#191 王の出した条件
サンドラさんの旦那さんは、アイロスという優しい目をした初老のダンディだ。
夫婦揃ってテーブルに着くと一見親子と見間違う。御后様もそうだけど、ちょっと疑問に思うよな。
姉貴が、失礼ですがと聞いてみると、母親がエルフのハーフだったらしい。その子供である御后様達は寿命は人並みだが、姿は若いままでいられるとの事。他の女性から嫉妬の対象になりそうな話だけど、いいことばかりではないらしい。
「容姿は気に入っているのですが、問題が1つありまして多臓器疾患という病に冒されやすいのです。薬草、【サフロナ】さえも何故か有効に作用しません。姉も数年前に発病して長い闘病生活を強いられていたのですが、ザナドウで治ったと聞き及びました。」
そう俺達に説明した後で、サンドラさんは姉貴に礼を言っている。
「世の中、全てが良い事だけとは限らぬさ。ワシだって、良い妻、遣り甲斐のある仕事、そして良い暮らしはしているが、生憎と跡継ぎに恵まれなかった。妻の言い草ではないが、養子になって欲しい事は確かだよ。」
アイロスさんが食後のぶどう酒を銀の器で飲みながら俺達に言った。
このまま、ここに2月いると何時の間にか養子縁組されそうな気配が濃厚だ。
「用向きの表も裏も分ったが、やはり一度は王宮を訪ねるべきだろう。王としてもザナドウを倒した者の縁者であることに誇りを感じている事も確かだ。居並ぶ重鎮に、さぞやそれを知らせたかろうと私は思っている。」
「そう言えば、王子がモスレムを訪問しているのはご存知?」
サンドラさんの言葉に俺達は顔を見合わせる。
「いや、聞いておらぬ。…まてよ、母様は王宮にサーシャとミーアを連れて行ったぞ。ひょっとして…。」
アルトさんが呟いた。
「トリスタン様がようやく許可されたようですわ。サーシャ様が幼い頃に数回会っています。大人しくて賢そうな女の子でした。」
サンドラさんが昔を思い出しながら言ってるけど、それって間違いなく過去形だぞ。今はシルバーに乗って爆走する爆弾娘になってるぞ。
「トリスタン殿も、アルト様の要求に懲りたらしい。クオーク様の例にならって早くに婚約をしておこうとしているな。」
アルトさんの要求って、御后様に匹敵する者じゃなきゃ嫌だっていうやつだよな。
確かにいい考えではあるけど、どうなるかちょっと見ものだぞ。
「話を基に戻すが、我としても一度は会う必要があると思うておる。叔父上の都合もあるじゃろう。悪いが段取りを願ってもよいじゃろうか。」
「はい。承りました。明日早速にお伝えいたします。」
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そして、2日後。
俺達はモスレムの王宮よりも大きな王宮の正面入口に立っている。
玄関口まで広い階段が20m程続いているぞ。そして、玄関の門を守っている兵隊の数も左右に5人いる。
俺達が階段を上っていくと、俺の身長の2倍はある扉が開かれ、アイロスさんが扉の傍に控えていた。
「ささ、王がお待ちかねです。どうぞこちらに…。」
そう言って、俺達の前を歩き出す。3m幅の赤い絨毯がずっと続いているから迷う心配は無いんだけど、両側で鎖帷子を着て俺達を見る兵隊が妙に威圧的だ。
1階の正面にある階段を上ると、正面にまた大扉がある。その左右に立つ近衛兵は2人ずつだ。
「隣国モスレムの剣姫様の一行です。」
アイロスさんが近衛兵にそう告げると、左右の近衛兵が扉を開ける。
「モスレム王国剣姫様御一行御成りー!」
大声で近衛兵が室内に告げる。
体育館より大きな部屋だ。確かに怒鳴らなければ端の方まで聞こえないだろう。なんて考えながらアイロスさんの後に付いて行く。
広間を半分程歩いていくと、6m四方程の大きな絨毯が敷かれているところでアイロスさんが止まった。
10m程先に2段の広い階段の上に玉座がある。
