15.ハル様のいないダンジョン
マイス視点になります。
マイスさんの見慣れない一面が見られるかもしれないです。
ハル様がダンジョンから出発されて二日が経ちました。
我らがダンジョンはいつもと変わらず、空は青く風は心地よく花々が咲き誇っています。
しかし、どこか静かに感じます。
やはりハル様がいない生活は寂しいものなのでしょう。斯く言う私もその一人です。
任されたダンジョン運営の方は問題なく、花畑への水やりに機織りや酒作りなど日課に滞りはありませんし、冒険者も問題を起こすことなく平穏そのものです。
「カゲタロウ、ハル様のご様子は?」
『マイスさんよぉ、それ一時間前にも聞いてたぜ?』
「一時間も経ったのですよ?よいではないですか、減るもんじゃなし」
『しゃぁねぇな。連絡ではハル様は農家で昨日と同じクエストをしてるらしいぜ。周囲2kmには特に強いモンスターもいないようだ』
「そうですか」
ハル様が出発してから一時間に一度、カゲタロウやカゲジロウを捕まえてはハル様のご様子を聞き出しています。
ゴブリンとの戦闘に冒険者ギルドでのあれこれ、初めてのクエストなどを聞いては我が事のように喜んでいます。ハル様が楽しまれているのはとても嬉しいことなのですが、やはり寂しさが募ります。
特に!小汚い身なりでハル様に近付いた外道共は許せませんね。いずれ会うことがあれば泣き出すまでお仕置きして差し上げましょう。
とはいえ、私も暇ではありません。
普段は夜しかしていない特訓を一日中する良い機会です。目下の課題は近接格闘の上達ですね。
ホルストとの戦いを経て、我々植物モンスターの大敵、火炎魔術への対策を考えなければならなくなりました。レインラビリシアという切り札はありますが、私個人としても対応できるに越したことはありません。
まず最初に考えたのは、植物モンスターの特権とも言える再生力に任せた物量作戦です。私の触腕は人族で言う髪の毛先と似たような感覚なので、それを使って炎を打ち払うことも可能ですが、消耗戦になってしまうため良い作戦とは言えません。
そこで、次に水魔法や土魔法を身に纏わせることでダメージを減らすことを考えました。
幸いにも、この辺り一帯には大精霊マグノリア様の祝福が掛かっているため、地属性魔法も扱いやすくなっています。なので、土魔法と水魔法を合成して使用し、泥を纏うことで柔軟性と防御性能を維持したまま効率良い魔力運用をすることができるようになりました。
泥を纏った触腕を鞭のように振るい多数を相手にし、強大な相手には茨を束ねた巨大槍で貫く。
もちろん状態異常にも磨きをかけ、様々な場面で使えるように生息条件の異なる毒花を召喚できるようにしています。
また、我々は根を巡らすことができるので足場が不安定でも構わないことにも気付き、広大な泥沼の召喚にも取り組んでいます。私一人では大きな召喚術式を維持するのが難しいので、ウッディ達トレントの力を借りることを検討しています。
引き続き特訓をしようと魔法を練り上げていると、すぐ近くから耳障りな声が聞こえました。
「キミ中々強いんじゃなぁ〜い?イイネイイネ〜」
練り上げた魔法で礫岩の柱を自身の周りに突き立てる。キャハハハと嘲笑う声はゆるゆると離れていくが、どこにいるのか判然としません。
『敵襲です。頂上エリアにて交戦中、各自警戒を強めなさい!』
ダンジョンへアナウンスをして敵の全貌把握を優先。ダンジョンコアの防衛は私とウッディがいればひとまず問題はないでしょう。
「このダンジョンのマスターはキミかい?」
「質問の前に姿を見せてはいかがですか?」
「おっと、これはシツレイ!」
景色がぐにゃりと歪み姿を表したのは羽が生えた猿のような見た目をしたモンスター。恐らく悪魔なのでしょう。
「コレでいいかな?ワタクシは魔王軍幹部ソウルシャード様が配下、幻惑のティション。率直に申し上げマショ。我々魔王軍に与しませんか?」
ほう、魔王軍ですか。存在自体は知っていましたが勧誘活動もしているのですね。
「それではまず質問の答えから。私はダンジョンマスターではありません。そしてお誘いに関してはマスターではないのでお答えできかねます……が、間違いなく与することはないと思われますのでお引き取りを」
「フフフフ、強気ですねぇ。益々惜しい。しかし、ヨイのですか?ここに来ているのがワタクシ一人とは限らないでしょう」
『ダンジョン全域の索敵が終わったで!薄くかけた霧に揺らぎはなし!多分そいつ一人なはずや!』
ちょうどいいタイミングでキャロからの報告がありました。姿を眩まして隠れるだけであればキャロの索敵からは逃れられないでしょう。別次元や亜空間に隠れているのであれば話は別ですが。
「ではどうすると言うのですか?姿を見せることに躊躇いが見えませんし、自らの強さに自負を抱いていらっしゃるのでしょう?ダンジョンモンスターを人質にでもするのでしょうか?」
「クゥーッ!そんな安い挑発には乗らないのデスよ!しかし困りましたネェ…」
空中に浮かびながら器用に脚を組んで見せる悪魔。ダンジョンモンスターの基本は「代わりはいくらでもいる」ですので強気な態度で応じましたが、極力犠牲を出したくはありません。ハル様が悲しみますので。
悪魔は何やら思いついたようで、指をパチンと打ち鳴らしこちらに問い掛けてくる。
「では質問を変えましょう──あなたの最愛の人はどこにいますか?──」
最愛の人?ハル様のことを聞き出したいのでしょうが、私が容易く口に出す訳がありません。
魔の森近くの街イグナシオに出掛けていらっしゃるなんて。
「ホゥ、ダンジョンの外にいたのデスか。ソレは意外」
「なッ!?」
幻惑のティションはニヤリと微笑みます。まさか思考を読み取ることができるのか!?先程の会話に僅かな違和感を覚えましたが、まさか会話に誘導するための魔法を仕込んでいたとは…!
