第4話 光蜂の谷の準備と、紫の瞳の魔法使い
第4話 光蜂の谷の準備と、紫の瞳の魔法使い
朝の緑の豆亭は、柔らかな陽光と珈琲の香りに包まれていた。
ユウはいつものように焙煎機の前に立ち、『朝霧の森』の豆を丁寧に回していた。
そこへ、リリアが軽やかな足音を立てて降りてくる。
「おはようございます、ユウさん!」
栗色の三つ編みが朝の光に輝き、前髪が少し目にかかっている。明るい緑色の瞳が嬉しそうに細められた。
白いブラウスと膝丈スカートにエプロン姿の彼女は、今日も小動物のように生き生きと動いている。
「昨日の行商人さん……ガルムさん、今日も来るのかな?」
リリアが三つ編みを指でくるくる巻きながら尋ねてくる。
ユウは微笑みながら答えた。
「来るんじゃないかな。光蜂の谷の蜂蜜、楽しみだよ」
午前中は新作の試作で賑やかだった。
昨日焼いた蜂蜜ナッツスコーンを半分に切り、クリームと新鮮なベリーを挟んだ「蜂蜜スコーンサンド」。
サクサクのスコーンに、蜂蜜のまろやかな甘さとベリーの酸味が絡み合い、口の中でふんわりと溶ける。
常連のガルドさんが一口食べて、大きな体を揺らしながら言った。
「これは……たまらん! 甘さと酸味のバランスが最高だぞ、ユウ」
ミラばあさんも目を細めて頷き、リリアは子供たちに小さくカットしたサンドを配りながら笑顔を咲かせていた。
午後になると、ガルムが再び店にやってきた。
背が高く肩幅の広い、浅黒い肌に短い髭を蓄えた頼れる男。腰の短剣が自然に馴染んでいる。
「こんにちは。昨日はありがとう。
実は、昨日話した光蜂の谷の件だが……」
ガルムは珈琲を受け取りながら、穏やかに続けた。
「私は王都から来た行商人で、名はガルムという。
青の塔の外部協力者として、各地の珍しい食材や魔法素材を探しているんだ。
この村の珈琲と蜂蜜の評判を聞いて、わざわざ足を伸ばした。
……気に入ったので、光蜂の谷の蜂蜜採りを兼ねて、この村に1週間ほど滞在させてもらいたい。
どうだろう?」
ユウは少し驚きながらも、ゆっくり頷いた。
「王都から……なるほど。
村に滞在してくれるなら、こちらとしても嬉しいよ。
光蜂の谷の件も、よろしくお願いします」
リリアがエプロンの端をぎゅっと握りながら、緑の瞳を輝かせた。
「ガルムさん、頼りになりそう……」
その時、店のドアが小さく開いた。
「あの……失礼します」
入ってきたのは、黒髪を肩まで伸ばし、左側だけ小さな三つ編みをした若い女性だった。
紫がかった灰色の瞳が、静かな知性を湛えている。
シンプルなローブ姿だが、杖を軽く持った手つきに、魔法使いらしい気品があった。
「セレナです。村の外れで魔法の勉強をしています。
……ガルムさんの話、さっき外で聞こえてしまって……」
彼女は少し緊張した様子で、しかしはっきりと言った。
「光蜂の谷に行くなら、私も参加したいんです。
まだ実戦経験は少ないですが、魔法で援護できます。
風の障壁や、簡単な攻撃魔法なら……まあまあ自信があります」
ガルムが興味深そうにセレナを見た。
「ほう、実力者の卵か。
それなら心強い。ユウさん、どうだろう?」
ユウはセレナの真面目な紫の瞳を見て、優しく微笑んだ。
「セレナさん、ありがとう。
護衛が二人になるなら、かなり安心だね。
リリアも大丈夫かな?」
リリアは少し警戒しつつも、すぐに笑顔になった。
「セレナさん……よろしくお願いします!
私も、蜂蜜採り頑張りますね」
その日の午後遅く、四人で簡単な打ち合わせをした。
出発は三日後。朝早く出て、夕方には帰ってくる予定だ。
ガルムは「王都のつてで、良い保存魔法の瓶を用意しよう」と言い、
セレナは「私が道中の魔物探知を担当します」と真面目に頷いた。
夕方、店が静かになった頃。
ユウは地下室に降り、古書を確認した。
銀の鍵の紋様は、昨日より少し強く青白い光を放っている。
指で触れると、温かさと一緒に「森の奥」というイメージが、また少し鮮明に浮かんだ。
ガルムが帰り際に、ユウにだけ小さく囁いた。
「その古書……もし何か気になることがあったら、遠慮なく言ってくれ。
王都で似たような話を聞いたことがある」
ユウは軽く頷き、いつもの言葉を口にした。
「ありがとう。でも、まずは光蜂の谷で美味しい蜂蜜を採ろう。
焦らず、のんびりね」
窓の外では、夕陽に染まる森の奥が、ほんのり青く光っていた。
今日も、いい珈琲と蜂蜜スコーンサンドをみんなに届けた。
王都から来た頼れる行商人と、紫の瞳の若い魔法使い。
そして、リリアとともに、光蜂の谷への小さな冒険が近づいていた。
――第4話 おわり
(つづく)




