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#164 リザル族の伝承

 リザル族の女性が俺達の前にお茶を入れたカップを置く。

 1口のんでみると、苦味が強いお茶だ。野草や木の皮を乾燥させたものだろうが、普段飲んでいるものよりも、前の世界で飲んでいたお茶に近いような気がする。


 「コンロンの地は遠く、急峻な山脈に抱かれた地にあったという…。」

 長老は古い記憶を思い出すかのように、時々考え込みながら俺達に伝承を話してくれた。

            ・

            ・


 それは、コンロンの壊滅と逃避行の伝承だった。

 ユーラシア大陸の東の地、崑崙山脈の山中に作られた地下都市を中心とした衛星都市群。それがコンロンと呼ばれる世界だ。

 アルマゲドンの寸前にコンロンから大勢の人間が空に浮かぶ巨大な楽園に脱出したと言っているが、これはスペースコロニーの事だろう。

 それらの楽園はアルマゲドンを避けるために更に遠くへ離れていったらしい。

 コロニーで星間航行が可能なのかは俺にも分らない。意外と火星軌道辺りに一時避難したのかも知れない。火星に第二の故郷を造っている可能性もある。

 月に脱出した者も大勢いたそうだ。2つの月の片方は人工的に作られたものらしい。そこには百万人を越える人達が生活していたらしいが、アルマゲドンの後では一切の連絡が途絶えたと言っていた。地上と呼応した内乱があったのかも知れない。

 

 それでも、コンロンはアルマゲドンを凌いだようだ。100を越える衛星都市群の半数以上を失い、焦土化した地上と度重なる造山運動を物ともせずにコンロンの市民は復興を目指したようだ。

 ジーンバンクの凍結種苗と卵子を使い、生態系を元に戻す作業はコンロンの地下深くで地上を監視しながら行われていたと言っていた。

 

 「アルマゲドンを数年過ぎた頃、我らの祖先は希望を持っておった。幾多の種類の生物、植物は順調に育成されており、その数を増やしておった。地上の焦土は相変わらずであったが、外で暮らせる程になっていたのだ。…後数年地下で過ごせば地上を再び緑の溢れる地に出来ると信じておったらしい。」

 長老は一旦話を終えると、温くなったお茶を飲んだ。


 「じゃが、異変が起こった…。」

 異変は東の衛星都市群から始まったそうだ。

 体の代謝機能が急速に高まると、体がおぞましい異形の姿に変わってしまうらしい。その変化は手足から始まり、丸1日で今の姿に変異したと言う事だ。

 しかも、リザル族のようなトカゲの姿ばかりでなく、コンロンの市民全てが何らかの他の生物と融合したような姿に成り果てたと言っていた。

 しかし、市民全てが変異を遂げても大部分の者達は理性は保っていたと言う事だ。少数の者達が絶望の余り、都市の中枢や動力系を破壊しても、分散された機能によりしばらくは都市機能を維持出来たらしい。

 だが、時間が経つにつれ深刻な事態が始まった。食料としていた生物までもが変異してしまったのだ。

 残された食料を巡っての市民間の争いは何時果てることなく続いたらしい。


 「我々の祖先は、コンロンを放棄する事にしたのじゃ。変異が東から来たのなら、西に逃れればよい。そう考えてひたすら西に歩き始めた…。」


 大地は不毛に近い荒野であったが水源には僅かな緑があったそうだ。そしてそこには草を食む小型の草食獣が、誰が放ったのかは分からないけど存在した。

 数万近いリザル族の祖先は、砂漠や荒野そして急峻な峰々に幾多の屍を残しながらひたすら西へと歩き続けたようだ。

 

 「2年とも3年とも言われておる。ようやく、我々の祖先はアクトラス山脈の東の森に辿りついた。森は緑に溢れ、土地は肥えていたと聞いておる。じゃが、ここまで辿りついた祖先は10人に1人だったそうじゃ…。」


 ここで暮らそうと考えていた祖先達は、重大な問題に気付いた。知識はあるが、どうやって行うかの手段が失われていたのだ。

 狩りをするための道具はどうやって作るのか。狩った獲物の保存はどうしたら良いのか…。どうにか石器を作れはしたが、金属を使うまでには至らなかったらしい。

 それでも、男達は狩りをして、女達は食べられる木の実や草を集められるようになると、少しづつリザル族は増えていった。


 「平和に暮らせると誰もが思っていた時じゃった。東から大型の肉食獣が群れをなして東の森になだれ込んで来おった。石槍では到底倒す事が出来ん相手じゃ。祖先はアクトラス山脈を越える決心をしたのじゃ。」