そして、その玉座にはトリスタンさんに良く似た王様が座していた。でも、よく見るとトリスタンさんより若く見えるぞ。隣の御后様だってイゾルデさんより遥かに若いような気がする。
「隣国モスレムのハンター。ヨイマチを率いるアキト、ミズキ、アルトそれにディーじゃ。叔父上の招きにより参上致した。」
王様に軽く一礼して、アルトさんが口上を述べる。俺達も一礼して非礼とならないように注意する。
「ハハハ…。そう改まるな。ハンターは国の概念を超える。そのハンターが虹色真珠の持主とならば、その地位は貴族をも凌ぐ。我と同格と思って欲しいところだ。」
その応えに俺達は改めて一礼する。
王様は玉座から立ち上がると数歩俺達に近づいた。
「皆も良く彼等を知るがいい。グライザムを狩り、ザナドウを狩って、この度は500の兵で10000の兵を破ったと聞く。わが国にもグライザムを狩れるハンターは多い、しかしザナドウを狩れるハンターはいない。また、軍略家と優れた将軍も我は持っている、それでも20倍の敵に向かい且つ勝利に導く者はおらぬ。…そして我が姪の伴侶となった彼等に、我は特権を与える。我が王国内で彼等に敵対した者は理由のいかんを問わずその場で処刑を許可する。その結果についての責任は全て王である我が取ろう。」
王様が朗々と広間に居並ぶ重鎮に告げる。
「恐れながら、一言。…あの若さ、あの体格でザナドウを狩るとは信じられませぬ。我に一度かの者と試合をさせて頂きたく存じます。」
そう願い出たのは、ダリオンさんと同じトラ族の男だった。ダリオンさんより一回り体が大きいぞ。
「どうじゃ。受けてみるか?」
「受けねば、卑怯者の烙印が押されそうです。胸をお借りいたします。」
「ケイモス、昼過ぎに練兵場でどうじゃ。見たい者も大勢いるじゃろう。今から触れを廻すとなると、その位の時間になるが…。」
王様は、俺の言葉に頷くと願い出た将軍にそう言った。
「お聞き頂きありがとうございます。」
「さて、諸君。面白い見ものが出来た。昼食は早くに取られよ。場所が無くなるかも知れぬ。ははは…。」
居並ぶ重鎮にそう告げると笑い声を上げる。
「さて、軽く食事を取ろう。アイロス客間に案内を頼む。」
俺達は王様に一礼すると、アイロスさんの案内で広間を出る。
広間の反対側に階段があり、それを上ると吹き抜けの玄関ホールを回廊で繋いだ廊下に出る。
その廊下を歩いて近衛兵の立つ扉の前でアイロスさんが用向きを告げると、近衛兵が扉を開けてくれた。
客間と言っていたが、教室程の大きな部屋だ。真ん中にテーブルがあるだけの清楚な部屋で、扉の反対側に大きな窓がある。
「さて、こちらにお座り下さい。もうまもなく王様がおいでになります。」
2m×3m程の大きなテーブルだ。俺達4人は片側に座ると、アイロスさんはテーブルの片側に座った。
しばらくすると、扉が開く。
「待たせて済まぬな。」
意外と気さくな王様みたいだ。隣には御后様も同行している。
俺達が立ち上がって一礼すると、直ぐに着座を促がされた。
一旦、扉が閉まり王様達が席に着くのを待っていたかのように侍女がお茶を運んでくる。茶器は銀製品だ。
「警備の者から剣姫が王都に来ていると聞いて驚いたぞ。王宮に幾らでも空いてる部屋がある。今からでも王宮に来ぬか?」
「王族とは言え降嫁した身じゃ。伯母上の館で十分じゃ。」
侍女が俺達に一礼して部屋を去る。
「さて、モスレムの話は聞いておる。良くぞ20倍の敵を跳ね返したものだ。…だが、解せぬ。10倍なら優れた軍師であれば可能だと我は思っているが、20倍となれば別次元だ。…どうやった?」
「亀と紐を使うた。それと軍を1.5倍の速度で進軍させる運用方法を考え付いただけじゃ。」
「それで20倍の敵に対抗出来るのか?俄かには信じられぬ話だ。」
「亀については王子が面白い情報を持ってくるじゃろう。紐については午後にでもアキトが披露してくれるじゃろう。」
そう言ってアルトさんはお茶を飲んだ。
「王子の事だが、アルトは賛成してくれような?」
