#190 デジャブー
エントラムズのギルドはパロン家の館からさほど遠くない、大通りと貴族館が並ぶ通りの十字路の一角にある立派な石造りの3階建てだ。
扉を開けて中に入ると、ネウサナトラムの3倍はあるホールがあった。扉の向かい側にカウンターがあって、お姉さんが5人立っている。
早速、エントラムズの王都に到着したことを報告する。
「銀持ち3人に赤1つですか…。はい、これでいいですよ。」
「あのう。この子のレベルを計って頂けませんか。獣400を葬っても赤1つのままなんです。」
そういえば、御后様が王都のギルドで調べれば分かるかもって言っていたな。
おねえさんが早速大きな水晶球を持ち出してきた。村の水晶球の2倍以上大きいぞ。
「ではこの水晶球を両手で包み込むように…そうです。そのままでいてください。」
水晶球の中にポツンと小さな光が現れ、複雑な幾何学模様を内部に作りあげる。それがしばらく続くと、突然光が消えてしまった。
カウンターのお姉さんは、傍らの箱を操作していたが、俺達の方に向くと口を開いた。
「結果をお伝えします。ギルドレベル測定不可能…ですね。村のギルドではこの値を赤1つと表現するのは無理ありません。しばらくお待ちください。ギルド長と相談してきます。あちらのテーブルでお待ちください。」
テーブルに着いてお茶をホールの係員に頼む。
4人でお茶を飲みながら、大きなホールを眺めると、ひっきりなしにハンターが出入りしている。
学校の黒板よりも横長な大面積の依頼掲示板には、100枚を越すであろう依頼書が貼り付けられているが、それでも掲示板には十分な余裕がある。
いったいどんな依頼があるのか、後で見るのが楽しみだ。
「ねぇ、君達。ちょっとした依頼を受けたんだけど、僕達と同行しないか?」
3人組のハンターがアルトさんの頭越しに姉貴を見ながら誘ってきた。
「狩りの内容によりますね。この王都は初めてですし、どんな依頼があるか楽しみではありますが…。」
「先程、スティングルを狩る依頼を受けたんだ。ガトルよりは大型だが牙は小さい。赤5つ以上であれば問題ないと思うんだけどね。」
姉貴がバッグから図鑑を持ち出した。
スティングルはガトルに似ているが、より大型だ。狼というよりは、犬が野生化したような印象の絵が描かれている。
そして、注意書きには…数匹で群れるが、10匹を越える事は無い。草食で温厚な獣だが一撃で倒さねば豹変して相手を襲う。襲った相手以外に危害を加えることはない。
なるほど…。俺に被害担当をさせるつもりのようだ。
「狩りの目安は赤の7つですか…。ざんねんですが、他のハンターを当たって下さい。俺達のレベルでは無さそうだ。」
俺の応えに、ゴツイ体のハンターが後から顔を出した。
「何だと。せっかくのキャトル様のお誘いをお前達のレベルで断わるのか?」
「キャトルのレベルが如何程かは知らぬが、スティングルを狩るのなら我等を必要とは思えぬ。外を当たるのが良いじゃろう。他にもレベルの低いものはおるはずじゃ。」
30代の山賊風の男に、後を振り向きもせずにアルトさんが言い放つ。
「お待たせいたしました。」
先程のお姉さんが俺達のテーブルに歩いてきた。
「ギルド長の判断でレベルはアキト様と同じカードとします。但し、星の数は記載しません。特例ですのでカードにはその旨の記載をしました。これで、大型獣の討伐にも問題なく参加できると思います。」
そう言ってディーの前にカードを置く。
そのカードを見て、3人組みは驚いている。
ディーが早速カードを首に掛けて胸元に仕舞うのを見て俺達は席を立った。
扉に向かって歩き始めた俺達を先程の男が阻む。
「待て、星の無いカードでは意味が無い。俺達は誘っているのだ。何故に拒む。」
「別に貴方達のレベル上げに付き合う積もりはありません。実力で狩ってください。」
そう言って、男を避けて出口に向おうとすると、いきなり俺に拳が襲ってくる。
まぁ、これは予想の範疇だから、軽く足を引いて体を横に向ければ俺の顔すれすれに奴の拳が通りすぎる。左手で手首を握り関節を逆方向に捻ると…ドォンっと男は床に一回転して大の字に倒れこむ。
