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#192 錬兵場の試合

 

 会食メニューはサレパルに魚のスープそれとミカン味のリンゴだった。

 午後に試合が控えているからそれ程食べる事も出来ないが、サレパルって昼食に丁度いい感じがするな。


 「ケイモスは長剣を使う。妹がまだ王宮にいた時には、入隊したばかりのケイモスを良く指導していたものだ。あれからもう30年は経っているか…。妹を下したと聞いて、黙ってはおられなかったのだろう。後数年もすれば王宮を去る。良い思い出になるだろう。」

 

 と言う事は、ケイモスさんは老人の部類に入るんだな。御后様の例があるから油断は出来ないけど…。御后様を師と仰いでいたとすれば、俺が相打ちに持ち込んだ事を許せなかったんだろう。となると、全力で俺に向かってくるじゃないか…。


 「今のお話は、聞かないほうが良かったかも知れません。どうやら全力で当るしかなさそうですね。」

 「男の意地って分らないけど、そんなとこなんでしょう。でもね。あれは使っちゃダメよ。長老もいないし…私も出来るかどうか怪しいわ。」

 俺の言葉に、姉貴が注意してくれる。


 「あれって、何だい?…出し惜しみは良くないと思うし、相手に失礼にならないかな。」

 王様が興味深げに聞いてきた。


 「実は、モスレムのダリオンさんという近衛兵の隊長さんと、アキトが試合をしたことがあるんです。」

 「ダリオンは知っている。ケイモスの一族で、確か遠い親類じゃなかったかな。」

 姉貴の話に王様が応える。

 「勝負は短時間でした。そしてアキトもまだトラ族という勇猛な種族と初めて戦ったことから…体術の奥義を使ってしまったのです。」

 「…結果は、ダリオンさんの心臓停止。アキトの奥義を事前に察知したカラメルの長老が何とかダリオンさんの心臓を再起動させましたが…危うく試合が死合になる所でした。」

 ふーっと王様が息を吐く。

 「それは問題だな…。回避する方法はあるのか?」

 「有りません。体術の流れの中で発動します。本人が自制する以外は今の所対処不可能です。」

 姉貴が俯いて話を終えた。


 「かといって、今更止める訳にもいかぬだろう。ここはアキト君の自制を期待するしかないな。だが、例え我国の重鎮であるケイモスが亡くなる事態になろうとも、不問としよう。彼の望みでもある。全力で当ってくれ。」

 「分りました。」

 俺をジッと見て、そう言った王様に、簡潔に応えた。


 「練兵場って大きいんですよね。三分の一の所に杭を打って、古くなった革鎧に帽子を付けてくれませんか。アキト達の試合は直ぐに終ってしまいます。大勢集まるなら、ちょっとした見世物を提供します。」

 「それなら、帽子の上にこれを乗せるがいい。我も参加するぞ。」

 姉貴の提案にアルトさんが悪乗りしている。

 早速、王様は手を叩いて扉の外の近衛兵を呼ぶ。

 畏まっている兵士にぼそぼそと何やら伝えると、兵士は「ハッ!」と一礼して部屋を出て行った。

 

 「何時の間に弓を使えるようになったのだ?…100Dで、この果物に命中させられる弓兵はこの国にはおらんぞ?」

 弓の妙技だと分ったみたいだ。でも、弓では確かに難しいだろう。


 「まぁ、見てみる事じゃ。我が最初で距離は200Dでよいな。ディーは同じ距離から頭を刈り取れ。ミズキが最後に300Dで鎧を破壊でよいじゃろう。」

 

 「出来るのか?…流石、ザナドウを狩たる者…ちょっと待てよ。これも良い余興だ。好いかアルト。こちらの指示で実演するのだぞ。」

 王様は途中から笑い顔だ。そして、そんな王様を見る御后様は諦め顔だ。

 そして俺はにやけている王様に断って、タバコを一服。上品なお茶に良く合うぞ。

             ・

             ・


 トントンと軽く扉を叩く音がする。

 そして、革鎧を赤く染め上げた近衛兵が2人入ってきた。


 「全て、整いました。練兵場の観客席は溢れかえっています。…お支度をお願いします。」

 王様は鷹揚に頷くと、腰を上げて御后様の手を取った。

 何となく、紳士的でかっこいいぞ。思わず俺も真似をしようとしたら、姉貴とアルトさんの両方に目が合った。しかも、どちらの目も私が先よ!って訴えてる。

 仕方なく、両手で片方ずつ立たせてあげる。

 

 「アキト君も苦労はしてるようだな。ザナドウは倒せても女性を御するのはまだまだと見える。」

 何て、王様は言ってるけどこっちだって命懸けだ。不用意な行動は死に繋がると覚悟してるんだ。


 近衛兵の後に続いて俺達は進む。確か此処って3階の筈なんだが、一向に階段を下りる気配がない。

 