「それはサーシャが決めることで、我は知らん。…じゃが、悪い話では無いと思っている。」
「お前に反対されたらどうしようかと思っていたのだ。少し安心したぞ。」
王様は少し目を細めてアルトさんを見ている。
「ところで、王様の聞きたいことは別にありますよね。そっちの話に移りませんか?」
姉貴が2人の会話に割って入った。
「そうだな。…表向きは戦後の気晴らし。それはそれでいい。だが本当の目的は何だ?」
「カナトールの王女の保護…じゃ。エントラムズは大国、貴族勢力はまだ無視できぬ。叔父上が庇っても正論には勝てぬ。モスレムの山村で慎ましく暮らすことが出来るようにとの母様の配慮じゃ。」
王様がアイロスさんをチラリと見る。その視線を受けてアイロスさんは頷いた。
「アテーナイには隠し事は出来ぬな。我もそれには賛成だ。しかし、貴族どもの目がある。そこで相談なのだが…。」
「モスレムの御后様の例もあるように、エルフとの間に生まれた子供は多臓器疾患を患う事が多いのです。この国にもその病で多くの重鎮が亡くなりました。そして、その予備軍もまた多いのです。」
王妃様が小さな声で呟いた。
「我も2人の子を亡くしている。パロン家では子供はおろか孫まで亡くす所であった。」
「モスレムの披露宴に出席したアイロスが持ち帰った僅かなザナドウの肝臓は発病していた者達をことごとく癒した。…そこで、かつてザナドウを見たという山を探索させ、銀4つを持つハンター10人を差し向かわせたのだが…帰って来たのは3人だった。有力貴族の子飼のハンターは全て奴の餌食になっている。もしもだ、もし狩ることが出来れば我としても十分な礼を行う理由が立つ。」
これはちょっと難題だ。あの時だってやっとこさ倒したようなものだ。
「お話は伺いました。倒す事は可能です。でも、倒すには3つ条件があります。」
「聞こう…。」
姉貴の言葉に王様が応えた。
「1つ目は、投槍を使える者が2人。少なくとも黒7つは必要です。それに水魔法が使える魔道師を2人。」
「2つ目は、急いでアテーナイ様、イゾルデ様それにサーシャちゃんとミーアちゃんを呼ぶ必要があります。」
「そして、3つ目は…お渡し出来るザナドウの肝臓は半分。半分は私達の報酬として頂きたいのです。」
「半分あれば十分な量だが…何故、お前達が万能薬を欲しがるのだ?」
怪訝そうな目で王様は姉貴を見ている。
「モスレムの東にテーバイ王国が建国されました。テーバイは容姿を巡って虐げられた者達の国です。僅かな量を国境交渉の折に提供しましたが、その容姿を著しく改善する事が出来ました。治る事はありませんが、かの国民の心を癒す事は出来ます。」
「その話は妹より聞き及んでいる。持っていくが良い。…だが、我にとっての難題は2つ目の条件だ。…果たして来てくれるだろうか?」
そう言って王様は溜息をついた。
「はっきりと伝えてください。ザナドウ狩りと、直ぐに駆けつけると思いますよ。」
「分かった。早速連絡しよう。」
王様はそう言うと、手を叩いた。
扉が開き、侍女が台車付きのテーブルに料理を乗せてやってきた。
「午後は、試合だぞ。…たくさん食べてくれ。錬兵場は見物人で鈴なりのはずだ。賭けをする輩も出て来るだろう。当然ワシも賭けるつもりじゃが勝算はあるのか?」
小皿に侍女が料理を取り分けているのも気にせずに王様が俺に訊ねてきた。
「こればっかりはやってみないと判りません。挑んできた将軍は中々の剛の者だと思います。全力でぶつかるのみです。」
「ふむ…金貨10枚をアキト君に賭けてみよう。やはり賭けが無いと試合は楽しめん。」
「王は何時もこうなのです。まぁ、大金ではありませんし、儲けたとしても全て神殿の孤児に寄付していますから、黙認はしていますけど…。」
御后様はちょっと恨めしげな眼差しで王様を見ている。
ギャンブラーな王様な訳だな。でも、儲けを全て寄付してるってことは、今回は何とかしてあげたい気がする。ちょっとヤル気が出てきたぞ。