倒れこんだ男へアルトさんが横腹に蹴りを入れてるけど…ちょっと行儀が悪いぞ。ディーは腕を踏んづけて歩いてきたし…。
「待て、よくもこの僕に恥をかかせたな! 何処の国から来たハンターかは知らないが無事にこの国を出ることは出来ぬぞ。そこで待つがいい。もう直ぐ警備兵が来る。ゆっくりと牢で反省するんだな。」
バタンと扉が開いて鎖帷子に身を包んだ警備兵が10人程ホールに現れた。
「こいつ等だ。僕の誘いを断わった挙句に僕の仲間をあのように投げ飛ばした。早速、連れて行って貰いたい。後で、父から褒美も出よう。」
警備隊の隊長はちらりとアルトさんを見た。
「本当に、この者達を告発するのですか?それでよろしいのですか?」
「僕の言葉が聞えなかったのかい。こいつ等は僕に逆らった。貴族に逆らう平民風情に身の程を知らせるのも貴族の務めだと思うが…違うのかい?」
「確かに確認しました。…皆も聞いたな。これで十分だ、捕縛しろ。」
部下達は俺達を通り過ぎてキャトルの腕を掴むと、早速ロープでグルグル巻きにする。
「待て! 何故に僕達を捕縛する。僕は貴族だぞ。平民をどうしようと勝手ではないか!」
「相手が悪かったですな。貴族なら平民をそのように扱っても金で解決は出来るでしょう。ですが、貴族が王族をそのように扱った場合はどうなるかご存知ですかな。貴方が捕縛を命じた相手は、隣国モスレムに嫁いだ国王の妹…モスレム御后の娘、剣姫様ですぞ!」
男達がガクリと膝を付く。
なんか、こんな光景をどっかで見た記憶があるな…あの時の貴族のハンターと同じだ。
今回はタレット刑にはならないだろうけど、どの国にもこんな奴はいるんだなと思いながら歩きだそうとしたら、警備隊長より声を掛けられた。
「申し訳ありません。親の地位をいい事にやりたい放題の者達が多いのです。所で何処にお泊りですか、宿にはお名前は無かったのですが…。」
「パロン家に厄介になっておる。」
「分かりました。パロン家では彼らの親と言えども手は出せますまい。…お忍びとは思いますが、王の耳には入れておきますぞ。」
「やはり一度は顔を出すべきかの…。」
「剣姫様なれば、何時でも王はお会いになられます。」
「分かった。近い内に伴侶を連れて挨拶に参る。」
そう言ってアルトさんは歩き出したけど、衛兵の隊長は口をアングリと開けて固まってるぞ。大丈夫なのか?
隊長に頭を下げて俺達もギルドを出る。
大通りは、夕方に近いせいか、雑踏が一段と激しくなったような気がする。
そんな通りを横に見て俺達は貴族街の通りを歩いていった。
パロン家の門番は俺達の姿を見ると直ぐに大きな門を開けてくれた。隣の小さな門でもいいような気がするけど、大事な客人を通らせる訳にはいかないらしい。
幾何学模様の石畳をあるいて玄関に着くと、俺達の到着を待っていたかのように扉が開かれる。
そして、侍女の案内に従って小さな客間に案内された。
そこには1人の老人とサンドラさんがお茶を飲んでいる。。
そのカップは、どう見ても俺達が焼いた陶器に他ならない。確か、貴族に優先的に売っているような事を言っていたから、サンドラさんもそれで手に入れたのかな。
そのカップを使っているということは、大事な客という事になる。
侍女に勧められた席は老人の対面だった。
「この方々は?」
「私の姪とその家族と言ってもよろしいですよね?」
老人の問いに俺達に微笑みながら応える。
「サンドラ様の姪と言えば隣国モスレムの…。」
「剣姫を使いに寄越すことで、姉の関心の高さが分かります。アルト様、此方が御用のあるカネル家の当主ゴルディア様ですよ。」
「モスレムのアルテミア・デ・モスレムいや…降嫁したゆえ、アルテミア・ヨイマチと名乗るべきじゃな。我等はつい最近、隣のミズキの采配により東国テーバイとの国境紛争に区切りを着けた。その後に母様より、エントラムズのカネル家当主に書状を預かった。今回のエントラムズ訪問の目的じゃ。」