バレてしまった以上奴を始末しなければハル様に危険が及んでしまいます。
『緊急攻撃命令!侵入者を生きて帰すな!!』
袖や裾など、身体のあらゆる場所から茨の触腕を伸ばします。魔力の出し惜しみなど致しません、全てが致命傷になり得る威力を持った茨が貫き薙ぎ払おうとティションに襲いかかります。
彼奴は余裕のある様子で飛び回り寸前で回避していく。しかし、それは想定内です。
私の茨を回避しながら、街のある方へと飛んでいるティションに向かって高速で飛翔する物体が迫る。
普段は威嚇のために当たる手前で爆発していた砲塔マイマイの爆裂弾稲が直接ティション目掛けて降り注ぎます。一発二発と避けられていたティションだが、私の茨とポップンミサイルの多重攻撃に追い詰められ、ポップンミサイルが直撃しました。
濛々と爆煙立ち込める中にも茨を向かわせ、覆い尽くすように包んで締め上げていきます。硬い感触に阻まれ、ティションが魔力の防壁を展開していることが分かる。
私が捉えている間に続々とダンジョンモンスターが集まってきました。しかし、防壁は弱まることなく、寧ろ押し返されています。その勢いは徐々に加速し、最早抑えられない程にまでなっています。
「クッ…総員伏せて!」
ティションを覆っていた茨が爆発的な威力で押し返され破裂する。爆風と共に茨の破片が飛び散っていく。
「その程度で終わり……デスか?」
「確かに私ではあなたを倒すことができないかもしれませんね。しかし、ここはダンジョン。地の利は我々にあります。持久戦はお好きですか?」
私の言葉に何か引っ掛かりを覚えたのかティションは周りを見渡します。
殺る気を漲らせたダンジョンモンスターが距離を取って取り囲む。薄暗い中茂みに身を潜めてこちらを狙う様は先程までの様子とは大違い。
「暗い……?ナゼだ、今はまだ昼間のハズ…」
ティションが見上げた先には日の光も遮ってしまう程に生い茂る木々の天井。ドーム状に走る枝を辿っていくとその下には赤いダンジョンコアを抱えた大樹がいた。
「ッフフフフ。トレントによる結界デスか。それは困りましたね」
これはウッディをはじめとしたトレント達とドライアドの身を賭した樹魔法による結界です。結界を破るには彼らを倒さねばなりません。
ティションに何かをさせる隙を与えず追い込んでいきます。地面からはトレントの鋭い根が襲い掛かり、空中からはビックロップポーターの豆射撃や妖精の魔法が降り注ぎ、私は毒花を咲かせた茨を生やして更に動ける範囲を狭めていきます。
この調子なら仕留められる。そう感じた時、彼奴の魔力が膨れ上がったのを感じました。
「これは想像以上の収穫デスね。益々あなた達を引き込みたくなりました。お遊びはココマデとしましょうか」
この結界を破る程の魔法を放つ気でしょうか。皆この後向けられる攻撃に備えて体勢を整えています。
「起きてくださいリション。あなたの力が必要になりました」
「ん〜?なんだよ、ティションはだらしないなぁ」
「あなたに言われたくはナイのデスが…ちょっとこの結界の外までお願いしますネ」
膨大な魔力が空間の裂け目を形作っていき、そこから顔を出したのは寝ぼけた顔をしたティションとそっくりな悪魔。リションと呼ばれたソイツはえぇ〜と言いながらも魔力を練り上げていきます。
てっきり大規模な攻撃がくるものと思っていたので呆気に取られていましたが、みすみす見逃すわけにはいきません。
「それでは、皆さんマタお会いしましょう。ご機嫌よう〜」
一斉に襲いかかるが寸でのところでティションは裂け目に入る。空間の裂け目が閉まるのは一瞬で、魔力の残滓を残して消えてしまった。
「…カゲタロウ。急いでハル様に連絡を」
カゲタロウは一つ頷いてすぐに仕事に取り掛かったようです。
「マ、マイス……ごめん。あたしの索敵が十分じゃなかった」
索敵をになってくれたキャロが謝ってきますが、彼女を責めるつもりはありません。空間魔法を持つ悪魔を探知するのは困難を極めることでしょう。
「あなたの責任ではありません。ちょっとだけ一人にさせてもらえますか?」
身を裂いて溢れ出るこの怒りをなんとかしなくてはいけません。少し魔の森へお花摘みに参りましょうか。
敵幹部と配下の名前は勧誘を英語にしたソリシティションをモジモジしました。
戦闘後マイスさんが向かった先からはけたたましい咆哮と轟音が響き、恐れを為した魔物が一時住処を離れて逃げ出す程だったとか。




