15話 過去は纏わり付く物
「……て……きて!」
「う〜ん……あとゴフン……」
「朝の九時! 起きて!」
片言な人間語、足の近くを毛むくじゃらがさすって少しむず痒い。
その痒さが、眠気を吹っ飛ばしてくれる。
「はいはい、起きましたよー」
「起きて! 布団から出る!」
「おい待ってって、そんなに引っ張らなくても起きるさ」
『むぅ、なでなで反則だよぉ』
「ははは、相変わらずなんて言ってんのかサッパリだ」
まさか俺の人生に“起きたら目の前に美少女がいる”という非現実的なことが起きるとは思わなんだ。
その耳と尻尾はどうしてそんなに自由に動くんだい?
我々人間にはそんな筋肉や骨がないからわからないのだけどね。
ちぃっとばかし、反則じゃないか?
そういうのが俺にもあったらなぁ、一生モフモフして過ごせるんだけどなぁ。
眼福ここに極まれりっていうやつだ。
グフフ、グフフフ……。
スーハー……落ち着け俺。
部下に欲情は避けるべき事態だ。
「さてと、朝ご飯を食べに行くか」
「一緒に行きます……じゃなくて、行きましょう!」
「そうだ、よく勉強しているな」
『えへへ、褒めて褒めて!』
「……?」
「いえ、なんでもないです!」
相変わらず、獣人語はよくわからんな。
ブラインの完璧的書庫にも、対話の記録はあるが、教本のようなものがない。
それだけじゃ、バカな俺には到底理解できないし、ましてや解読すら不可能なのだ。
転生前で、一番苦手、嫌い、ゴミカスだと思っていたのは英語だしな。言語だけはいつまで経っても嫌いだ。
彼も挨拶ぐらいしか覚えていないらしい。
それくらい俺でもわかるのだから、彼に教えてもらうわけにもいかない。
なら、ヘスターシャに教えて貰えばいいじゃないかって?
確かにそれも悪くはない。
だがしかし、彼女は人間語がまた片言だ。
英語の教師が、一切日本語ができない人ってのは嫌だろう? それと同じだ。
もちろん、もし彼女がもっと大きくなって、それなりに喋られるようになったら、俺は全財産を払ってでも彼女に教えを乞うだろうさ、いや絶対そうダ。
一階に行ったら、シーラがジャガイモの皮を剥いていた。
厳密に言えば、ジャガイモのような見た目と食感で、この地域ではシャイムと呼ばれている果物なんだがね。
「あらシュウ! 珍しいわね朝早くから。もしかして、かっこつけたがってるのかしら? うふふ」
「え、あ、そんなんじゃありませんよ母さm」
「そんな赤い顔しても説得力ないわよー」
「……はぁ」
親が子供の心を上手く理解できないのは、昨今どの世でも同じことだ。
しかもうちの母に関しては、少し過保護なところもあるというのが面倒くさいところなのだ。
決して俺は嫌いってわけではないのだが、正直こういう話になると手に負えない。
相手するのは、はっきり時間の無駄なのだ。
「母さま、朝ご飯を食べたら、少しヘスターシャと出かけてきてもよろしいでしょうか」
「あらやだ」
「?」
「シュウ、あなたももうすぐで十二歳を迎えるのよ?二分の一成人式はとうに過ぎているのだから、あなたも一端の青年だわ。いちいち私に許可を取るものではありません」
「……!」
驚いたな、こっちでも二分の一成人式という概念があったとは。
何年ぶりだろう、懐かしい響きだ。
それと、この世界では21歳が成人として扱われるらしい。
「ご馳走様でした。それじゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「ほら行くよ」
「はいです!」
…………
今日、外に出てきた目的は、主にヘスターシャの訓練並びに自己防衛手段の獲得だ。
リシアの時もそうだったが、彼女も弱者だったからイジメられていた。
しかし、魔法という武器を得て、そのイジメも消えた。
ならば、同様のことが言える。
ヘスターシャだって、いつイジメられるのか分かったもんじゃない。
シアはその「華 麗 な」白髪が原因だったが、彼女は獣人なのだ。
正直言って一番注意すべきはイジメではなく、奴隷商人の方なのかもしれない。
お決まりだろう? 獣人の子供の中でもメスの個体を攫い、売り物にし、クズの貴族どもの慰め物にする展開。
なぜならここは、時代で言えば中世ヨーロッパ。
貴族が絶対の世の中だ。
前置きはこんぐらいにしといてと、そろそろ本題に入っていこうか。
問題は、何を教えたらよいのかということだ。
シアの時みたく、単純に魔法を教えるというのは悪くないのかもしれない。
……でもさ! 面白くないじゃないそんなの!
