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第六話 「銘を刻む」

 戦争は病だ。国民一人一人にじわりじわりと広がる病に似ている。眼下の軍隊は南が六千、北が万を超えているかどうかといった様子だ。南はランドという国だったか、北は私がモードと逸れたあの地を支配していたラチューンの軍隊なのだろう。ランドの軍隊は美しい甲冑、見事に規律のとれたと正しく正規軍といった体だが、ラチューンのそれはまるで傭兵団の集まりのようであった。剣と弓と槍を主軸においたランド兵と異なり、ラチューン兵は規律に従わず、各々が戦い易い形で臨機応変に対応しているようだ。


 そこまでを見納めて、私は何をすべきかと自らの行動に疑念を抱いた。あの時の、古き戦争の記憶が蘇る。ただただ苦しい経験だった。常に殺される恐怖に脅かされる一方、自分はなんとしてでも相手を殺そうと画策する相反に、徐々に己を見失う静かな悍ましさは二度と体験したくないものだ。利害を考えても、私はドラゴンとして、この戦争に関わるべきではない。関わってしまえば、あの未知の魔術らしき何かにやられてしまうかもしれないし、どちらにしろ人間との関係悪化に繋がるだろう。どちらか一方の味方となり、懐柔する方法もないわけではないが、一度起きた戦争に良い悪いも無く、どちらにつくべきかなど今現在の情報では判断しかねるというのが実情だ。


 そもそも私が人間に味方するというのが根本的に誤っているのだ。確かに人間であった時間は長く、情が存在しないなどと言えば嘘になる。しかし、私が人間の味方をして得るものは何もない。仮にも相手は我々ドラゴンを滅ぼした存在なのだ。むしろ私がドラゴンとして昇華するには人間と敵対すべきなのかもしれない。とはいえ、第三の生を考えればそれは有り得ないか。


 しかし、私は何故かこの戦争を見て、どうしようもなく苛立ちが募った。私は聖人君子ではなく、呆れるほど利己的な生き物だと自覚しているが、それとは全く関係のない所で戦争を止めたいと、そう考え始めたのだ。最初の原動はある意味モードへの贖罪であったかもしれない。ともすればモードが死んだことを理解したくないがためのやぶれかぶれか。存外あの村で人間から拒絶されたことによるものという線もあるのだろうな…。





 「双方武器を収めよ!」


 モード曰くアノマラドの地に咆哮が放たれ、静寂が支配した。組み合う兵士達は皆一様に天を見上げ、有り得ない存在に眼を開き、目の前の敵を打ち倒す事も忘れ、私の姿が何万という瞳に照らされた。


 「我が名はマンナ。愚かにも自ら命を散らす人間よ!戦いを止めこの地を去れ!」


 ああ、空論の枠組みを出ない話だが、人間の命を汲み取ることで私の次なる転生に何かしら良い影響が出るというのも無くは無いのだ。そうだ、この行為は無駄ではない。決して精神が消耗し、感情的な行動に出ているわけではない。それにだ。短絡的に死んだと判断したが、モードの生死は以前不明、何が彼を束縛しているかはわからないが、戦争をやめることもそのキッカケたりえるかもしれない。


 「これはラチューンの幻影に違いない!怯むな!進軍せよ!」

 「ランド魔術教会の妙手か。敵もやりよる。だが幻術ではこちらが上手、看破してやろう!」


 煌かしい銀の甲冑に身を包んだ南軍の女騎士と北軍中央で士気を取るたっぷりひげを蓄えた男がそれぞれ叫ぶ。面白い。彼らはどちらも私を幻影だと錯覚…いや、そう思い込みたいようだ。ドラゴンが滅びてからどれほどの時間が経ったかは定かではないが、もしかすればこの中にドラゴンを見たものはいないのかもしれない。


 「二度は言わぬ!争いを止めよ!」

 「幻影は無視せよ!目の前の敵をなぎ倒せ!ここが皇国存続の分水嶺だ!」

 「ランドの聖騎士団なぞ幻影で虚勢を張るのが精一杯よ!お高く止まった連中を叩き潰せ!」


 再び号令が伝わり、戦が再開されようとした。まさか私を無視して戦争を続けるとは思わなかったが、それほどまでに彼らも切羽詰まっているのだろう。ならば致し方なしと私は翼を翻し、両者の間を塞ぐように満身込めて大空から舞い降りた。


 「馬鹿な!我らが四祖の封印せしめしドラゴンが何故存在している!?」

 「けっ、こりゃランドの連中の手じゃねぇな。あの姫さんに演技ができるとは思えん。」


 私の巨体に押し寄せられた波飛沫が吹き上がり、果敢に飛びかかろうとした兵士を無情に押し返す。ここに来て、漸く彼らは私が幻影でも何でも無く、本当に実在している存在なのだということに気付いたようだった。


 「聖女リベイラ!ご無事か!」

 「ランドルフ将軍、ミッゼリーニ中将抱えの大鷲部隊を動かせ!」


 南軍、どうやらランドという国の軍らしきその主将たる女は勇猛果敢。仕える男の制止を振り払い、私を睨みつけながら血気盛んな様子であった。この世界に美意識を考慮しても、中々の美女であった。聖女として奉われるのも理解できる。一種のプロパガンダかもしれないが、彼女の猛犬のような様子を見るにむしろ自分から志願しそうだ。