 長い廊下を歩いて、突き当たりの扉を近衛兵が開けると、そこは観衆の興奮と熱狂が渦巻いていた。

 小さなサッカー場位の大きさの練兵場は、中心の楕円形の広場の周囲に階段状の観客席が設けられている。

 あれから3時間程なんだけど、よくもこんなに観客が集まったものだ。

 そんな周囲の熱狂をものともせずに、俺達はロイヤルボックスへの階段を下りて行く。


 ロイヤルボックスの後ろにはパロン家の2人も早々と座っている。

 その後ろには、完全武装のケイロスさんも既に待機していた。ケイロスさんの鎧も赤く塗られていたから、近衛兵を束ねる立場になるのだろう。


 広場を見ると、案山子のような物体が立っている。頭にはしっかりとリンゴに似た果物が載っていた。


 「さて、始めようか。」

 王様はそう言うと、立ち上がって片手を挙げながら四方に存在を示す。

 それだけで、観客席の観衆の声が大きくなる。


 「先ずは我からじゃな。」

 そう言ってアルトさんが袋からクロスボーを取り出した。姉貴も同じように取り出している。俺とディーは何時も背負ってるからこのままでいいんだけど。かさばる武器って以外に不便だよな。


 広場に数名の兵士が現れて、四方に散っていく。

 「誰ぞ、100Dの距離でナイムの実を射落とす者はおらぬか!」

 若い兵士なのだろう。よく通る声で観客席に告げる。


 途端に観客席は静まり、成り行きを見守っている。

 しばらくすると数名のハンターが名乗りを上げて広場に下りてくる。

 それぞれ自慢の弓を持っているようだ。


 兵士の誘導で100Dの距離で3本の矢を放つ。

 だが、誰も実を落とす事は出来なかった。鎧には当てることが出来たが、実を狙うのは普通の弓では出来かねる。


 「では、行って来るのじゃ。」

 そう言って、ヒラリとロイヤルボックスの擁壁を飛び越え、アルトさんがクロスボーを担いで歩いて行く。

 案山子から更に遠ざかり、200D付近まで歩くと案山子に振り返る。

 しゃがみ込んで、クロスボーにボルトをセットして入念に照準あわせをしているようだ。


 シュタ!という発射音が聞こえたような気がする。そして案山子の頭のナイムの実は粉々に砕け散った。

 ウオオォォー!!っと言う歓声が練兵場に木霊する。

 その中をアルトさんがトコトコとこっちに歩いてきた。


 「あの帽子頭を刈ればいいのですね。」

 ディーはそう言うと、擁壁を飛降り、アルトさんとハイタッチをして彼女がクロスボーを射た地点まで歩いて行く。

 背中のブーメランをやおら抜くと、片手でぶん投げた。

 シュルシュル…と特徴的な音を立てて飛んでいくと、案山子の頭をもぎ取り帰ってくる。斜め前方に走りこんで戻ってきたブーメランをパシ!って受け止めた。


 「あの曲がった長剣は何だ?…何故攻撃した後で戻ってくる!」

 王様が驚いて立ち上がる。観衆も声も出ないようだ。

 「あれは、ブーメランという武器です。最大の特徴は弧を描いて戻ってくるんですが、当ればその場に落ちます。今回は軽かったので戻ってきたんでしょう。」

 そう簡単に説明したけど、たぶん分ってはくれないだろう。


 

 次は姉貴の番だ。炸裂ボルトを使うみたいだけど…。

 ディー達と同じように擁壁を飛び越えて広場に下り立つ。

 そして、姉貴の向かった先は…広場の最深部だ。300D近くあるけど、大丈夫なんだろうか?

 姉貴が片膝を立てて慎重に狙いを定める。

 クロスボーを離れたボルトを目で追うのは困難に思える程の速さだが、何とか目視できた。そして、ドォン!っと言う音を立てて革鎧に大穴が開いた。


 意気揚々と姉貴がロイヤルボックスに戻ってくる。

 今度は俺の番という事だな。

 「王様。20倍の敵に紐を使ったという事をお見せしましょう。」

 擁壁を飛び越え、向こうからやってきた姉貴とタッチすると、姉貴と同じ位置まで歩いて行く。


 位置について革紐に爆裂球をセットする。

 グルグルと振り回して紐を放すと、ビューン…と爆裂球は案山子に向かって飛んで行き案山子を巻き込んで炸裂した。

 全員が棒立ちになって、それを見る。

 

 腰に革紐を結び直すと、ロイヤルボックスに向かって手を振った。

 それを合図にケイロスさんがロイヤルボックスの擁壁を飛び越える。ご老体なんだから無理しないで欲しいな…。


 俺は広場の中心に向かってゆっくりと歩き始めた。

 そして、ケイロスさんも歩きながら革鎧の背中に担いでいる長剣を抜き放つ。

 御后様の薫陶を受けたって王様が言ってたよな。だとすれば、長剣だけでなく体術もある程度は出来る筈だ。体格もダリオンさんよりも一回り大きいし、体重はどう考えても120kgはあるはずだ。

 長剣を片手で持つ腕の太さは、俺の太もも位ある。

 勝てるのか?…そんな不安が体の奥から沸いてくる。


 そして、互いに2m程の距離を開けて対峙した。

 「風の噂で、ダリオンは一旦死んだと聞いている。どのような技かは分からぬが本気で来い!」

 「力を抑えることなど、どだい不可能。全力で行かせて頂きます。」

 俺の応えに僅かに口元を綻ばせる。

 