リシアは俺の単純魔法教師としての最高傑作なんだもん!
それはさ、ね?
ヘスターシャにも申し訳ないでしょ?
そうだよね! ね!(威圧)
だから俺は今考えているのだよ。
魔法とは言えない、何か特別な力と呼べそうなヤツを。
「じゃあ、準備はできたー?」
「できたー! じゃなかった、です!」
「それじゃあ、打ってみようか」
「はーい!」
何事もまずは体験からだ。
一度魔法を撃たせてみて、そこから何かしらの活路を見出してみよう。
我直筆の魔術教本……趣味で書いていた、魔法が載っている本を持たせておいた。
向こうで読めばできるだろう。
・・・
・・・
・・・
あれ?
「グスッ……グスッ……うぇええぇん!」
「『四式 突閃』!!」
女子の泣き声にはすぐに駆けつける。
音速の速さ以上でな。
モテる秘訣じゃぞ?
ってふざけている場合じゃない!
「何があったァァァァァァァ!?」
「これェ……グスッ」
「どれだ!? どいつが泣かせたんだ!? 出てきやがれェェェェ!!」
「読めないヨォ……グスッ……グスッ」
「……あ、本の方ね!?」
しまった教えてなかった!
当たり前だ、あの厨二b……にしか読めない難解な字を、習いたての人間が読むのは無理に等しいだろうが!
「あぁごめん! まだ教えてなかったな!」
『ごめんなさい! ごめんなさい!』
「ほら,もう大丈夫だから」
『悪い子でごめんなさい! ごめんなさい!』
「よーしよしよしよし」
『良い子にするから! だから……!』
「?」
「置いて行かないでぇ……」
「…………」
…………――――――…………
ひと通り泣き終わり、ヘスターシャはすやすやと眠ってしまった。
起こすわけにはいかなかったし、とりあえず家まで背負って帰ってきた後に、彼女の部屋へお邪魔して、寝かしつけた。
道中でも、寝言をぶつぶつ言ってはうなされていた。
よほど悪い夢でも見なければ、こんなことにはならない。
おれは、この子の昔を知らない。
ヘーゲルも詳しくは語ってくれなかったし、俺も聞いてはいなかった。
日本人特有の「人のプライバシーには踏み込んではいけません」精神が働いていたのだろう。
しかし、このまま知らないままでいいのだろうか。
彼女が過去を引きずっているというのなら、それを緩和、ひいては解消するのがご主人様としての責務というものではないのか。
明日にでも、本人に聞くなり、ヘーゲルを探しに行ったりした方がいいのかもしれない。
…………
いや、やめておこう。
「過去」というのは、良いことがあればあるほど今後の人生にいい影響を及ぼす。
しかし、それは時に、牙を剥くこともある。
何か辛かったり、悲しいことがあれば、それはその人の人生を永遠に縛り続ける。
俺が身をもって味わったことだ。
人間誰しもが、過去を持ち、それを未来に繋げている。
そして、断言しよう。
過去を振り切ることは、決して叶うことはない。
「俺は過去を見ないで、先を見据えているんだ」
とかほざいている輩など、所詮戯言なのだ。
誰も逃げられやしない。
なぜなら、ホモ・サピエンスという生物自体が……いや、すべての生物と呼ばれているものは、皆等しく過去から学ぶのだ。
それが、今に至るまで生物達を進化させてきた事実なのである。
そうだったら、人間皆悲観して生きていくしかないじゃないかって?
確かに、そう思うかもしれない。
だが、この体になってしばらくした時から、ずーっと考えてきたことがある。
それは「未来」という存在しない希望だ。
これは持論だけどね、未来ほど便利な存在はないよ。
どんなに酷い過去を持っていても、本人が未来に縋りつくのを止めなければ、その人の人生にはまた光が差す。
過去と未来は紙一重なんだ。
さっきまで未来だったものは、いつの間にか過去になっている。
だから、俺は決めた。
この子の過去は聞かない。
何があったのかを解明し、それを解決するなんて真っ平ごめんだ。
その代わり、この子の未来は、絶対に俺が明るくして見せよう。
「おやすみ」
「スー……スー……」
「誰も、君を置いていかない。だから安心して」
「……」
さてと、俺もこんな思いに浸る人間だったんだな。
我ながらびっくりだ。
風呂に入ったらもう寝よう。
なんか疲れた。
……
「ありがとう、お兄ちゃん」




