」
「了解した。」
そう言って立ち上がろうとしたところに、炸裂音が聞こえてきた。
「手荷物に爆裂球を入れて敵兵が紛れ込んでいるの。最初に被害を受けて手荷物は全て検査してるんだけど…。」
その場で炸裂させたんだな。本部の方も大変みたいだ。
やはり、徹底的に敵兵を排除するしか無さそうだ。
「第5段階が始まったら連絡するけど…。避難民には十分気を付けて。」
俺の言葉に、力強く頷いた姉貴を見て本部を後にする。
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「そうか…。避難民の中にも自爆攻撃をする輩が紛れ込んでいるのか。」
本部の状況を伝えるとセリウスさんがそう言って考え込んだ。
「第5段階を始めると、かなりな敵兵が紛れ込みそうだな。」
「一応、指揮官には注意しておきました。…ところで、民家の目印の件は?」
「屋根に、丸を付けてある。ウミウシの体液と灰を混ぜた液でな。突入前に手前の屋根からそれを確認する手筈だ。」
「そして、ネズミの確認が済んだ家は壁に炭でバツを書く。…問題は敵兵が移動する事だが、その時は全ての民家に敵兵が潜む前提で行動する。火事が起こった場合に備えて、サーシャ様の部隊から【フーター】の術者を2分隊借り受けてある。」
セリウスさんが俺のいない間の状況を教えてくれた。
「後は、第5段階の発動を待つのみだが?」
「東西通りの封鎖を待ってからにしましょう。幾ら破壊したと言っても残骸に潜まれると厄介です。」
ケイモスさんの問い掛けにそう応えると、すっかり温くなったお茶を飲んだ。
「了解だ。なら、その間に小隊長を集めて手筈の確認だ。」
ケイモスさんの言葉に、俺達は小隊長を集合させる。
直ぐに30人を超える小隊長が集まった。
彼等を前に、俺は第5段階の手筈を伝えた。
「いいか。先行偵察で民家に2,000程の敵兵が潜んでいるのが確認された。潜んでいる民家には屋根に丸が付いているから直ぐに分るはずだ。
行動は2分隊。1分隊が突入でもう1分隊は周囲の見張りと屋根の確認だ。
屋根に印があれば、扉から爆裂球を投げて炸裂してから突入だ。
屋根に印が無くとも中に敵兵が逃げ込んでいる場合がある。十分気を付けてくれ。
そして、投降の意を示しても武器を持っているならば殺しても構わない。
武器を持っていなくても不審な動きをしたならその場で殺せ。
万が一、敵の自爆攻撃に巻き込まれたら怪我人を中央の大通りに移送すること。
火災が発生した場合も同様だ。
俺達は民家の掃討に合わせて大通りを南へと移動する。
バリスタ部隊の2分隊が消火要員として待機している。それに【サフロナ】術者も一緒だ。
何か問題があれば、大通りに来い。以上だ」
「爆裂球が足りない部隊はバリスタ部隊に来い。200個は渡せるじゃろう。そして、我等の部隊は広場と北の城壁の警護じゃ。」
俺の後に続いてサーシャちゃんが話す。
「質問は?…無いな。では、第5段階開始前まで、しばし休憩だ。だが広場から余り離れるなよ。それ程待たなくても良い筈だ。」
俺はそう言って小隊長を解散させた。
そしてテーブルに戻ると、タバコを吸いながら連絡を待つ。
大通りを戦闘工兵が走ってくるのが見えた。
俺の前に来ると、姿勢を正して報告する。
「報告します。東西大通りの封鎖を完了しました。」
「ご苦労。」
俺の短い返答に頷くと自分の部隊に帰って行った。
「さて、準備が揃ったな。」
セリウスさんが俺を見る。
「ディー。屋根の観測班に連絡。…本部へ連絡せよ。第4段階完了。これより第5段階を開始する。以上だ。それと屋根の観測班は指揮所に移動。指揮所は南北大通りで指揮。」
そう言ってディーにマグライトを渡す。早速、ディーは建物の屋根にいる観測班に通信を始めた。
「小隊長は集合せよ!」
たちまち俺の周りに小隊長が集まってきた。
「封鎖線が完了した。さっきの俺の言葉を忘れるな。…第5段階開始せよ!」
たちまち大通りを3,000人近い兵隊が駆け抜けていく。
「さて、俺達も大通りに前進するぞ。」
「後は頼むのじゃ。」
サーシャちゃんも自分の部隊に王宮の封鎖を依頼して俺達に付いて来た。