 「レミグラント様、こいつはどうしましょうか。」

 「おお、フロッセン。お前の考えている通りだ。うちの半分は傭兵だからな。統率がこうも乱れちゃ終わりよ。レボリノ山岳団くらいしか使えんだろう。」

 「でしたら…。」

 「ああ、撤退だ!全軍撤退しろ!」


 対して北軍ラチューン兵は飄々とした様子だった。食えない男というのが第一印象の男は、瞬時に自軍の動揺を理解し、と同時にランド軍を見やるに現状を正確に把握できたようだ。ランドの女騎士に比べて明らかに将たる才を持ってはいるが、あれはどうにも人に好かれないタイプかもしれない。それにしても、介入するまではうじうじと悩んでいたが、いざ人間の前に立ち塞がってみればなんとも言えない高揚感がある。若しくは全能感といったほうが正しいだろう。モードが私の背から眺めた光景はこれかもしれない。


 「待て!此処に来て逃げる気かキャンバス!」

 「うるせー!命あっての物種だ!又会おうぜ姫さん!」

 「姫様!危のう御座います!どうかお隠れに!」

 「ロンド、貴様!私が何を覚悟してここに立っていると思っている!」


 ラチューンの将レミグラントは颯爽と軍馬に跨ると、ランドの女騎士に目配せをしつつ脱兎のごとく逃げ去った。遅れた傭兵達は主将の不在に焦燥しながらも、レミグラントに進言していた小太りな男の音頭によってなんとか撤退を始めだす。しかしながら依然としてランドの女騎士は好戦的であった。それでも配下に慕われている辺り、人柄は相当に良いものなのだろう。


 「奴らは逃げ帰ったぞ。敵も居らぬ状況でその刃振りかざさんとするならば鉄槌振り下ろされる罪と知れ。」

 「わけのわからんことを…まさか貴様がバライノの魔獣か!」

 「魔獣だと?なんだそれは。」

 「しらばっくれるな!ドラゴンは既に四祖によって絶滅したのだ!貴様がバライノの実験体でなければ何とする!」

 「姫様、今や我が軍に四祖の血統は…。ドラゴンと戦うのは時期尚早!どうか撤退を!」


 魔獣、四祖、とはなんだろうか。思い返せばモードの話にそのような語句がちらりと顔を出したような気がしなくもないが、血統云々ということは四祖は人間なのだろう。どうやらドラゴンはその四祖がいなければ対処出来ないものであるというのが人間の認識らしい。これは私にとって有難い情報だ。今後その四祖とやらに出くわさない限りは安全が保証されているようだ。


 魔獣、それに実験体という言葉も気になる。私は卵からあのような高所で生まれたからして動物実験による産物だとは思えない。しかし何時の時代でも神に等しい行為を実現しようという者が現れるようだ。


 なんにせよ今はランド騎士団を止めることが先決だ。私は極力身体を広げ、ゆっくりと、それでいて力強くじりじりと歩む。陽光に照らされる私の鱗が鑑のように光を反射し、キラリと光る度に兵士達は一人二人と背を向け走り去っていく。


 「私は逃げるものを追わん。国を思ってのためかわからぬが、己を暴力に貶めずに歩むが良い。」

 「くっ、屈辱的だ!民が飢饉に苦しめられているというに、四祖の血統さえ奪われていなければ…撤退!」





 アノマラドの地には遂に私一人が残った。数多の傷跡あれど、流れた血は限りなく少なく、恐らく私の今回の原動で万以上もの命を救っただろう。可能性として逆に戦をなかったことにしたがために、女騎士が最後に洩らした飢餓によってそれ以上の死者が出ることも起こり得るだろう。しかしながら今救った命は間違いなく軽視して良いものではなく、だからこそ私は少なからず達成感を覚えるに至った。


 これはドラゴンだからこそ出来たことだ。同じく人間であれば、私がたとえどちらかの国の長だとしてもこのような結末を迎えることは出来なかっただろう。ドラゴンという巨大な存在であったからこそ、人間にとって余りにも大きすぎる意味を持つ称号だからこそ…。




 私は何故ドラゴンになったのだろうか。それについては転生の法則によるものであったと当初は考え続けていた。しかし、様々な文明によって学んだ人間観、様々な生物となって学んだ自然の理、そのどれもがドラゴンとして生きる礎となった。そして転生するということのみに囚われた私の前に偶然現れたモード。私に人間との関わりを再び導いたモード。彼がいなければ人間など歯牙にもかけず、今でも居もしないドラゴンを探してさまよっていただろう。


 私はなるべくして転生し、ドラゴンになり、モードと出会ったのではないだろうか。今も国家間で戦争が行われ、飢饉が起こり、そしてドラゴンを恐れる人間達、この世界を変えるために生まれてきたのではないか。まるで下らない運命説のように、私は論理性のない空想を抱きながら、アノマラドから沈みゆく太陽を眺めた。


 既に人間は無視できない。戦争とはどちらかにとって利益があるから行われるものであるかして、戦争を止めた以上私はお尋ね者ということになる。だがもう私に隠れ潜むなどという気は毛頭なかった。自己満足のためにモードを攫った罪滅ぼしと言われればその通りだろう。それでも、私はドラゴンだ。人間とは違う、人間とは違うことが出来る。私はアノマラドの大地を離れ、浮かび上がる。翼を羽ばたかせる度背中が軋み、自分がドラゴンであることを実感する。


 今こそ、自分が転生を果たす意味を見出す時だ。今までに経験した知識と、今までに経験したことのないこの肉体を持って、世の不条理に一太刀を浴びせてみよう。人間を避けるのは止めだ。むしろ人間の村々を周り、世界を見つめよう。この翼と視力があれば、それが出来るはずだ。時として暴力に人々が支配されることもあれば、この肉体で撥ね退けよう。


 誰しもが幸福な世界というお伽話を、幸福をこの手で積み上げてみせよう。私には出来る。私は、ドラゴンなのだから。

 やっとタイトル回収です。何時の間にか何件か評価を戴きまして大変嬉しく思います。この作品はもう少し続きますのでどうかしばらくお付き合いをお願いします。

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