第18章:オリエンテーション
・・・まだ覚えてるよ。
初めて食糧事務所に出勤したときのことを。
でも、コレはまだ「本出勤」ではなく、
お題目で書いたような「オリエンテーション出勤」だった。
当時は、のちに改名した『農林水産省宇都宮食糧事務所』ではなく・・・
『農林水産省栃木食糧事務所』という名称だった。
・・・ぼくが退職した、2000年3月31日からわずか3年後の、
2003年に組織そのものが瓦解・崩壊し、
令和のいま、もう存在しない。
ぼくが就職した1993年には、
すでに「斜陽」の組織だったんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
食糧事務所の栃木支部では、
4人採用された。
佐野支所に「長澤君」
宇都宮の本所に、粂川、針ヶ谷・・・そして、ぼく・・・
栗原茂雄、だ。
長澤君には、この日会わなかった。
彼ひとりだけ、
宇都宮から遠く離れた佐野市でオリエンテーション研修を受けていたからだ。
「オリエンテーション」といっても、
書類を渡され、
ざっと説明を受けたあと、
所内を案内され、
働いている現場の職員に紹介されてまわり、
あとは帰るだけだったけど。
4月上旬のこの日、
ぼくら3人は、
「小会議室」に案内された。
・・・狭い部屋だった。
粂川は、
実は、ぼくの農業大学校時代のクラスメートで、
4年間、ともに大学校で学んだ仲だ。
さきに述べたように彼は・・・
ぼくの「キャンパスがよい」のことを知っていた。
ぼくが自ら漏らしたからだ。
人事係長だった大森さんはこういった。
「そういえば粂川君って、栗原君と同じ学校出身だったよね。」
すると粂川は、待ってましたとばかりに、
ぼくのことをこう話した。
「・・・はい。でも、こいつとはいっしょにしないでください。こいつは、『風俗がよい』してる野郎ですから。」
きっと粂川は、
実習はへたくそだったぼくが、
学業では研究科でいちばん優秀だったことを認め、
食糧事務所での公務員生活の実務で、
ぼくに差をつけられるのを恐れた結果、
「先につぶしてしまおう」などと、姑息な手段を使ってきたんだろうね。
同席していた、
若い針ヶ谷君が、
それを聞いて、
ぼくをちらりと見た。
・・・その「流し目」のような、
軽蔑が入り混じった、なんともいえぬ冷たい視線・・・
いまでも忘れずに覚えているよ。