兵隊の去った大通りを歩いて行くと、左右の燃え残りの燻る貴族街の残骸の熱を感じる。
ディーは貴族街に生体反応が無くなるまでレールガンを使ったようだが、まだ1階の残る建物がぽつりぽつりと立っている。
俺達は大通りの中央交差に来ると、そのど真ん中に小さなテーブルを広げて、指揮所にする。
民家のあちこちに亀兵隊や歩兵が上り、下にいる兵達に屋根の印を伝えている。
そして、あちこちに炸裂音が木霊して、ウオォォーっと言う蛮声を上げて民家に飛び込む兵達の声が聞えて来た。
「まだ、民家から逃げ出す者達がいますね。」
南の楼門もここからははっきりと見える。
門には家財道具を籠や荷車に詰め込んで逃げ出す民衆で溢れていた。
「庶民の考え方は2つだ。直ぐに逃げ出す者もいるが、中にはここまで来る事が無いだろうと思う者もおる。力なく、財産も無い彼等を多くの兵達は放っておくものだ。」
「火災等で避難することはあるでしょうに?」
ケイモスさんの呟きに、疑問に思って聞いてみた。
「この王都もそうだが、王都は升目で区切って通りを整備している。それは火災を恐れての事だ。
毎年のように民家で火事が起きるが、その火事を食い止めているのは、通りを使った防火帯のおかげだ。精々数軒の延焼で火災が食い止められる。
だから、今回のような大規模な火災は経験していないはずだ。」
となれば、ここまで類が及ぶ事は無い。と判断して最後まで残った民衆という事になるのかな。
さぞや、姉貴達は今回の民衆の退避には苦労してるだろうな。
ディーが大通りを東西に移動しながら民家の生体反応を確認して帰ってきた。
「次の通りまでは、生体反応がありません。民家の掃討は今のところ順調に進んでいます。」
それを聞いたケイモスさんが小隊長を呼ぶ。
「封鎖線を維持する兵の中から4分隊を選んで1つ先の通りに東西に展開しろ。掃討が済んだ民家への敵兵の移動を見張るのだ。」
歩兵の小隊長は直ぐに封鎖線に展開している部隊に戻ると、4分隊を率いて、先の通りに駆けて行った。
「今のところは問題無さそうじゃが、直ぐに日が暮れるぞ。突入している分隊に【シャイン】の術者はおるのか?」
「確認しておりませんが、少ないとは思います。」
「今の内に確認しておく方が良いであろうな。我等の部隊にも数人はおるが、民家の通りを照らすのが精々じゃ。突入に合わせて民家内に光球を放てる者を探すがよいじゃろう。」
サーシャちゃんの提案で俺達は早速、部隊の【シャイン】術者を探す事になった。
そんな事をしている内にどんどんと日が傾いていく。
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「結局、50人程しかおらぬのか…。」
ケイモスさんが溜息混じりに呟いた。
「50人も…、と考えましょう。幸い、サーシャちゃんの部隊の人達で通りを照らす事が出来ます。
民家への突入は突入部隊に2人ずつ付ければ問題ないでしょう。継続して25組の運用が出来るのですから。」
「残りの部隊は封鎖線の維持に回れば良い。夜間は敵兵が活発化するだろう。それを見据えて、民家の捜索部隊はやはり減らす事になる。」
俺と、セリウスさんがそう言うと、確かにそれもそうじゃ。とケイモスさんが相槌を打った。
夜間の探索部隊の選出は各部隊の小隊長に任せると、俺達は南の楼門に向かって通りを2つ程、前進する。
ディーが一緒だから、指揮所を中心とした半径1kmの敵兵の動きは分る。そして、日暮と共に敵兵が潜んでいた場所から動き出したと俺達に報告してくれた。
「屋根の目印が役に立たぬか…。」
遠くから聞えてくる炸裂音を聞きながらセリウスさんが言った。
「しかし、2つ先までの封鎖線は健在です。ここまで来たら力技しかありません。」
「だが、爆裂球で破壊する民家が目白押しだ。」
確かに、残りの個数だけで1,000戸以上はあるし、爆裂球の数だって限りがある。
「明日の朝にもう一度、ディーに印を付けて貰いましょう。そうすれば爆裂球を無駄使いしないで済みます。」
とは言っても、爆裂球の絶対数が足りない。今夜の内に運んで貰おうか…。