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#307 雉も鳴かずば…

 夕食を終えて、全員が地図を眺める。

 明日から、旧カナトール領に進攻しているノーランド軍と狩猟部族を追い出すと共に、この地を連合王国の1つとして加える為だ。

 カナトール王家は滅んではいないが、再度王国を起こすには領民が納得しないだろう。そう言う意味では自冶領として4カ国王家の望む将来的な自冶の試行の場になる可能性が高い。

 だが、それも長い目で見れば早期に領民の意識改革が行われるはずだから、他の連合王国の領民よりも優位に立てるような気がする。

 

 「現在、ディーが北の山村と西の町周辺の偵察を実施中です。戻り次第、明日の行動を決定します。…そんなに難しい顔をしないでお茶でも飲んで気分転換をしてください。先は長いですよ。」

 姉貴の言葉が終ると伝令が皆にお茶を配ってくれた。俺とセリウスさんは連れ立って外に出る。

 天幕の近くにあった木箱に腰を下すとセリウスさんがパイプを取り出した。俺もタバコを出してセリウスさんのパイプにジッポーで火を点けてあげると自分のタバコにも火を点ける。


 「明日から、またテーバイ戦のように忙しくなるのは致し方ないが、…リムの事を考えると複雑な気がするな。」

 「ユングとフラウを覚えていますよね。」

 「あぁ、あの変わった娘達だな。アキトはユングを男と言っていたが、やはり俺には娘にしか見えなかったな。」

 

 「あの2人がカナトール王宮からリムちゃんを助け出したみたいです。」

 「何だと!」

 セリウスさんがいきなり俺の顔を見詰める。

 「話してみろ。だが、話せない内容があるならそれでも構わんが…。」

 

 「ユング達がエントラムズで黒3つのカードを発行して貰った時、トラ顔の将軍からギルドを通さない依頼を受けたと言っていました。内容は、カナトールの状況調査。

 村と町、それに王宮を見てくればそれで良いだろうとカナトールに行って、最後に王宮内に入った所で…。」

 「宮殿の中で保護したと言う訳か…。しかし、それではケイモス殿が知っているはずだが?」

 

 「ケイモスさんの所に報告する前に、リムちゃんを依頼された通りに、指定の場所に届けたと言っていました。」

 「多分、届け先はゴルディア殿…。なるほど、そう言う経緯があったのか。」

 「ユングは言ってました。娘は睡眠薬で眠らされていた…と。多分、暴徒に惨殺される様を見せたくなかったのかも知れません。」

 「では、リムは王宮の悲惨な光景を全く見ていないのだな?」

 俺は小さく頷いた。

 

 「カナトールが滅んだ事は知っています。でもリムちゃんが覚えているのは王宮の平和な暮らしだけでしょう。」

 「不憫な話だな。だが、母親との思い出が悲しいものでないならそれで良いのかも知れぬ。ミーアに至っては親の顔すら知らぬのだ。」

 ミーアちゃんが何かとリムちゃんの世話を焼いているのは、自分の身をリムちゃんに投影しているのだろうか。

 リムちゃんにとっては一番のお姉さんになるミーアちゃんがネウサナトラム村の家からいなくなったら寂しがるだろうな…。


 そんな事を考えていると南門の方向からイオン流をなびかせてディーが帰って来た。

 「さて、周辺はどうですかね。入りましょう。」

 「そうだな。北か、東か…それに敵の動きだ。」

 そんな事を言いながら天幕に入ると、ディーの報告に合わせてアン姫がフィギィアを配置している。

 その配置を見て全員が驚いた。カルナバル砦を取り囲むように敵軍がいる。


 「やはり、この場所に砦を作って正解だったみたいね。アルトさん達も上手く演技が出来たみたいよ。」

 姉貴は喜んでいるがこれも作戦の内だというのか?

