海の守り神 その5
体に噛みついていた触手たちも、ぶちぶちと彼の身体を少し食いちぎりながら飛んでいく。飛んできた塊は、放物線を描いて、港へ落下した。蓮は最初、受け止めた方がいいかとも思ったが、すぐに考えを改めて離れた。想像以上に大きかったのだ。
塊は着地と同時に、衝撃と粘液をぶちまける。
蓮たちは離れたところでその姿を見ていたが、飛来したスキュレーは昨日とはあまりにも違う姿をしていた。
巨大な口の周囲からは、無数の、先端がウツボの触手がうごめいている。さらに、八本の巨大な足には、蓮たちがさっきまで戦っていたウツボよりもはるかに巨大なウツボの頭がくっついていた。そして、口の裏側であろう本体は、黒い煙を噴き出す四つの穴と、黒い肉塊が不気味に脈動する。そんな怪物は、グズグズと粘液を垂らして体勢を立て直し始めていた。
「気持ち悪っ…………!」
エターナルが思わず叫びたくなるのも、蓮にはよくわかった。蓮だって、実際吐きたくなるほどの不気味さだ。しかも、このタコ、臭いのだ。異臭も相まって蓮は既に気分が悪い。アイシャも、すました顔をしているが、顔色はみるみると悪くなっていった。目に毒、とはまさにこのことだ。
触手たちは、落下の衝撃でしばらくくらくらとしていたが、意識を取り戻すと蓮たちの姿を認めた。その数は、数えたくもない。
襲い掛かろうとした触手だったが、すぐに横から青い炎がぶち当たり、比較的小さい触手は焼け焦げて消えていった。大きな触手は、さすがにそうもいかない。
炎の出所を見ると、ダムザがすでに近づいてきていた。ダムザは青い炎を続けざまに放つ。スキュレーはその攻撃を、触手を使ってガードしていた。
ダムザは執拗に口の裏側、背中を狙って攻撃していた。そちらのガードで精いっぱいなのか、蓮たちの方に触手はほとんど来ない。
「……もしかして、あいつの弱点って背中か?」
「さあ、そこまではわかんないけど……」
メローラは首を傾げていたが、試してみる価値はありそうだ。
蓮は触手の間をすり抜けながら、スキュレーの本体に貼り付く。ダムザがちょうど炎を吐いているところだった。炎の勢いを手で制して、その様子を見守る。
炎で焼かれていた部分は、黒い塊が集まって防御されていた。
どうやら、この黒い肉の奥に、こいつの弱点があるらしい。
「うし」
蓮は黒い肉の上に立った。すると、肉は異様な動きをして蓮を振り落とそうとする。触手も迫ってきていた。
だが、蓮の拳は妨害を無視して、黒い肉へと突き刺さる。
「……こいつ、ぶよついていやがる!」
蓮は舌打ちして叫んだ。
蓮の拳の衝撃を通すには、この身体は軟らかすぎた。あらゆる衝撃的な攻撃は吸収されてしまう。そして、分厚い。これを壁としているから、ダムザの炎も耐えられているのだろう。
とうとう耐え切れずに、蓮の方がその場を離れる。足場が不安定極まりなく、動かないと触手どもが襲い掛かってくる。うっとうしいことこの上なかったのだ。
アイシャはエターナルの近くにいないといけないので、目の前の触手相手で精いっぱいだ。ダムザの炎や腕も、おそらく大して通じない。
一応、片っ端から肉を引きちぎる、という方法もある。だが、現実的ではない。こいつの身体は、粘液でぬるぬるであり、掴みづらいのだ。それが打撃を通しづらくもしている。蓮としては非常にやりづらい。
(外側からの攻撃じゃ、埒が明かねえぞ)
いったん降りて、アイシャたちのフォローへと回る。そしてついでに、自分の所感を伝えた。
「蓮でもダメなのか!?」
「そんなのどうすればいいのよ!?」
そんな風に言っていると、街の方から大勢の人間が走ってくる。ルーブル王国の軍隊だ。その中には、昨日の海軍提督もいた。
「勇者様、加勢に参りました……って、うわあああ!?」
提督は、目の前の地獄絵図にひっくり返る。
「な、なんだあ!?化け物が、二体!?」
ルーブルの海軍は海魔となったダムザを見るのは初めてだ。こんな反応になるのも無理はなかった。
「こ、こんなのと戦っておられたのですか!?皆様!」
「いや、片方は……」
アイシャが弁明する前に、ウツボの頭が襲ってくる。大きさ的に、ひときわ大きな触手のようだった。
「ひいいいいいいいいいいいいいいい!?」
伸ばされた触手だったが、ウツボの頭は彼らには届かなかった。ダムザが、その触手を根元から引っ張っていたのだ。
そのまま手繰り寄せ、ウツボの口を無理やり開けさせる。捕まってふさがらない口に、ダムザは渾身の炎を流し込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
スキュレーは悲鳴を上げると、燃える触手をほかの触手がたまらず噛み千切る。動かなくなった触手を捨てたダムザだったが、その隙にほかの大型触手に巻き付かれてしまった。ダムザが苦しそうな叫びをあげる。
「いけない、絞め殺す気だわ!」
メローラの声に、蓮は焦った。
何かないのか。奴に効果的なダメージを与える方法は。
先ほどダムザが触手の内側に炎を浴びせたのは、おそらく聞いているだろうが、自切されては意味がない。本体を攻撃できなければ……。
(なんか、あいつの身体の内側に……!)