 立会人の近衛兵が俺達に近づき、高らかに宣言する。

 「始めー!」

 

 すかさず、俺達は後に飛びづさる。背中の刀を素早く抜いて左手に持つ。

 脇差よりやや長く、直刀に近いこの忍者刀は片手で扱うのが基本だ。もちろん両手でも問題ないが、それだと動作が遅くなる。

 

 「変った片手剣だな。しかも片刃か…。」

 「相手がそのような大剣を使うことは想定したものではありませんが、そこそこ行けると思います。」

 そう言いながら逆手でグルカを引抜いた。

 

 「その、片手剣見覚えがあるぞ。それは、カラメルの持ち物だ。」

 「はい。カラメルの長老に譲られた品です。軽い剣ですが切れ味は十分です。」


 一瞬、ケイロスさんの体がぶれたかと思うと、右手が本能的に前に出る。

 グルカの背に衝撃が走る。

 すかさず振り上げるように刀を振るうと、ケイロスさんは後に飛び退いた。

 【アクセル】、【ブースト】経て続けに魔法を自分に掛けた。

 とんでもない瞬発力だ。身体機能を上げないととてもじゃないが追いきれない。


 そして、気の流れを感じる。観客席から吹き寄せる気が俺達の周りに集まっているのが分かる。

 そして、その気の僅かな乱れがケイロスさんの攻撃を少しばかり早く俺に教えてくれる。

 左右の獲物を持ち替える。受け流すには背の長い刀の方がいい。逆手に持つとグルカを小さく胸の前に持っていく。


 ケイロスさんの僅かな気の乱れが右手に表れるのを感じると右足を1歩前に出して右手突き出すように前に出す。

 ケイロスさんの握る大剣が振り下ろされるのを刀の腹で受流す。僅かな姿勢の乱れを突いてグルカで大剣の持ち手を襲うと、ケイロスさんは大剣を持つ手を放して腕が両断されるのを防いだ。


 「中々…。体で来い!」

 ケイロスさんの蛮声に刀とグルカを素早くケースに収める。装備ベルトを外してポイって遠くに投げると、拳法の構えで対峙する。


 ブーンっと言う音を伴い俺に拳が襲う。

 ケイロスさんの手を覆う手甲が中指まで被っている。あれで殴られたら唯じゃ済まないぞ。

 素早く時計回りに体を廻すと、拳を左手で掴みケイロスさんの背中を転がるようにして関節を極める。

 すると、ケイロスさんは前回転するようにして俺の掴みをはずした。


 立ち上がろうとするケイロスさんの頭に踵落としを仕掛ける。

 まるで後に目があるように体を横に投出しながら転がって、俺の攻撃を避けた。

 

 今度は立ち上がらずに、4本足で素早く俺に駆け寄るとジャンプしながら小さく拳を開いてトラ拳で俺の肩を狙ってきた。

 左足を引くと半身に構えてやり過ごそうとした所に廻し蹴りが襲う。

 ばく転しながらこれを交わすと、次のトラ拳が起きようとした俺に襲い掛かってきた。

足でトラ拳を蹴り上げてケイロスさんの上体を無理やり起こす。


 素早く立ち上がりながらケイロスさんの腹を狙って掌低を放つ。

 だが、それはケイロスさんの回転により尻尾で打ち据えられた。


 そのまま振り向きざまに俺に拳が襲い掛かる。

 かわす暇もない…咄嗟に気を纏った拳を手甲で補強されたケイロスさんにぶつける。


 バシン!! 鋭く、甲高い拳同士が衝突する音が錬兵場に響いた。


 俺達2人は拳をぶつけ合ったまま、身じろぎもしない。

 そして、ケイロスさんは俺にニタリと笑みを浮かべると…ずずずっと拳がずれて行きそのままの姿勢で広場に倒れこんだ。


 慌てて姉貴や魔道師達が広場に飛び降りてくる。

 ウオオォォーっと観衆の叫びが広場に木霊した。


 ペシ!っと頭を叩かれる。

 「ダメじゃないの。…今度はどうしたの?」

 「気を纏った拳で、ケイロスさんの拳を殴った。倒れる前に俺を見て笑ってたから、命に別状はないと思うけど…。」

 

 「大丈夫です。命に別状はありません。…まだ、【サフロナ】使いは来ないのか!手の骨が粉砕されてる。それに腕も折れているようだ。…急げよ!」

 魔道師がケイロスさんを調べて俺達に教えてくれた。そして、仲間に怒鳴っている。


 「私が使えます。」

 姉貴が魔道師を押しのけて、ケイロスさんに【サフロナ】を放つ。

 そして、後は魔道師達に任せた。


 ロイヤルボックスに姉貴と歩いて行く。後ろから近衛兵が走ってきて、俺の装備ベルトを渡してくれた。

 擁壁をヒラリとはいかなかった。俺にもダメージがあったみたいだ。

 その場に崩れ落ちると意識が段々と遠くなる。


 

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