1話 へえ、アンタが次の先生?
「……は? 家庭教師のアルバイト?」
「そうだ。引き受けてくれないか八雲」
「ええ~……」
俺の名前は北条八雲。
西道院大学のスポーツ科学部に通う1年生……
いや、もうすぐ2年生か。
「いやいや、無理だって。誰かに教えられるほど頭良くねえぞ、俺」
「八雲なら大丈夫さ。なんせ、僕の兄貴の息子なんだから」
「それは理由になってないってナオちゃん」
2月某日、無事に1年次の必修単位を取り終えて悠々自適な春休みに突入していた俺は、ナオちゃん……叔父である北条直重から厄介な依頼を打診されていた。
それは、直重叔父さんの知り合いの家庭教師をしてほしいということだった。
「どうせ大学生特有の無駄に長い春休みで暇してるんだろ?」
「まあ暇っちゃ暇だが、俺はその暇な時間を自分なりに楽しんでいてだな……」
「格安で一人暮らしが出来ているのは誰のおかげか分かっているのかい?」
「ぐっ……それはズルいぜナオちゃんよ」
俺は現在、通っている大学の近くにある学生アパートで一人暮らしをしている。
直重叔父さんはこのアパートの大家をしていて、俺は身内ということでかなり安い値段で暮らすことが出来ていた。
「バイト代も弾むし、ちょっとした小遣い稼ぎだと思って引き受けてくれよ」
「でもなあ……」
俺の父親とはだいぶ年が離れている弟の直重叔父さんは、一人っ子の俺にとっては叔父さんというより兄貴に近い存在だった。
だからこそ、こういう時は逆に断りにくいのだが。
「生徒との相性もあるだろうし、最初の内はお試し感覚で行ってもらえればいいからさ。頼むよ八雲」
「はあ……向こうさんの年齢は?」
「14才の中学2年生だ。4月になったら3年に進級……つまり受験生だな」
中学生か……まあ、それくらいなら俺でもなんとか教えられるか?
これが難関大学目指してる高校生とかだったら普通に断れたんだがな……
「絶妙に断れなさそうなラインなんだよな……さすがナオちゃんだ」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「受け取らなくていい。全然褒めてないから」
「あっはっは」
直重叔父さんは不動産業を営んでいるだけあって、こういう交渉には長けているようだ。
いやまあ、俺とのやり取りなんて交渉の内にも入らないだろうけど。
「……分かった、引き受ける」
「サンキュー八雲! そう言ってくれると思ってたぜ!」
「でも春休みの間だけだからな。それに、向こうの親から拒否ってくる場合だってあるだろうし」
「大丈夫大丈夫。八雲ならきっと大歓迎さ」
「根拠のなさ過ぎる自信だなあ……」
こうして俺は、大学生の貴重な春休みの一部を家庭教師バイトに費やすことになってしまったのであった。
―― ――
「ここか……」
直重叔父さんに家庭教師をお願いされた数日後。
俺は最寄りから数駅離れた駅前の高層マンションを訪れていた。
「俺の生徒さん、いいとこ住んでやがんな」
まあ、家庭教師なんて雇うわけだしそれなりに金持ってるんだろうな。
俺は家庭教師どころか塾も行ってなかったから相場は分からんが。
ピンポーン……ガチャッ。
『は~い』
「あー、えっと……北条直重からの紹介で家庭教師を受けることになった北条八雲です」
『あ~はいはい! 今開けますね~!』
ロビーにあるインターホンに部屋番号を打ち込んで連絡し、エレベーターを開けてもらう。
そのまま乗り込んで部屋がある階まで向かうと、訪問先の部屋の前に1人の女性が立っていた。
おそらく、先ほどロビーのインターホンを受けてくれた人だろう。
「あ、どうも……家庭教師を」
「待ってました! さあ上がって上がって~! あ、ワタシ千葉メリッサね。よろしく~!」
「ほ、北条八雲です……」
挨拶もそこそこに、すごい勢いで家の中に通される俺。
この勢いすごくてどこか強引な感じ、直重叔父さんにちょっと似ているかもしれない。
類は友を呼ぶってやつだろうか。
「八雲くん背高いね~! 何センチあるの?」
「192cmっすね」
「あらあらあら、いい感じ!」
何がいい感じなんだろう。
スポーツを教えるならともかく、身長が高いのは家庭教師に何もメリットなさそうなんだが……
「ガタイも良いし、八雲くんならウチの“悪ガキ共”にもしばらく耐えられそうね!」
「そ、そうですね……ん?」
わ、悪ガキ共……?
ガチャッ。
「……へえ、アンタが次の先生?」
「へへっ、尻尾巻いて逃げるなら今のうちだぜ!」
「あー……そういう感じか」
ナオちゃん、俺をハメやがったな……?




