2話 親友
「大体なぁ。なんでちょっと年下の子と付き合ったくらいで問題にされなきゃなんねえんだよ! いいじゃねえかよ! 別に女が年上のカップルがいてもよお!」
「……あと十年ほど年を取ってからなら、その年齢差でも問題にならねえんだけどな」
「それじゃあ、おせぇだろうが!」
「……お前のは早すぎるどころか、フライングなんだよ」
俺はいつの間にか社会に対する不満のようなものを口にする葉霧に、淡々と突っ込みを入れ続けていた。
あまり真面目に聞いていなかったのだが、話の流れから察するに、どうやら今回付き合っていた男(の子)と別れることになったのは、周りが色々と口出ししてきたことが原因らしい。……何歳年下に手を出していたのかは、聞く気になれなかったけど。
そんな感じの愚痴を聞きながら葉霧に手を引かれ、俺達以外誰もいなくなった通学路を学校に向かって歩き続けていた。
俺と葉霧はお互い、口汚く罵ったりはするが、仲それほど悪くない。っというか、こうして愚痴を言い合ったり、一緒に登校したりすることに全く抵抗がないくらいに仲が良い。流石に、今のように手を繋いでいる状態には抵抗はあるのだが、それはあくまで平常時の場合。眠さが極限に達している今の状況では、そんなもの微塵も気にならない。
実の兄妹のように半ば強制的に一緒にいさせられてるわけではないし、どちらかがどちらかに特別な感情を抱いているわけじゃない。幼い頃、変に相手を慕って付きまとったり、付きまとわれたりした経験もない。適度に付かず離れず、一定の距離を保ったままの状態でここまで成長した。こうして世にも珍しい、男女間での友情というものが築きあげられていられるのは、そのおかげだろう。……もっとも、周りにはそう見えていないみたいだけど。
「――あ。エージだ」
あまりにも周りが鬱陶しいので、今度誰かと付き合う時は駆け落ちでもしてやろうか、などと危険な言葉を発したことに対して、それは誘拐に思われるから絶対に止めろ、と突っ込もうとしたところで、急に葉霧がそう呟いて足を止めた。
「ん?」
つられるようにして、葉霧の見ている方に視線をうつした。視線の先、大体100メートルほど先の道端。そこには、落ち着き無くそわそわと腕時計で時間を確認している一人の男子学生の姿があった。
「ほんとだ。エージだ」
俺はまたしても葉霧につられるように、その見覚えのある挙動不審な男の名前を口にしていた。
「……何やってんだよ。あいつは」
もし誰かに見つかったら、通報されるんじゃないかと思えるくらい、その場を行ったりきたりと忙しなく動き続けているその男子学生。
ちなみに今の時刻は8時50分。余裕で学校には遅刻している時間だ。よほどのことがない限り、まともな学生ならとっくに登校している時間帯だ。
「誰かと待ち合わせでもしてんじゃないか。でなきゃ、こんな時間にこんな場所に留まってたりなんかしないだろ」
「そういや、あいつ。昨日も同じ場所にいやがったな。……でも、結局あたしが声をかけたら付いてきやがったし。待ち合わせだとしても一体、誰を待ってんだ?」
「……」
なるほど。そういうことか。
昨日の光景を思い出すように首を傾げている葉霧を見て、なんとなく予想がついた。
葉霧は、黙ってれば顔は良いし、体付きはモデル並み。口の悪さも個性だと思えばそこまで気にならないらしい。そんなわけだから、当然結構モテる。
恋人として一緒に学生生活を謳歌したい、とか。人目を憚らずいちゃいちゃしたい、とか。その体を好き放題してやりたい、とか思う男子は、そりゃ大勢いるわけだ。そんな葉霧に熱い視線を送る男連中の中でただ一人、できることなら生涯を共に歩きたい、といった行きすぎたことまで考える男もいたりする。
で、一番最後の考えを持っているちょっと危険な人物が、俺達の目にしているあいつのことだったりする。
顔も良い。頭も良い。おまけに真面目で性格も良い。だが、女を見る目がまるでない。それがあの男、来栖詠二という名の、俺の数少ない友人だった。
「女でも待ってんだろ」
というか、間違いなくあいつは葉霧のことを待っているのだろう。
告白する勇気はないが、せめて一緒に登校したい、とかなんとか考えちゃっての行動ってわけだ。典型的な、今流行りの草食系男子という奴なのだ。
「ああ!? エージの分際で!? 何、あいつ色気付いちゃってんだよ!」
中々過剰な反応をする葉霧だった。たぶん、ここ最近、自分が振られたことなんかが影響しているのだろう。
その詠二が待っている相手が、自分だという可能性は完全に度外視している反応だ。ちなみに、詠二の一方的なその想いは、当の葉霧本人には微塵も伝わっていなかったりする。まあ、明らかに詠二はこいつの好みのタイプじゃないので仕方がないかもしれないけど。もう、5年ほど早かったら見込みがあったかもしれないな。
「おい! エージ! てめえ、ガキの分際で恋愛なんて、百年はえーんだよ!」
突然、走り出して詠二に掴みかかり、自分は詠二以上のガキに手を出しているという事実を完全に無視した発言をし始める葉霧。
「は、葉霧ちゃん?」
対する詠二の方はというと……当然のように驚き、戸惑っている。
「え、えっと……おはよう?」
「挨拶なんてどうでもいいんだよ!」
「う……え、え?」
まあ、いきなり愛しの人が目の前に現れた上に、その人がわけの分からない理由で掴みかかってきた、なんて状況に遭遇して冷静でいられるわけもないか。
パニック状態に陥り、視線を慌しく泳がせている。――と、その目が葉霧の後ろにいた俺を捕らえた。
「――ツバキ!?」
「俺がいちゃ悪いみたいな驚き方だな」
「あ、いや……そんなわけじゃないけど……」
俺の姿を確認すると、その視線を少しずつ下に降ろしていき、手元で止まる。
「何で手を……手を……」
突発的に走り出したときも離さなかったため、当然俺と葉霧の手は現在も繋がったままだった。そのことが詠二にとって、今現在葉霧に掴みかかられていることを忘れるほどのショックだったらしい。
まるでこの世の終わりのような顔をして、俺達を見据えていた。
「んなこと一々気にしてんじゃねえよ! 別に下半身が繋がってるわけじゃねえだろうが!」
……葉霧さん。流石にそれは下品過ぎです。