 アクトラスの谷を抜けるように雪の中を歩いたらしい。その行軍の時間を少しでも稼ごうと、リザル族の戦士達は絶望的な戦いを行ったらしいのだが、所詮は蟷螂の斧、倒れた戦士を食らう時間が行軍を続ける者達の貴重な逃走時間となったらしい。


 そして、どうにかアクトラス山脈を無事越えることが出来た者達が今のリザル族になったと言う事だ。

 だが、ここでも問題は起きた。アクトラスの西に暮らす者達の変異はコンロン程劇的では無かった事だ。

 形体の異なる種族は排斥される。何度かの接触によりリザル族はそう思った。そして、山の奥深い森に集落を作り細々と生き続けてきたらしい。


 「我らはこのような形をしておりますが、元は人間。他者を排斥してまで生きようとは思っておりませぬ。カナトールから迫害を受けても逃げるだけの部族です。」

 長老はそう言うと後ろの箱の中から毛皮に包まれた物をアルトさんに差し出した。


 「何じゃこれは?…人形のようじゃが変わった形をしておるのう。」

 包みの中は金属製の像だった。

 一目で俺には分る。それは仏像だ。

 リザル族は一見獰猛そうな容姿をしているけど、実態は穏やかに暮らす狩猟民族だ。その根本には仏教の思想が流れているのだろう。戦士はあくまで部族を守る事が使命としているようだしね。


 「どうじゃ。モスレムに帰属する意思はないか?」

 「帰属した場合の条件にもよりまする。数百の我らにどんな価値があるのでしょうか?」

 「国境を見張る事は出来るじゃろう。それに、森の獣を狩る事ができれば村の農民は助かるというものじゃ。」

 「我らは税を払えませんぞ。」 

 「承知しておる。じゃから国境の見張りをして貰うのじゃ。戦士数名で西の枯れ沢を渡る者に注意すればよい。兵隊が進攻してくれば狼煙を上げればよい。後は村人に連絡をさせる。そして土地じゃが、東の沢を渡れば深い森じゃ。獲物も多かろう。そして畑を作るのじゃ。狩猟だけでは部族が何れ廃れる。…とは言え、我も王宮の確認が必要じゃ。2週間程待って欲しい。」

 

 俺達は伝承を語ってくれた長老に礼を言うと、家を出る。

 家の周りには、大勢のリザル族が集まっていた。

 口々に俺達に礼を言うリザル族の人達を掻き分けながら集落の出口を目指して歩く。

 

 「2週間後にまた来る。」

 アルトさんが後を振り返ってリザル族に告げると、俺達は村へと歩き出す。

 森を抜けて、獣の姿1匹も見当たらない荒地を歩いて行くと、夕方には村に着く事ができた。


 「帰ってきたな。その様子だと無事に人質を救出出来た様だな。」

 西の砦を守っていたレックスさんが俺達に気付いて言葉を掛けてきた。

 「えぇ、何とかなりました。カナトールの砦は焼け落ちてます。ついでに砦の近くにいた獣達を根こそぎにして来ましたから、獣の心配も無いでしょう。」

 「それは助かる。少しはベッドに入る事が出来そうだ。」

 「夕食後にギルドに来てくれませんか。顛末をお話ししますから。」

 俺と話をしていたレックスさんに姉貴が言った。


 軽く頷いたレックスさんと分かれて、吊り橋を渡って宿屋に入る。

 夕食を宿に頼み込んで食事を取ると、ギルドへと向う。


 ギルドに入ると早速アルトさんが依頼の完了をカウンターのお姉さんに報告した。

 「とりあえず完了じゃ。それと、王都のギルドに急ぎ連絡する事がある。頼めまいか?」

 お姉さんとアルトさんが奥の事務所に入っていく。


 ホールを見渡すとガルディさんがいる。彼の座るテーブルに行って、近くのイスを持って来て座った。

 「だいぶ、早いな。顔色から失敗ではないと思うが、聞かせて貰えないか?」

 「もうすぐ、レックスさんが来るはずです彼が揃ったところで始めましょう。」

 ガルディさんにそう言って、しばらくはネウサナトラム村の暮らしぶり等を話しながら時間を潰す。


 「父様と兄から一任されたぞ。長老の返事次第でリザル族はモスレムの国民じゃ。同時に難民として、3ヶ月毎に1人銀貨1枚が2年間支給される。新たな集落を作る元手になるじゃろう。」

