表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/19

第七話 嫉妬


 聖剣武闘祭の翌日、私はベッドの上で目を覚ました。体はまだ重いものの、昨日よりかはいくらか回復している。窓から差し込む朝の光が、やけに眩しく感じられた。


「ルーナ様、お目覚めですか?」


 部屋の隅に控えていた若い医師エリオットが、心配そうに私の顔を覗き込む。エリオットは、私の病を知る数少ない人物の一人だ。


「ええ、先生。少しだけ、楽になりました」


 私はかすれた声で答えた。エリオットは私の脈を取り、顔色を注意深く観察する。


「……そうですか。しかし、生命の灯火は、もうほとんど残っていません。次の満月は、残念ながら……」


 エリオットの言葉は、そこで途切れた。しかし私にはそれが何を意味するのか、痛いほど分かってしまう。

 次の満月。それは、あと数日後のことだ。


 ああ……ついに、来てしまうのか。


 私の心に、鉛のような重みがのしかかった。これまで、どこか他人事のように捉えていた「死」が、一気に現実味を帯びて迫ってきている。


「……そうですか」


 それ以上の言葉は出なかった。ただ、ぼんやりと天井を見つめる。


「ルーナ様、無理はなさらないでください。体を動かすのは、今のルーナ様には……」


 エリオットが、優しく諭すように言う。しかし、私は首を振った。


「いいえ、私はいつも通り仕事を行います」


 私の声は、微かに震えていた。


「ですが、ルーナ様……」

「お願いします、先生。私には、まだやり残したことがあるんです。それに……じっとしているのは、性に合わないんです」


 私はそう言うと、ゆっくりと体を起こそうとした。その動きは、ひどくぎこちないと自分でもよく分かる。エリオットはそんな私の様子を見て、深くため息をついた。


「……分かりました。ですが、決して無理はなさらないでください。私が付き添いましょう」


 エリオットは、私の頑なな意思を察し、それ以上止めることはしなかった。


 


 王城の図書室へ向かう道中、私はエリオットの腕に寄りかかりながら、ゆっくりと歩いた。外の空気は、昨日よりもひんやりと感じられる。遠くで、騎士たちの訓練の声が聞こえた。


 アシェン様……。


 彼の顔を思い浮かべる。きっと、今日も彼はいつも通り、執務に励んでいるのだろう。


 あと、どれくらい、彼に会えるのだろう。


 残された時間で、あと何度、彼に愛を告げられるだろうか。





 いつもの日常が戻ってきた。しかし、アシェンの心には、得体の知れないもやもやが残っている。ルーナが武闘祭に来なかったこと。その理由が分からないことが、彼の集中力を鈍らせていた。


 その日の午後。廊下に出たアシェンは、自分の目を疑った。


 廊下の向こうに、ルーナがいた。そして、その隣には、見慣れない若いの男。ルーナはその男に寄りかかるようにして、ゆっくりと歩いている。男はルーナの体を支え、何か親しげに言葉をかけているようだった。ルーナもまた、その男を見上げて、かすかに微笑んでいる。


 その光景を見た瞬間、アシェンの頭は真っ白になった。


(あの男は、誰だ……?)


 彼の思考が、一瞬にして停止する。ルーナがこのように誰かに体を寄せる姿など、これまで見たことがなかった。いつもは彼に一方的に愛を叫び、元気いっぱいに駆け回る姿しか知らなかったのだから。


「お、アシェン。こんなところに棒立ちになって、どうしたんだ?」


 背後から、ライナーの声が聞こえた。アシェンは動揺を悟られまいと、努めて平静を装って振り返る。


「……ライナーか」

「ずいぶん上の空だな? ほぉ、あれはルーナ嬢ちゃんじゃないか。知らない男と一緒にいる。まさか、嫉妬しているのか?」


 ライナーは面白がるようにニヤニヤと笑いながら、ルーナたちのいる方向へ視線を送る。アシェンの眉間に、深い皺が刻まれた。


「……何を馬鹿なことを」


 アシェンは簡潔に言い放った。しかしその声は、いつもよりわずかに高い。そして表情も、いつもより硬かった。ライナーは、そんなアシェンの様子を面白そうに眺めてる。


「ほう? そうかそうか。いつもは冷静沈着な騎士団長様が、あの嬢ちゃんのこととなると、どうも様子がおかしい」

「黙れ、ライナー」


 アシェンは、苛立ちを隠さずに言い放った。ライナーは、アシェンの反応を見て、さらに笑みを深める。


「まあまあ。しかし、あの紳士は誰だろうな。ずいぶんと親しげに見えるが」


 ライナーの言葉に、アシェンの視線は再びルーナへと向かう。彼女が男と話すその表情は、いつもの彼に話しかけている時の明るい笑顔とは違っていた。

 どこか、疲れたような、はかなげな笑み。


(……どうして、こんなにも彼女のことが気になるんだ?)


 アシェンの胸に、これまで感じたことのない感情が押し寄せた。ルーナが別の男と親し気に話しているのが不満である。感じたことのない思いを、アシェンは首を振って振り払おうとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