5.王都出発
マイルズ視点のお馬さん回です。
専門知識はないので、何か違和感を覚える部分があればご指摘ください。
王都へと向かう道中でたまたま助けた馬車に乗っていたのが、王家とも縁のあるユードリック侯爵家の当主様とその奥様と幼いご令嬢だった。
エリュセロスを倒した礼をしたいと王都のお屋敷へと招待され盛大にもてなされた。俺が勇者だということが分かるとすぐに各所に連絡を取って手筈が整えられ、次の日には王様に謁見することになっていた。
緊急の招集であったにも関わらず高位貴族が揃い、王都に二つある冒険者ギルドのギルドマスターと総取締役のグランドマスター、大神官をはじめとした神殿関係者など錚々(そうそう)たる面々が揃った中での謁見だったが、実の所、お偉い様なんて見たことも聞いたこともないから緊張のしようもなかった。
勇者になった経緯を話せば神殿関係者は「神の御言葉を…」「やはり神々は我々の事を見守っていてくださるのか」って感動したり崩れ落ちたりするし、ハルを助けるために魔王城へ行こうと思っている事を話すと貴族様は「自ら魔王を倒しに行くのか!」って何か勘違いしだすし、段々盛り上がり始めて王様からも「人類の希望をお前達に託す」なんて言って支度金とか装備を貰っちまって、違うなんて言い出せなくなった。
謁見が終わると会わせたい奴がいるという事で東部冒険者ギルドに来るよう言われ、そこでホルスト達と会うことになった。
いきなり喧嘩は吹っ掛けられるわ、かと思えば一緒に魔王城に行くことになるし、初めっからホルストの印象は最悪だった。
モニカさんに説得されて同行することになったけど俺はまだ納得できていない。ジークもザグもそう思ってるみたいだ。
「それで、出発の準備は進んでるのか?」
「おう、発注してた魔馬車も出来上がってるみたいだし、俺達の方はもうほぼ完了してる。後は魔馬引き取りに行くくらいだな」
「生半可な馬じゃ魔境には行けないからな。マイルズ君達の準備が出来次第出発か?」
「そういうこと。念願の魔王城の情報、くれるんだろうな?」
はいはい言いながらギルマスは地図を広げた。ソルアンブリード王国だけでなく近隣の国どころか大陸全域を記す地図は国家機密に相当するような貴重な地図だ。この大陸の中心にぽっかりと空いた空白部分、それこそが魔王の統べる土地である。
「魔族の住むこの土地は年中厚い雲に覆われ草木の生えない過酷な土地だ。しかし、魔素が異常に濃く人族にとっては毒性が強い。食料になるようなものもなく魔物も強い。入念な準備をして行くようにな」
それを聞くと、ホルストは地図を回収して立ち上がる。
モニカさんとロビンさんも続いて立ち上がるから、俺達も慌てて荷物を持ち部屋を出る。
冒険者ギルドを出るとホルストは迷いなく通りを歩いていく。何でか着いていく形になっているのがものすごく嫌だ。
今どこに向かっているのかこっそりモニカさんに尋ねてみても「イイところよ♡」って言うだけだし、ロビンさんの方を見ても肩を竦められた。
王都の中心部から離れていき細い路地を何本か通ると、王都北門近くにある大きな建物の店に入っていく。
店に入ると番頭が揉み手をしながら迎えている。
「いらっしゃいませ、ホルスト様。今日はどういったご用件でしょう?」
「例の馬車の引き取りと魔馬が何頭か欲しいのだが」
「かしこまりました。ご要望は?」
「強く賢いのを順に見せてくれ。金に糸目はつけない」
番頭は従業員を走らせ、俺達を席に案内した。頑丈な柵に囲まれた席でお茶を飲んで待っていると、従業員が続々と馬を引き連れて現れた。…角があったり足が六本あったり蜥蜴顔だったりするのもいるが、全部馬らしい。
「…ユニコーンにグラニール、人喰い馬にケルピーまでいる…すごいな」
「ほう?お前は魔物の知識があるみたいだな。精々食われんように気をつけて選べよ」
ホルストはそう言って柵から出て馬を見に行った。モニカさんもロビンさんも柵から出て平然と馬に触ってみている。
