第三話:商人の視点:黄金のゆりかご、泥の椅子
お山での仕事を終えたシャリホは、なぜあんなにも傲慢なのでしょうか。
それは彼が「生まれながらの特別席」に座り続けてきたからです。
今回は、彼が手放せない五つの宝物――食い意地、宝石、腰痛、オネーチャン、そしてプライドの原点に迫ります。
泥沼で震える彼の脳裏に浮かぶのは、輝かしき(?)放蕩の日々でした。
商人のシャリホが、なぜこれほどまでに「イライラの天才」になってしまったのか。
それは彼の育ちを振り返れば、火を見るより明らかでした。
大陸でも指折りの豪商の三男坊として生まれた彼は、人生で一度も「ノー」と言われたことがなかったのです。
シャリホの脳裏には、泥沼の冷たさとは無縁だった、つい数日前の光栄な日々が蘇ります。
「さあシャリホ様、こちらへ。今宵も最高級の極楽鳥の丸焼きをご用意いたしましたわ」
「お口に合いますかしら? 私たち、シャリホ様のその太っ腹なところが、だーい好きなんですもの!」
酒場に行けば、薄衣を纏った俗的で肉欲的な「オネーチャン」たちが群がり、彼の首筋には一族の財力の象徴である大粒の宝石が輝いていました。
食い意地の張った彼は、山海の珍味を浴びるように食らい、オネーチャンたちの耳元で「次の取引が決まれば、君にあの真珠を贈ろう」と甘い囁きを繰り返していたのです。
――本当は、誰か一人でもいいから、金抜きで自分の名を呼んでほしかったのですが。
彼にとって、世界は「金」と「権力」という魔法で、自分の思い通りに動く装置に過ぎませんでした。
だからこそ、今のこの泥だらけの状況が許せません。
「……信じられません。あんなに私をチヤホヤしていたオネーチャンたちも、この泥だらけの私を見たら、きっと目を逸らすに決まっています! ああ、腰が……! この腰の痛みは、きっと呪いです。慣れない仕事を押し付けた父上への、天からの抗議のサインなのです!」
シャリホは、泥で汚れた手帳に必死でペンを走らせます。
(……15時10分。腰部の激痛。これは労災だ。いや、精神的慰謝料も含めて倍旧の請求を……)
彼は気づいていませんでした。
自分が握りしめている「食い意地・宝石・腰痛・オネーチャン・プライド」という五つの宝物が、今や自分を泥沼の底へと引きずり込む「重り」になっていることに。
「……おい、おじさん」
カモメの冷ややかな声が、シャリホの甘い回想を切り裂きました。
「あんたがさっきから大事そうに思い出してるその『オネーチャン』とやらも、その『宝石』とやらも、今のこの泥沼じゃ1ミリも役に立たないぜ。むしろ、そんな重いもんを心に抱えてるから、あんたはいつまで経っても、その泥から足が抜けないんだ」
「うるさい! 鳥に何がわかるのですか! これは私のアイデンティティ、私を私たらしめる高貴な属性なのです!」
シャリホの叫びは空しく響き、カモメはただ面倒そうに羽をパサつかせました。
――まるで、昔のオレを見ているみたいで、少しだけ胸の奥がざらつく。
「やれやれだぜ。その『属性』っていうラベルを全部剥がされたら、あんたには何が残るっていうんだい?
金も肩書きもオネーチャンも使えない場所で、自分を支えられるもんが何もないなら――そいつはただの、重たい幻想だ」
シャリホが大事に抱えていた宝物は、彼を飾る装備であると同時に、彼を沈める重りでもありました。
食い意地やオネーチャンへの未練――。
私たちが日常で「損をしたくない」「特別扱いされたい」と願う心も、どこか似ているのかもしれません。
次回、第四話。
ついにカモメの本格的な「超訳説法」が始まります!!
宝石とゴキブリ。
どちらが本当に価値あるものなのか。