 アルトさんが事務所からギルド長を伴って戻ってきた。この村もギルド長が村長を兼ねているらしい。


 ギルドの扉が開いて、レックスさんが入って来た。

 早速、ガルディさんが手招きしてテーブルに呼び寄せる。

 「待っていたぞ。…さぁ、これで全員だ。顛末を聞こう。」

 ガルディさんがレックスさんを席に座らせると、姉貴に言った。


 「では、リザル族から依頼された、盗賊から人質を救出する依頼の顛末をお話しします…。」

 姉貴は、そう前置きすると、砦への夜襲と人質救出の話を始めた。そのついでに南西に集められた獣を一網打尽に始末した事も話した。


 「その後は、我が話そう。リザル族長とリザル族の今後について少し話をした。王宮の許可を得て、リザル族を我が国民とする。但し、リザル族は狩猟民族じゃが戦を好まん。それ故、リザル族をこの村の東の森に移そうと思う。この村よりも北の森を新たな狩場として提供するつもりじゃ。ギルド長には先ほど了解を得ている。さらに、この村の西方の国境を彼らに監視して貰うつもりじゃ。これも、ギルド長は快諾してくれた。よって、定期的にリザル族の戦士がこの村を通る事になる。異形ではあるが、同じ国民じゃ。仲良くしてくれるとありがたい。」

 そう言うと、アルトさんは立ち上がって皆に頭を下げた。


「リザル族の勇敢さは聞き及んでおります。彼らが国境を監視してくれるのであれば、西の荒地の開拓は捗るでしょう。リザル族が村を通る位何でもありません。彼らの狩猟の獲物もこの村の生活の助けになります。」

 ガルディさんがアルトさんに答えた。レックスさんも頷いている。


 「それにしても、侵攻軍を撃退したのはたいしたものだ。やはり、あの爆裂球を遠くに飛ばす道具を使ったのか?」

 「まぁ、そんな感じです。相手より遥かに遠くへ投げられますからね。こちらは無傷です。」

 レックスさんにそう答える。

 「ちょっと待て、そんな話は聞いてないぞ。どんな道具なんだ?」

 「これですよ。革紐で作ってあります。レックスさんが見てましたから、レックスさん達は作れるんじゃないですか?」

 ガルディさんにそう答えて、話を無理やりレックスさんに振る。

 「確かに、簡単な作りだ。早速作ってみるか。」

 レックスさんがそう言って納得しているので、ガルディさんがヒソヒソとレックスさんと話を始める。おおよそ、俺にも作ってくれって頼んでるに違いない。

 

 「話は以上じゃ。1、2週間後には、この村をリザル族が通る。無用な軋轢を生じぬように早朝を選ぶがその時は連絡する。」


 そして、この夜の顛末報告は終了した。

 あくる日、雑貨屋で食料等を買い込みリザル族の集落を目指す。

 族長と条件の再確認を行なうと食料を土産に引き渡した。


 「ところで、新しく集落を作るに欲しい物があれば、言ってくれ。この間の伝承は俺達の知る断片的な話を上手く繋ぐことができた。俺からの個人的な礼として用意したいと思う。」

 「それでしたら、斧を頂けませんか。我等の斧は石器で家を作るための木材の伐採に難儀をいたします。」

 俺の申し出に長老はそう応えた。

 

 リザル族の引越しは1週間後になった。それなりに準備が必要らしい。彼らは壊滅した砦からいろんな物を運んできた。戦士達は石の槍を鉄の槍に変えて片手剣を腰に差している。鎧や陣笠も持ってきたようだが、利用価値が無いので村に引き渡すと言っている。鉄や青銅製だから、鍛冶屋に頼んで鍬に造り直して貰えるようにレックスさんに頼んでおこう。


 そして、1週間後の早朝。リザル族が西の砦の門の前に集合した。

 列を作って村に入り通りを東に向う。

 俺達はギルドの前で彼らを待っていた。今日、俺達もネウサナトラムに帰還するのだ。

 夏真っ最中だが、俺達の旅行は終ったのだ。

 

 ギルドの脇に鎧と陣笠がたちまち山になる。

 「これは後で鍬に打ち直して届ける。畑の開墾に少しは役に立つ。」

 ギルド長は、そうリザル族長に約束した。

 俺も、10本の斧をリザルの族長に渡した。族長はありがたく受取ると、東門を出て北の森へと向かった。

 

 「では、色々ありましたがお元気で。」

 ガルディさんとレックスさんに頭を下げると俺達もリザル族の後を追うように東門を出て帰路についた。

 

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