17.こちとら囚われのお姫様なんですけど!?
《 ダンジョンマスターが事前申請エリア外に移動しました。ダンジョン運営への関与が困難だと判断し一時的にマスター権限の一部をダンジョンマネージャーへと移行します 》
気が付くと石の壁で囲まれた部屋のベッドに寝ていた。
格好はオレンジ色のドレスのままで、持ってた杖はベッドに立て掛けられてる。
てか、あの後のこと覚えてないんだけどあたしどうなったわけ!?
怪我は…してない。迷宮主腕輪は反応しない。ここどこなのよぉ……。
なんか不安で泣きそうになってきた。
ベッドの上で膝抱えてたら、なんだか胸元がモゾモゾし始めた。…この感じはッ!
「アンナちゃん!」
『シーッ!シーッですわハル様!』
『あっ!ごめんごめん、つい嬉しくって』
ドレスの中に入ってたカゲアンナちゃんが一緒だって分かったら急に安心してきた。
安心したらお腹も空いてきちゃったし。
『アンナちゃん、今ここがどこだか分かる?』
『何処かまでは分かりませんが、魔王城の一室らしいですわ。暗い穴から出る時に一瞬大きなお城が見えました』
話を聞いてくと、あたしは穴に引き摺り込まれた後気を失っていて、しばらく暗い中を移動してたみたい。
裂け目ができて外に出ると全然違う景色で、カゲアンナちゃんの感覚的にも街からはずっとずっと遠いところにいるだろうって。
あの白い猿みたいな悪魔はあたしをベッドに置いて出ていったっきりで、この辺りには見張りも何もいないらしい。まぁガッツリ鍵かかってるからあたしにはどうすることもできないんだけどねー。
アンナちゃんから今までのことを教えてもらってると、ヒタヒタという足音が聞こえてきた。
アンナちゃんをドレスの胸元に戻してベッドに座り直すと、近付いて来る足音の正体が見えてきた。
ボサボサの毛並みに大きな口、薄い布切れを身体に巻き付けた────二足歩行の犬。
「ワンちゃん…?」
「犬じゃない!コボルトだ!!」
泥だらけのモップみたいな見た目のそのコボルトは手に木のお盆を持ってる。これはもしかして……!?
「あっ!ねぇそれご飯!?」
「そ、そうだけど!まだやるなんて言ってないぞ!」
「ごめんって!この通り!お腹空いてペコペコなの!」
コボルト君は渋々な感じで牢の下からお盆を入れてくれた。
ご飯の中身はなんだろな……ん、なんだこれ?
なんかコロコロした茶色いのが焼けたやつと薄白いスープに葉っぱが入ってるやつ、以上。
「……ねぇ、これってあたしでも食べれるのかな?」
「食べれるに決まってるだろ。いらないならもらうぞ」
「あぁっ、待って待って食べるから!」
い、一応どっちも火は通ってるみたいだから大丈夫だと思う。匂いも……スープは無臭だけど、焼いた奴はお芋みたいな匂いがするし。
手に持って半分に割ってみると、中は紫色でねっとりホクホクしていそう。勢いをつけて一口齧ってみると、なんとも言えない感じ?泥臭くなった里芋みたいで、味がないのはキツいけど食べれなくはないかも。
スープの方もお椀を手に取って飲んでみる。うん、こっちはただのぬるい水。不味いけど葉っぱの味にクセがないのが救いだね。
とにかくお腹が空いてちゃ仕方がないってことで全部食べましたとも。こっそり芋の皮に中身の欠片を包んでおいたから、後でアンナちゃんに分けてあげようっと。
「はい、ごちそうさまでした」
「お、おう」
コボルト君はマジマジとあたしのこと見てからお盆を持って戻っていった。
あー!歯磨きしたいお風呂も入りたい美味しいもの食べたーーーい!
「ご機嫌はいかがデスか?お嬢さん」
口の中に指を突っ込んで電動歯ブラシみたいに水魔法で洗浄してたら、音もなくあの悪魔が現れた。
なんかめちゃくちゃアホ面見せちゃったじゃん!いきなり出て来るとかやめてよね!
「クチュクチュペッ。もう最悪よ!乙女の歯ブラシタイムに出てこないでくれる?」
「それはシツレイ。サッ、魔王様のトコロへ行きますのでついてきてください」
「杖は持ってっていいの?」
「ご自由にドウゾ」
乙女たるものいつでも身だしなみには気を使うべし!埃がついてないか軽くチェックしたら、杖を持って悪魔野郎の後をついていく。
実は歯磨きする前にお風呂魔法でドレスごと全身丸洗いして水分飛ばして乾かしてたから割と綺麗なんだけどね。コツは風魔法を一緒に使うことでドレスの形を崩さないようにしたところかな!
牢屋を出て階段を上がっていくと足元には赤い絨毯が敷かれていて、壁に掛けられた蝋燭の火がゆらゆらと揺れている。
装飾も豪華に見えるんだけど、床とか壁が無骨な石壁だからイマイチ可愛くないんだよねぇ。
更に階段を上がっていくと、大きくてめちゃくちゃ怖ーい感じの木の扉の前に着いた。
ギギギギィって軋みを上げながらゆっくり開いていくドア。その先には何が待ち構えているのか……。
─────
マスター権限が移行された…?
マスターが…ハル様が攫われてしまった…?