 カルナバル砦の西には、川を挟んで1,000程が1km程先に展開している。北へ10kmほど先には林に隠れるように1,000位。その北5kmの村に1,000。東方向25km程先の町に2,000。そして町の南に1,000の部隊が展開している。


 俺達が途方に暮れる中、姉貴の機嫌は至って良い。そして、もう1人サーシャちゃんもだ。

 2人でニヒヒヒ…と笑いあうのは俺達の精神衛生上良くないぞ。

 

 ケイモスさんが姉貴に説明を求めようとしたところに、本部に数人の男達が入って来た。

 「無用の者は立ち去れ!…軍議の最中だ。」

 ケイモスさんの怒鳴り声に嬢ちゃん達は首を縮める。結構迫力のある声だからな。

 「我等はモスレム士官学校の教員だ。国王の許しは得ている。それに今までの戦の指揮を執っていたのだ我等の力も必要だと思い急ぎ駆けつけたのだが…。」


 「本部への出入は許しましょう。しかし、発言は許しません。私が聞いているのは、後学のためという事ですから、それで十分なはずです。」

 教員と名乗った男達の中で、1番若そうな男の口上に姉貴が釘を刺した。


 「何を言うか!…まだ未熟な指揮官と聞いて手助けしてやろうと駆けつけてきた俺達に、側女に答えさせるとは、どのような了見だ!」

 50代のでっぷりと太った男の傍に控えていた男がそう叫んだ瞬間、いきなりケイモスさんが身を翻すように立ち上がると、その男の襟首を掴んで天幕の外に連れ出した。

 呆気に執られて天幕の入口を見ていると、かすかな声が漏れてくる。


 「何をす…。」

 男の声が突然止まると、ケイモスさんの大声が聞こえてきた。

 「誰ぞ、おらぬか!…カルナバル砦の外に捨てて来い。ガトルの餌に丁度良い。」


 しばらくして、天幕にケイモスさんが入って来た。

 「ケイモス…。ワシの倅に何をした。」

 席に着いたケイモスさんに搾り出すような声で太った男が言った。


 「軍の規律違反で処刑した。」

 あの言葉で処刑されるのか?…ちょっと行き過ぎだぞ。


 「指揮官足る者、戦場に側女を連れて来る等、言語道断。国王の前で裁かれるのは果たしてどちらで…。ギャァー!!」

 今度はセリウスさんが椅子から飛び上がりながらグルカで男の右腕を刈り獲った。

 床を転げ回る男の脇腹を蹴飛ばして気絶させると、外に行って投槍を持ってきた。

 男の傍に転がっている腕を突刺すと、副官に槍を渡す。

 「砦の外に捨てて来い。」

 それだけ言うと、何事も無かったかのように席に着いた。


 「仮にも士官学校の校長の子息を殺め、そして腕を斬るなぞ私には信じられません。理由をお聞かせ願いませんか?」

 若い男が顔面を蒼白にして俺を睨みつけている太ったおじさんを見ながら言った。


 「我が答えよう。…じゃが、その前に!」

 そう言って男をアルトさんが睨みつける。

 「お前たちは、この本部の指揮官が誰か分っておるのじゃろうな?」


 「そこの若い男ではないのですか?」

 自分よりも若く見える俺を指差して言った。

 「違う。…この場の指揮官は国境紛争とテーバイ戦で10~20倍の敵を前に勝利を収めたミズキじゃ。お前の指差した男は、スマトル軍3,000を前に単身門を守ったアキトじゃ。」


 「それでは、この軍の指揮官殿は…。」

 「隣にのほほんと座っている娘じゃよ。…その指揮官に対して側女とはよくも言ったり。仮にも士官学校を預かる身なれば、この行為がどのような罰を受けるか分っておろう。ケイモスに礼を言うが良い。少なくとも苦しまずに往ったようじゃ。

