第九話:色即是空(しきそくぜくう):価値なんて、お天気次第。
すべてが空っぽ、なんて言われても「損したくない」のが商人の性。
そこでカモメは、「価値なんて、その場の空気が決めてるだけだぜ」と身も蓋もない現実を突きつけます。
手帳を握りしめたまま、シャリホが初めて自分の「恥」を真正面から見つめる、再生の第九話です。
「ああ……何も残っていない」
シャリホは膝をつき、泥だらけの手を見つめました。
宝石は沈み、
オネーチャンもいない。
手帳だけが残っている。
「おじさん」
カモメが静かに言います。
「本当に“なくなった”のか?」
「すべて失いました!」
「その石、最初から石だったぞ」
シャリホは泥の中を見ます。
確かに石は石です。
昨日までは“成功の証”だった。
今は、ただの濡れた石。
「笑顔も」
カモメは続けます。
「照明が変われば、違う顔になる」
風が吹きました。
泥の水面が揺れ、宝石の姿が歪みます。
さっきまで“価値”だったものが、
ただの光の反射に見えました。
シャリホは、しばらく黙っていました。
それから、ふっと息を吐きます。
「……では、私は何を失ったのです?」
カモメは答えません。
ただ空を見ます。
シャリホは手帳を開きます。
(17時30分。
石は石だった。
笑顔は笑顔だった。
私は……勘違いしていただけかもしれない)
泥の重さは変わらない。
けれど、
胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなりました。
「……やれやれだぜ」
石は、石でした。
笑顔は、笑顔でした。
そこに意味を足していたのは、
泥に立っている自分だったのかもしれません。
次回、最終話。
すべてが「空くう」であると知ったとき、世界は虚無になるのではなく、むしろ鮮やかな輝きを取り戻します。その美しい夕焼けを最後に見上げるのは一体誰でしょう。




