表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CRY I  作者: やひろ
1/42

1話 幼馴染

 よく、アニメやゲームなんかで、近所に住む幼馴染に惚れられる、なんて話を目にする。だが、あんなのは全て出鱈目だ。

 人間は物心つく前から付き合いのある異性に対して、思春期以降、恋愛感情を持つことができない。これは自分の肉親にたいして恋愛感情を持たないようにするための安全装置だと言われている。これのおかげで、実の親や姉妹なんかに欲情しないで済むわけなのだが、これは当然幼馴染という関係にも適応されるわけだ。

「おい。コラ」

 実際、今、俺の前には隣の家に住む同学年の幼馴染(女)が、わざわざ起こしに来てくれちゃったりしているわけだが。もしも、俺がこいつに好かれている、なんていう事実が発覚したとしても……おぞましくて、想像する気にすらなれない。

「起きろつってんだよ! 寝たふりしてんじゃねえぞ! ツバキ!」

 いや、たぶんたとえ幼馴染じゃなかったとしても、この荒々しい言葉遣いで怒鳴り声をあげている女に俺が惚れるような事態にはならなかっただろう。

「……んだよ。ったく」

 仕方なく閉じていた目を開けて体を起こし、女とは思えない荒々しい言葉を発した人物を睨みつける。が……

「ハギリ」

「あん?」

「お前……なんで女子高生のコスプレなんてしてんだ?」

 文句の一つでも言ってやろうとしたのだが、目の前にいた幼馴染の姿を見た瞬間、そんな言葉が自然と口から出てきた。

「……」

 一瞬固まり黙り込んでしまったかと思うと、徐に持っていた鞄を持ち上げ、そのまま無言で俺の顔面に叩きつけてきやがった。

「ぶっ!?」

 激しい衝撃と共に、目の前に星が輝く。

「よう。目は覚めたか?」

「……おかげさまで」

 おそらく真っ赤に腫れ上がっているであろう鼻を撫でながら、ゆっくりと体を起こし、目の前にいる凶悪な物体にしっかりと焦点を合わせる。

 毛先まで念入りに整えてある、艶やでウェーブのかかった茶髪を肩まで伸ばし、顔にはメイクまでしている。まるで、エリート女子社員のような出で立ち。身長も175センチと、女子にしてはかなりの長身の上に、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、というモデルのような体型。

 その上、体が入学当初考えていた予想以上に成長してしまったらしく、明らかにワンランクサイズの小さな征服のブレザーを身につけているのだ。あまりの眠気でおかしくなっていた頭では、社会人が無理して女子高生のコスプレをしているようにしか見えなかったのも無理はないのではないかと思う。

