スイートルームのお客様 <悠稀>
仕事を終えてやってきた先は、緑に囲まれた素敵なオーベルジュ。
つい、先日までハードなスケジュールで仕事に追われていた望宮 悠稀は、仕事着のままココに来ていた。腰まである赤茶の髪も一つにまとめている。
中世的な顔立ちに赤茶色の、ややつりあがった瞳。
ぱっと見、優しげな青年にも見えるが、こう見えても歴とした女性である。
「ようこそ、オーベルジュへ。ゆっくり楽しんでいってくださいね。えっと……部屋は……今、一人部屋が埋まってしまって、スイートしかないんです。料金は一人部屋と同じにしますので、そちらでお願いできませんか? 部屋はアリスの3号室となります」
迎えるのは、この店のオーナー、翔。
個室を希望していたが、それがスイートルームになるのなら、反論はない。
むしろ嬉しいハプニングと言えよう。
「ええ勿論、構いませんよ」
異論はない。嬉しそうに微笑みながら悠稀は、翔の後をついていく。
案内された部屋は、とても素敵な部屋であった。
不思議の国のアリスをモチーフに、赤と黒を基調にした部屋で凄くお洒落だ。
またスイートルームらしく、部屋も豪華。
リビングルームにベッドルーム、そして大きなバスルームも。
リビングには大きなソファーセットと大型のテレビが置かれ。そのテレビにはDVDプレイヤーとゲーム機が繋がっていた。
ベッドルームには、3人でも寝られそうな大きなベッド。天蓋まで付いている。側には大きいクローゼットも備え付けられて、好きなように使って良いらしい。
バスルームは外の風景を眺めながら入れる、洋風のお風呂。小さいがサウナまでついている。それにトイレはバスルームと別になっているらしい。
部屋はもちろんのこと、その窓から見る眺めも素晴らしい。
非の打ち所がない部屋に悠稀は思わず。
「素晴らしいわ……」
感動しつつ、呟いていた。
そんな悠稀に翔は、一つ提案する。
「今夜は近所の湖で花火大会があるそうですよ。よかったら、いかがですか?」
「花火大会、ですか……?」
窓の外の景色を眺めながら、悠稀は悩む。
そして、出した結論は。
「そうですね、行ってみようと思います」
それならと、翔は続ける。
「お相手がまだなら、俺がなってもかまいませんよ」
悠稀は少し驚いた様子であったが、すぐに。
「あははっ、有難うございます。ん~、お願いしようかな?」
と、笑って承諾。どうやら冗談だと取られてしまったようだ。
それに気づいたのか気づかなかったのか。
翔は、にっこり微笑んで。
「では、花火大会が始まる1時間前に下の談話室で待ち合わせしましょう。出店も出ていますから、そこも回りましょう」
いかがです? なんて、ウインクしながら告げた。
「はい、分かりました。良いですね、回りましょう。」
悠稀は相変わらず、微笑みながら、またも承諾。
既に、悠稀の頭は着ていく服でいっぱいなようだ。それにとても楽しみにしている様子が手に取るようにわかった。
「それでは、また談話室で。それまでに仕事も片付けておきますね」
また、にこりと微笑んで、翔は部屋を後にした。
ふと、悠稀が部屋の時計に目をやると、待ち合わせの時間まで3時間あることが分かった。
「3時間……結構時間あるね。どうしよっかなぁ~。んー、外にでも出てみるかな。景色良いし」
悠稀はそう決めると、着替えずにそのまま外へと向かったのであった。
「わぁ~、やっぱ景色良いわぁ。最高だね、ここ。」
綺麗な景色に悠稀は、素直に感動。
その声を聞いたのか、側から声が掛けられる。
「そういってもらえると、地元人としては、嬉しいね」
声をかけてきたのは、長距離競技用の自転車に乗った、スポーツマンタイプの青年だった。ただ、顔はサングラスをつけているため、よくわからない。わかるのは、その素敵な声のみ。
見える口元は、とても喜んでいるように微笑んでいた。
「あ、聞こえてましたか? こんにちは。地元の方なんですか? ここは良い所ですねぇ」
「ええ、住み心地もいい場所ですよ。よかったらゆっくりしていってくださいね」
彼はそう言い残し、自転車に跨って、また走り出していった。
「はい。有難うございます」
悠稀はそんな彼を、そっと見送るのであった。