魔王城へと向かうための馬を選んでいることにようやく気付いて、俺達も見に行くことにした。
この店で一番強く賢い馬は二本の角を生やした赤毛の馬だが、この馬には見向きもされなかった。
次いで六本足の黒馬にはつまらなさそうに鼻を鳴らされるし、白毛のユニコーンは近付いただけで大暴れ。順に見ていってもどの馬にもあまりいい顔をされなくて、馬に嫌われているのかと思ったが、唯一嫌な反応をしない馬がいた。
それは列の最後の方にいた白毛の普通そうに見える馬。変わった所があるわけではないが、碧く澄んだ瞳をしていてこちらの目をジッと見つめてくる。しばらく見つめ合った後、目を閉じてこちらに歩み寄ってくれたのでソッと首筋を撫でると尻尾を振って反応する。
「すみません、この子はなんて馬なんですか?」
番頭さんを呼んで聞いてみると、驚いた顔をして答える。
「ソイツが懐くなんて珍しい。それはアゲートドロップと言って、薬効の高い涙を流す馬なんですよ。脚力もあるし知能も高いのですが、気を許した相手にしか涙を見せない気位の高い馬です」
「ちなみに値段は?」
「金貨80枚でございます」
王からの支度金で金貨200枚を貰っているから、あと一頭なら買えるだろうか。
ジークとザグの方を見ると、六本足の馬の中から体躯の小さなものに決めたみたいだ。
「そっちは幾らくらいになるって?」
「この子はグラニールの中でも小さくて大人しいんだけど、それでも金貨100枚だって。先頭にいた黒いのは金貨300枚は下らないってよ」
「うわっスゲェな。とりあえず二頭なら俺らの支度金でも買えるから交代で乗っていけばいいか」
買い取る馬を決めたところでホルスト達の方を見ると、暴れ狂う赤毛の猛馬に跨って笑っているホルスト、モニカさんにメロメロになっているユニコーン、ロビンさんは眩ゆい体毛の白馬と黒馬を頑丈な馬車に繋いでいた。
「アレ……幾らするんだろうな…」
「赤毛のバイコーンが金貨600枚、ユニコーンが450枚、白馬と黒馬のファクシーンはそれぞれ300枚ですので、馬車まで含めると金貨2000枚は超えますね」
「ハァ!?…アイツ実はすごいのか?」
「ご存知ないのですか?ホルスト様モニカ様ロビン様はそれぞれが単独でA級になる程の腕前で、事情があって長いこと昇級されてはいませんでしたが、最近S級になられたんですよ」
…マジのマジにすごい奴らだったみたいだ。こんな話してる間にも二本角の赤馬を屈服させたみたいで、もう支払いを済ませてこっちに来た。
「お前らが決めたのはそいつらか?俺が払ってやろうか?」
「王様からもらった支度金があるから大丈夫だ!」
「そうかそうか。馬車についてくるくらいならそいつらでもできるだろう」
「…フフフ。ああ見えてホルストすごく上機嫌なのよ」
モニカさん曰く上機嫌なホルストは嫌味を言って一人で高笑いしながら馬車の方に向かっていった。
なんかもうすごい疲れた。さっさと俺達も支払いを済ませてしまおう。
契約書に署名して魔獣の所有権移行の術式を俺とジークにそれぞれ行う。ザグは下手したら馬と同じくらい足が速くなっているのでいらないとも言われた。
馬達は出発の日まで預かってもらうことにして、今度は食料や消耗品を買いに行くことになった。
そこでも大盤振る舞いなホルストが盛大に買い込むもんだからほぼ着いて行くだけでどんどん荷物が増えた。
傷みにくい野菜や穀物に保存食、ポーションと薬に衣料品など、めちゃくちゃ買い込んで、個人で持ち切れないものは馬車に届けるよう指示を出していくホルスト。一通り買い物が終わると、晴れやかな顔で解散を告げた。
「それじゃあ明日朝イチに北門な。遅れるなよ!」
最初の悪い印象からの落差が凄すぎて頭が着いていかないけど、今日はもう休めるみたいだ。
ハァ…疲れた……。侯爵家のふかふかベッドが全てを包み込んで眠りへと誘ってくれる。