『マイス様、カゲアンナからの最後の報告です。「悪魔襲来。穴に引き摺り込まれる。服の中に潜む」とのことです。コウ・ライ・ジン・サリー・ソレアムに怪我はなし。至急ダンジョンへ戻っているようです』
幻惑のティションを逃してから生きた心地がしなかった。
ハル様が無事にダンジョンに帰ってくることを祈って、血が滲むほどに手を握り締めた。
いつもよりも連絡の行き来が鈍く、何もできない我が身を恨めしく思った。
ハル様ならば、ハル様ならばきっと何事もなかったようにダンジョンへお戻りになられるとどこかで思っていた。
しかし現実は無情。
幻惑魔法を扱うティションと次元魔法を扱うリション、魔王軍の精鋭に為す術なく攫われてしまった。
これまで戦いとは無縁だった我らがダンジョンは、ホルストとの戦いを経て着実に力をつけていると思っていた。人族との和平交渉がなくとも守り抜くことができるくらいの力を持っていると思っていた。
グラップリングベアが現れた時など、ダンジョンモンスターが総動員でも敵わないのではと思われたが、本質を見抜くハル様のお陰で戦闘になることなく、寧ろグラップリングベアとの関係もできてしまった。
どれもこれもハル様あってこそ。
ハル様をお救いするために、我々は強くならねばなりません。
そうです。ハル様をお救いするのです。
私も動揺していたのでしょう。言葉にしてみるとやるべきことが明確に見えてきます。
まずは冒険者ギルド支部のあるダンジョンマンションへ向かう。ダンジョンで大規模な戦闘があったことは理解しているらしく騒つく中を進み、まとめ役になっているエレオノーラを探します。
エレオノーラも情報を欲していたため、すぐに小部屋を用意して話し合いを始めます。
「まずは事実を簡潔に。魔王軍の悪魔が我らがダンジョンに対し勧誘を行いました。マスター不在ですが断りを入れたところ、ハル様への関与を仄めかすため戦闘。その悪魔を結界内に閉じ込めることはできましたが、次元魔法を扱う悪魔が帯同しており逃す。イグナシオの貴族家に現れた悪魔はハル様を攫い次元魔法にて逃走。これからハル様を人質にした強請が行われることでしょう」
「な、なんですって!ハルちゃんが……ではこのダンジョンはどうなるのでしょう?」
「ひとまずダンジョンコアは無傷ですので、ハル様不在でも問題なく稼働致します。これからのダンジョンの方針ですが、魔王軍に与するのは避けたいと思っています。交渉は致しますが、ハル様の生命を盾にされてしまうと向こうの要望を聞かなければならなくなることもあるかと」
「それは、人族への侵攻のような…?」
「仮定の話にはなりますが、それはないかと。ここは人族の街から近いため敵対行動を取った際に速攻で潰されてしまいます。なので最悪の場合は、人族への薬草などの供給を止め、魔王軍側に供給することで勘弁願おうかと」
直接的に対峙しなくとも人族との関係は悪くなります。ハル様の望むダンジョンから遠ざかってしまう。
なので、冒険者ギルドを通して人族側との連絡を密にし、なんとか関係性を維持した上でハル様救出の作戦を練ろうと思います。
「…分かりました。ギルマスに話を通してみます!」
人族としても魔王軍側の情報を知ることができるのは大きいでしょうし、魔の森への橋頭堡になっている我らがダンジョンは貴重なものでしょう。この作戦が上手くいくことを願うばかりです。
─────
ギギギギィって軋む扉を開けていくと、中にはこれまた大きな椅子に座った大きな人?がいる。
「……お前が件のダンジョンマスターか。余は第135代魔王グウェ──」
「えー!その角どうなってんのー!?尻尾も生えてるし!羽は!?羽もある!?」
「アッハッハッハ!君は命知らずなのかな?恐怖の大魔王様が名乗りを上げてる最中だっていうのに」
「……お前もお前で煽ってるよな、ルシャよ」
角とか尻尾の生えた大男の大魔王様の方にばっかり気を取られてたけど、横に控えてる人がいたみたい。めちゃくちゃ笑われてるわ。
ルシャって呼ばれた人は青白い顔でヒョロヒョロな体型だけど、今もケラケラ笑ってて明るい人みたい。魔王様のグウェさん?は浅黒い肌色で漆黒の髪に黒い角と尻尾。はだけた胸元からは筋肉モリモリなのが見て取れるわ。黒尽くしかと思いきや、金色で統一された装飾品が輝いててお洒落ポイント高め。
「あ、そうだ。あたしが花畑ダンジョンのマスター、ハルよ。あなたが魔王のグウェさん?」
「グ、グウェ!?」
「ブハハハハハハ!ッヒー!お、お腹痛い!」
「オッホン!余は第135代魔王グウェルノート・ラ・マーナ・デモルニアだ。そこで笑い転げてるのは幹部のソウルシャードだ」
グ、グウェルノート?あたし覚えられるかな…って思ってたら、魔王様って言っておけばいいんですよって笑い転げてたルシャさんが言う。
魔王様も幹部の人も思ったよりも怖くなさそうでよかったんだけど、にしてもあたしなんで攫われたんだろう。
魔王様はルシャさんが笑い止んだのを確認してから本題を切り出した。
「人族共の領域に侵攻して世界制覇をしようと思うのだが、我らの仲間にならぬか?」
「…え?マジで!?」
第135代魔王グウェルノート・ラ・マーナ・デモルニア。
名乗りを途中で遮った時の響きがグウェッってなるのが可愛いなと思って。