 幼馴染である天美葉霧あまみはぎりは、相変わらずのそんな容姿で、俺の前に仁王立ちしていた。

「それで?」

「あ?」

「何の用だって聞いてんだよ。こんな早朝から」

 欠伸を噛み殺しながら訊ねる。

 時刻を確認すると、時計の針はまだ8時半を指している。それは、ここ最近の俺が起きて活動するまで、最低でも後5時間は睡眠を取る必要がある時間帯だった。

「お前はあたしのこの格好見ても、何の疑問も持たねえのか?」

 言われて、再度その服装に視線を送る。

 何度見ても、その豊満に育った胸や尻を強調するような服装だ。

「……どこの店で働くことになったんだ?」

「ぶっ殺すぞ! てめえは!」

 本気でキレてしまった。意外とこの手の話題で他の誰かにも突っ込まれているのかもしれない。

「冗談だよ」

 これ以上からかうと、本気でブッ飛ばされそうだったので、この辺で止めておくことにするか。

「今日からまた学校始まるってとこだろ」

 で、わざわざ熟睡しようとしていた俺を起こしに来てくれたわけだ。ありがた過ぎて涙が出てくる話だ。

 日付の確認はしていなかったが、葉霧が制服を着ているということは、そういうことなんだろう。楽しい楽しい夏休みは、いつの間にか終わっていたということだ。

「つっても、どうせ今日は始業式だろ? 俺は行かねえから、行きたいなら葉霧一人で行って来いよ」

 俺は校長とかいう役職のおっさんの長話を聞くためだけに学校に出向いてやるほど、奇特な人間ではないのだ。

「やっぱり……つうか、なんつうか……」

 そういった俺の性格は知っているはずなのに、なぜか呆れたような顔を向けてくる葉霧。

「なんだよ」

「言っておくけどな。夏休みが終わったのは一昨日。始業式は昨日。で、通常授業が始まるのは今日からだからな」

「ん? ああ。そうなの?」

 言われて、辺りを見渡してみる。が、残念ながら、俺の部屋には日付を確認できるような物は置いてなかった。ま、日付が分かったところで、大して変わらないか。

「どうせ最初の授業なんて、自己紹介とか雑談とかで終わんだろ。ならいいよ。俺、行く必要ねえじゃん」

「んなもんは、4月の段階で既に終わってんだよ! おのれは、いつまで新入生気分を味わうつもりなんだよ!」

「……とりあえず、今日までは」

「結局、まだ寝てえだけだろうが!」

 まあ、要約するとその通りだ。口には出さず、心の中で同意しておく。

 断っておくが、この俺、希崎椿きざき つばきという人間は、別に何の理由もなく、ただダルいからといって学校を休むような不真面目な学生ではない。ただ、今日に限っては、確固とした理由があった。

 その理由というのは……猛烈に眠いのだ。

 これだけ聞くと結局はただのサボりじゃないかと思われてしまうかもしれないが、事情はちょっと違う。今、俺が感じている眠気は、ただ夜更かしして睡眠時間が足りていないとか、そういった次元じゃない。

 詳しく説明させてもらうと、俺が最後にこの家に帰宅したのは8時のこと。これは昨日の午後8時という意味ではない。当然、昨日の午前8時というわけでもない。今日の午前8時……つまり、今からほんの30分前の出来事だったりする。で、帰ってきてすぐにベッドに横になったわけではなく、風呂に入ったり、着替えたりなんかしているうちに30分ほど時間が経過し、いざベッドに倒れ込んだ瞬間、葉霧が乱入してきたのだ。

 睡眠時間が足りていないどころの騒ぎじゃない。睡眠時間を取っていないのだ。眠くて当然だ。

 葉霧のわざわざ学校に行くために起こしに来てくれたという一般的には善意にしか見えない行動も、俺からすれば、眠るのを妨げようとしている嫌がらせにしか思えない。これではあしらい方も適当になるというものだ。

「あのなぁ。葉霧。よく聞いておけよ? 人間の頭ってのは、睡眠時間をある程度とってないと回転してくれないの。で、勉強ってのは、その頭を最も使う作業で、学校ってのは勉強をするところ。つまり、こんな状態で行ったとしても、その本文をまっとうできないってわけだ」

 普通、学校で勉強している時間は、俺達くらいの年齢なら大体6時間から8時間。で、俺の頭が完全に覚醒するのに必要な睡眠時間は、約8時間。……行ったところで、無意味にしか思えない計算結果しか出ない。まあ、出席日数くらいなら稼げるだろうけど。

「椿の分際で、何小難しいこと言ってんだよ。ほら。とっとと起きて学校行くぞ」

 ほとんど眠りかけている脳を無理矢理働かせてまでしてやった俺のありがたいお説教だというのに、一方的な意見によりあっさりと無視されてしまった。

 人の話を全く聞こうとしない一方的な物言い。さすがに少しムカっと来た。

「……そんなんだから、また振られんだよ」

「うっ、ぐっ!?」

 その一言に想像以上にショックを受けている葉霧。適当に言ってみたのだが、どうやらピンポイントで図星をついてしまったらしい。

 こいつは、別に普段から俺を起こしにくるわけじゃない。実際、夏休みの間は一度も起こしに来たことなんてなかったし、顔を会わせた回数も一週間に一度がいいところだ。そして、夏休みに入る前、普通に学校に通っていた時も、よほどのことがない限り、直接寝室まで侵入してくることなんてなかった。

