第六話:五蘊その3【想(そう)】:思い出の中のオネーチャン
おじいちゃんカモメが蒼龍くんから受けた「おもてなし」は、見返りを求めない純粋な心の交流でした。
一方、孫のカモメの前にいるシャリホが求めているのは、金と欲望で塗り固められた「偽りの交流」です。
今回は、シャリホが泥沼の中で最も手放したくない、華やかな夜の記憶――【想】の正体に迫ります。
泥沼に沈む荷車の横で、シャリホは虚空を見つめていました。
その目に映るのは、ドブ色の景色ではありません。
きらびやかな夜の街。
甘い香水。
グラス越しに微笑むユリネちゃんとキヨカちゃん。
「ああ……今ごろ私の帰りを待っているに違いない。
この宝石を持ち帰れば、またあの言葉を聞ける……」
泥だらけの指で、彼は手帳の端に計算式を書き始めます。
(16時05分。社交時間損失。推定損害額……)
「おじさん!」
カモメの声が落ちました。
「その子たち、今ここにいるのかい?」
「いるわけがないでしょう! 彼女たちは華やかな世界の住人です!」
「じゃあ、その笑顔はどこにある?」
シャリホは一瞬、言葉を失います。
泥の上にあるのは、沈みかけた宝石と、自分の荒い息だけ。
ユリネもキヨカも、いない。
「でも……確かに、あの夜は……」
「覚えてるのは、あんただけだ」
カモメは静かに言いました。
「人の記憶ってのはさ、都合よく磨かれる。
金を払った夜は、だいたい輝いて見えるもんだ」
シャリホの胸の奥が、ほんの少しだけざわつきました。
あの笑顔は――
本当に自分に向いていたのか。
それとも、テーブルの上の宝石に向いていたのか。
……しかし。
(16時15分。鳥による愛の尊厳への冒涜。名誉毀損)
ペンは力強く走ります。
「……やれやれだぜ」
思い出は、時間が磨きます。
本当に輝いていたのか。
それとも、あとから光を足したのか。
泥の上では、どちらも確かめようがありません。
次回、第七話。
もう嫌だ!!帰りたい!!嘆くシャリホに追い打ちが!!次回、空回りする意志とコシの話です。