 そして、もう1人についてはミズキを言ったのか、それとも更に隣の娘を指したのか良く分からぬ。そこを考えてセリウスは片腕で済ませたようじゃな。

 じゃが、我はこの場合は殺してやった方が親切だったと思うぞ。アキトの右隣はディーがおるのじゃが、さっきどこかに行ったようじゃな。となると…その男が側女と言った娘はアトレイムの第一王位継承権を持つブリュンヒルデ王女となる。

 モスレムとしてはアトレイムより引渡しの要請があれば断る事は出来まい。」


 こう言うのを雉も鳴かずば撃たれまい…って言うんだろうな。

 仮にも今回の軍の頂点にいる指揮官を居並ぶ将軍達(?)の前で辱めたという事か。分らなければ、誰かに聞こうって考えないのかな?


 「さて、大人しく聞いているだけなら、我等は気にせぬ。そして、これ以上我等の軍議を妨害するのであれば、我もそれなりの考えがあるぞ。」

 若い男はガックリと首を落とし、しばらく考えていたようだが床に転がった男を背負って天幕を出て行った。

 太ったおじさんは今度は姉貴を睨みつけてるが、姉貴はそんな事は気にしない。


 「さて、邪魔が入りましたが、軍議を続けます。」

 姉貴は細い枝を持って地図を指しながら話を続ける。


 「先ず、川の西にいる部隊は狩猟民族の部隊です。移民団を率いていた時に出会ったアパラチアさんならば交渉も可能でしょうが…あの人は穏健派ですからね。たぶん留守番してます。族長を束ねる者は、強硬派を連れて来ているとすれば、川を渡って攻撃を加えることも考えられます。」

 「じゃが、川がある。」

 短く、そしてそれが一番大事な事だというように、サーシャちゃんが呟いた。


 「ここは、兵法通りに対峙しましょう。物資は2週間分ありますから、リムちゃんの部隊に任せます。…敵が川を渡り始めたら?」

 「川の中程で攻撃します。」

 きっぱりと言い放つとリムちゃんが立ち上がる。そして姉貴に頭を下げると天幕を出て行く。

 「まぁ、相手は1,000人だ。リムの率いる輜重兵100人で十分だろう。」

 セリウスさんが呟く中、アン姫がリムちゃんのフィギィアを川原に移動する。

 

 「次にミーアちゃん。…この林に潜んでいる敵に東から攻撃して欲しいの。もし、背後を追いかけてくるようなら、急速に部隊を左に展開して北側から側面を突いて頂戴。」

 「了解です。」


 カシャカシャっと音を立てながらミーアちゃんが天幕を出て行った。

 後から攻撃って陽動だよな。…だとすれば、南から攻撃するのは?


 「アキトは村を南から攻撃。1日で占領する事。良いわね。」

 またとんでもない事を…。ミーアちゃんが討ち漏らした敵が途中にいるんだよな…。

 「ディーを連れて行くよ。それと、占領した後は…。」

 「ケイモスさんの部隊から守備隊を出して貰うわ。」


 「分った。出発は真夜中でいいのかな?」

 「ミーアちゃんの攻撃開始を合図にすれば良いわ。」

 となれば、そんなに時間が無いぞ。俺は席を立ってエイモスを伴って外に出た。


 「相変わらずだなぁ…。」

 「良いじゃないですか。俺達は亀兵隊です。移動力、防御力、攻撃力全てに既存の兵種を凌駕します。しかも今回は歩兵の駐屯が出来るように村の防備を整備しなければなりません。これは我々の仕事ですよ。」


 そうなのかな。エイモスって物事を前向きにしか捉えないような気がするぞ。決して悪くは無い性格だとは思うけど…。


 「とりあえず、出発の準備はしておこう。」

 「分りました。ついでに夜食の準備もさせておきます。盾と杭はここで使ってますから持っていけませんが、村の家屋を分解すれば資材は調達出来るでしょう。」


 家を分解するって…。住んでる人がいたら問題だぞ。

 ディーが言っていた数値は、村人を含んでいるのか、ちょっと心配になってきた。出掛ける時に聞いてみよう。

 

 

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