とはいえ、蓮は身体の内側にダメージを与える方法などない。彼ができるのはただのケンカだ。そんな中国拳法じみた事はできない。
それに、触手もなんだかんだで厄介だ。あれにも、同時にダメージを与えることができる方法が望ましい。
蓮の中で、何か答えが出そうになっていた。だが、はっきりした答えが出てこない。喉まで出かかってはいるのだが。
ヒントはないか、昨日の記憶を思い返す。ダムザと戦い、スキュレーをぶっ飛ばして、そのあとまたダムザは暴れだして、その時……。
答えが、蓮の脳にはっきりと出た。そうだ。自分も、思い切り食らったではないか。
蓮はエターナルへ、すごい勢いで向き直る。勢いだけで、エターナルは気おされた。
「エターナルっ!」
「ひゃっ、な、何!?」
「お前、補助なら大体のことができるっつってたよな」
「い、言ったけど?」
「防御ってできるか?」
「そんなのとっくにやってるわよお!あなた以外には!」
どうやらルーブルの兵士にも補助をすでにかけているらしい。やはり、地味に優秀なのだ。この女神は。
「それが何よお!?」
泣きながら叫ぶエターナルの声で、感心していた蓮は我に返る。
「魔法攻撃とかで、炎とか飛んでくるだろ!?あれって防げんのか!?」
「何!?炎攻撃?なんで?」
エターナルはダムザの炎を防御するのかと思った。だが、彼は一応味方のはずでは?エターナルの混乱はさらに加速する。
「炎じゃなくて!雷!雷はどうだ!?」
「なんで雷!?ああもう、できるわよ!炎、雷、氷、風、岩!大体どんな属性の魔法的な攻撃も、防げる補助をかけてやるわよコンチクショウ!」
やけくそ気味のエターナルの答えに、蓮はニヤリと笑った。
これなら、何とかできそうだ。蓮は、首を絞められているダムザに向かって、思い切り叫んだ。
「ダムザ!雷だ!思いっきり落とせ!」
ダムザは、蓮の言葉を聞くと、自分の首を絞める触手を強くつかむ。彼の角が、怪しく光り始めた。
蓮はアイシャに叫ぶと同時に、海へと駆け出した。そして、近くにいたメローラに向かって手を伸ばす。
「捕まれ!巻き添え食らうぞ!」
メローラが蓮の手を掴んだのを確認すると、蓮はすぐに彼女を抱えてエターナルの元へと駆け出す。空には暗雲が立ち込め始め、ゴロゴロと音が鳴り始めた。
触手と戦っていたアイシャも抱え込み、急ぎスキュレーから離れる。
「お前らも離れろ!エターナル、全員に雷防御!」
「うっそでしょお!?」
エターナルは泣き言を言いながらも、その場にいた全員に補助をかけた。蓮、アイシャ、メローラ、自分。あと、ルーブルの軍隊全員にもだ。
全員が補助の光に包まれたことを確認して、蓮は叫ぶ。
「しゃがめ――――――――っ!」
言われた通り、蓮を含めて全員がしゃがむと同時に、閃光がダムザへと落ちる。当然、そのダムザに絡みついているスキュレーにも、閃光はほとばしった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
先ほど触手を焼かれた時とは比べ物にならないほどの叫びが、港に響き渡った。
顔を上げると、元々が黒いためはっきりとはわからないが、ぶすぶすと煙を上げているスキュレーの姿があった。
彼女の触手のほとんどが焼けただれ、残っている大型の触手も、動くことができずに地に伏している。ダムザの首に巻き付いていた触手も、力なくずるずると彼の身体から滑り落ちていく。落雷が直撃したことで、動けなくなっていた。