アルトさんの目配せを受けた姉貴が、バッグから書状を取り出す。
そして、それをゴルディアさんの前に置いた。
「確かに、懐かしきお名前じゃ。…失礼して、読ませて頂きます。」
ゴルディアさんが書状の封を破り、中の手紙を取り出す。たった1枚の書状だが、読んでいるゴルディアさんの表情は真剣だ。
「失礼ですが、この書状の中身は教えていただきましたかな?」
「いいえ。でも状況的にある程度は分かっているつもりです。」
ゴルディアさんは、読み終えた文をサンドラさんに渡した。
「さすがは、アテーナイ様です。我等の事を良くご存知で…。これは、おすがりしても宜しいのでしょうか?」
サンドラさんは紙面サッと読むとゴルディアさんに戻す。
「私達の教育係であったゴルディア様であれば、ご無理を言っても姉は対処してくれます。それにこの場合は、ここで暮すよりも姉の言うとおりかも知れません。」
「分かりました。この件はアテーナイ様におすがりします。」
そう言って、ゴルディアさんは席を立つと暖炉に書状を投げ入れた。たちまちメラメラと燃え上がる。
そして、再び席に着いた。
「それにしても、このような茶器をお持ちとは…長生きはするものですな。」
「甥のトリスタン様からの贈り物ですが、なんでもこのような製品をモスレムは作ることが出来るようになったとか。…アルト様はご存知ですか?」
「ご存知も何も、その陶器を作ったのは我が降嫁したアキトじゃ。貧村の暮らしを良くしたいと考え、形にしたものじゃ。材料は粘土ゆえ元手が掛からん。製造は面倒じゃが、今では貴重な村の財源じゃ。」
「単なる武人では無い…流石は虹色真珠の持ち主ですな。」
「でも、アルト様達がこの茶器の製作に係わっているなら話が早いわ。エントラムズ中でこの茶器が話題になっているの。トリスタン様にも書状でエントラムズに陶器を販売するようにお願いしてるのですが…あまり数が入手できないのです。」
すがるような目でアルトさんにお願いしてるぞ。
そんなに、欲しい物なのかな? でも、サロンでご婦人方がお茶を飲む光景には陶器…しかも薄くて白い陶器が合うような気がする。
「叔母様の願いでも、それは無理じゃ。我等の窯は兄様に提供しておる。陶器生産は実質的に国の産業に変ってしまった。」
アルトさんの答えにサンドラさんの顔がみるみる暗い顔に変ってきた。
ここで、しばらく厄介になる事だし、ここは1つ元気付けてやるか。
「サンドラさん。生産はトリスタンさんの息子のクオークさんが実質の責任者です。そして、クオークさんは研究熱心な方です。彼の研究テーマに即した試作品なら、販路を使わずに手に入れることが出来るかも知れません。村に戻ったら頼んでみましょう。雪のように白くて薄い陶器、貴婦人が手にするに相応しい陶器という事で宜しいですね。」
ガタンとサンドラさんが席を立つと俺の傍に駆けて来た。グイって俺を持ち上げてサンドラさんに向かい合わされギューってハグされる。
「流石は、姉様の婿ですわ。…よろしくお願いします。」
どうにか開放されたけど、この人も危険だ。
「ゴホン…さて、アルト様のエントラムズ滞在のご予定をお聞かせください。」
「我等の乗り物の都合で4月頃までは厄介になる気でおるが、叔母上の都合が悪ければその前にモスレムに引き上げるつもりじゃ。」
「ずっといらしても宜しいですよ。私達には子供がおりません。このパロン家はエントラムズの重鎮。アキト様一行がそのままパロン家に入っても何ら問題は無いでしょう。」
「それとこれは別の話じゃ。我等は既に家を持っておる。それにパロン家になぞ入れば自由なハンター稼業が出来ぬではないか!」
プンプンと怒り顔を露にサンドラさんを睨んでいるが、その容姿ではね。
たちまちサンドラさんにハグされてしまったぞ。
「それでは、これで私は失礼します。出立の2日前に連絡ください。それまでに準備は整えておきますゆえ…。」
「後は、姉上に託しましょう。」
そう2人は言うと、ゴルディアさんは俺達に頭を下げて部屋を出て行った。
俺達も席を立って軽く頭を下げる。