 そんな葉霧が、今日、俺の前にわざわざ現れたということで、何かよほどのことがあったのだろうとは予想していたのだが……正直、葉霧が誰と付き合って、振られようと俺からすればどうでも良い話だった。

「んだよ。また振られたのかよ。つか、当然だよ。最初は外見や騙されて付き合うかもしれないけどな、お前、色々とまともじゃねえもん」

 少なくとも、俺ならこんな女を彼女にするのはお断りだ。

「うぐっ!」

 俺としては正直な感想を口にしただけだったのだが、それはどうやらまたしても葉霧の傷口を抉るような言葉だったらしい。どうやら、その振られた男にも似たようなことを言われたようだ。

「う……う……うぐ……う、う、う」

 てっきり怒鳴りつけてくると思っていたのだが、葉霧は言い返してきたりはせず、ただ唇をかみしめ、その目に涙を溜め始めた。

 流石に言いすぎたか。

「あ~。えっと……おい。葉霧」

「うわああああ! なんでだよ~……。散々、抱いてやったってのに、アタシの何が不満だったんだよ~……」

 俺が慰めの言葉を口にするよりも早く、せきを切ったかのように泣き出してしまった。

 それにしても、抱いてやった、とか。完全に男が言う台詞だ。……そういうとこが不満だったんじゃねえの。とか、思いはしたが、言わずにいておくことにした。

 どうでも良いことなのだが、この女は男らしい口調に会わせるように、好みのタイプも気弱で背も低い年下の男子だったりする。なんでも、まだ何色にも染められていない無垢な少年を、自分色に染めるのが良いんだそうだ。真性の変態なのだ。性別が違っていたら、まず間違いなく捕まっていたことだろう。

 にしても、抱いたとか、そういう生々しい話を俺にするのは止めてほしい。犯罪のにおいがするし。それに、なんと言うか、実の妹に性生活の相談を受けているような複雑な気分になってしまう。まあ、妹なんていないんだけど。

「ああ、もう。分かった、分かった。言いたいことがあるなら、とりあえず学校に行って、帰って来てからにしろ」

「……ぐす。……ツバキは、一緒に行ってくれないのか?」

「無理。俺今、実はハギリが男だった、とかカミングアウトされても、素直に信じまえるくらいすげー眠いから」

 嘘だけど。流石にこんな外見の男がいたら、俺はこの世の女という生き物が全て信じられなくなってしまうだろう。

「それに、男に振られたってんなら、わざわざ俺のとこなんて来ないで、学校で友達に愚痴でも聞かせりゃいいだろうが」

 異性に振られた時は、男は男に。女は女に愚痴を聞いてもらうのが一番良い。いくら仲の良い幼馴染と言っても、異性に突っ込んだ恋愛話をするのは、間違ってると思うわけだ。

「だって……学校行ったとこで、ツバキがいなきゃ、話を聞いてくれる奴なんていないし……」

「……」

 とてつもなく寂しいことをカミングアウトされてしまった。

 教室内で誰にも相手にされず、一人で机に座っている葉霧の姿。しかも、そんな光景がリアルに想像できてしまうほど、実際にこいつが女友達と喋っている姿というものを見たことがないことに気付いてしまった。

「……ちょっと待ってろ。支度するから」

 すぐに立ち上がって、1ヶ月以上着ていなかった制服をタンスの中から引っ張りだし、袖を通した。


主人公最強系の冒険ファンタジー(予定)です。

とりあえず、とっとと異世界に飛ばそうと思っていたのですが、重要人物を作ったり、その性格なんかを書いてたりしたら、なんか見せ場までにずいぶんかかりそうな事態に陥ってしまいました……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