翌朝、お世話になったユードリック家の方々にお礼をしてから北門へと向かう。
北門には既にホルスト達が待っていた。
頑丈な馬車に繋がれた白馬と黒馬の双子馬に、ホルストを乗せ荒々しい鼻息を吐く二角馬とモニカさんに頬を擦り付ける一角馬、呑気に道草を食んでいる瑪瑙涙馬と一頭だけ気後れしている小柄な六脚馬。
勢揃いしているのを見ると圧倒されるような雰囲気があるが、それも今となっては頼もしく感じる。
「時間通りだな。もう鞍は取り付けてある。さっさと出発するぞ!」
「そういえばあなた達は馬には乗れるのかしら?」
「ひとまず乗ってみたらどうだい?その子達は大人しそうだしさ!」
元孤児が馬に乗ることなんて当然ない。ジークも商人の両親と死に別れたのが幼い頃だったから馬に乗る経験はないはずだ。
俺達が困っていたら、ロビンさんから提案されて軽く馬に乗ってみることに。
アゲートドロップに近付くと尻尾を振りながら頬を擦り寄せてくる。頭を撫でてから鞍に手を掛けると身体も擦り寄せてくれるから、乗れってことなんだと思う。鐙に片足を乗せ、弾みをつけて馬の背に乗る。
乗ってみると思ったよりも高くて心許なく感じるけど、身体の大きな魔馬はどっしりとしていて俺が乗っても小揺るぎもしない。
手綱を握るとゆっくりと歩き始め、段々と速度が上がっていく。北門を出て街壁近くの平野をスピード上げて走る。手綱を軽く引くだけで進みたい方向を理解するから楽しくなってきて、アゲートドロップもテンションが上がってきたのを感じる。
スピードを上げたまま低木目掛けて走ると、グッと脚を踏み込む感触がする。馬が跳び上がるのに合わせて前傾姿勢を取ると、一気に視界が高くなる。
朝のスキッと冷えた風が吹き抜けていく。まるで空を飛んでいるかのような浮遊感がすごく気持ち良い。
ジャンプの爽快感を味わってから、着地の衝撃に備えて脚に力を込める。想定していたよりも軽やかな着地で衝撃は少なかった。大満足で馬車まで戻ると、ジークも難なく乗りこなせていた。
「賢くて良い馬を買ったみたいだな。早速出発するか!」
ホルストを先頭に、モニカさんが続き、ザグが乗った馬車をロビンさんが馭して進み始め、俺とジークが最後尾で行く。北門で兵士に見送られながら段々とスピードを上げていく。
ジャンプの快感に浸りながら、馬に名前を付けなきゃなーなんて考えてたら、ホルストの乗るバイコーンが急加速しだした。遅れることなくユニコーンが続き、馬車もありえない速度で走って行く。
「ボケッとしてると置いてくぞ!!」
呑気なことを考えてる場合じゃなかった!ジークと顔を見合わせて、二人とも馬の本気に着いていけるよう前傾姿勢を取って脚で合図を送る。
待ってましたと言わんばかりの急加速に耐えながら、この旅が過酷な道のりになるであろうことを悟ったのだった…。
馬達は分類で言えばしっかり魔獣です。が、野生産ではありません。古くから移動手段として重宝されて育てられていますが、強い個体である程人に懐きません。なので、繁殖させた馬であっても一から関係を築いてテイムしなければいけません。
ちなみにこの世界、騎乗用の地竜や飛竜もいますが、性格や食性を始め難易度と金額が段違いなので、滅多に見ることはありません。超高級プライベートジェット機だと思ってもらえたら。
六脚馬のモデルはスレイプニルの血を引く馬グラニです。神話の馬をそのまま種族名とするのもアレかと思って少しだけ名前を変えました。
双子馬のモデルはスキンファクシとフリームファクシという空駆ける馬車を引く馬です。こちらは北欧神話から。
瑪瑙涙馬のモデルは西遊記の玉龍という馬の姿に変えられた龍です。元来龍であるため玉龍の尿が薬の素材に使われたという話があり、それを少し変えて、薬の素材になる瑪瑙の涙を流すという設定にしました。
ちなみに玉は宝石という意味ですが、中国では翡翠を指すらしいので、馬の瞳は緑青色といった感じで、薬の素材となる涙は無色透明です。




