大海原の戦い その6
「ダメええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
その声に、ダムジャルクの口の中の炎が、勢いを弱めた。
その場にいた全員が、空を見上げる。
先ほど見たような構図で、アイシャとエターナルが飛んできていた。だが、アイシャが抱えている少女は、先ほどとは異なる。人間ではなく、魚人だった。
「なっ……」
「蓮!」
アイシャが、手を伸ばす。その手を蓮は掴み、空高くへと舞い上がった。
ポシェイドはアイシャに抱えられる少女を見て、目から涙をあふれさせた。
「メ……メローラああああああああああああ!」
空中でエターナルの補助を受け、蓮は空で体勢を立て直す。目の前の魚人の娘に、驚きを隠せない。
「お、お前、メローラなのか!?」
「そうよ。こうやってお話しするのは、初めてね、蓮」
そう言って彼女はにこりと笑う。
どうやら言葉も普通に話せるようになっているようだ。スキュレーの「契約」は、完全に切れたらしい。
「……よかったな」
「うん」
二人して頷くも、素直に喜んでばかりはいられなかった。目の前には一瞬動きを止めたダムジャルクがいる。あれを何とかしなければ。
「というか、あれ、さっきまでと様子が違くない!?なんか凶暴っぽくなってるけど!」
「あのタコ女が操ってた分、さっきまでがまだマシだったんだよ」
エターナルとアイシャは蓮の方を見た。明らかにさっきよりボロボロだ。それほど苦戦を強いられているということか。二人は息を呑んだ。
「ね、ねえ。蓮」
「あ?」
彼の背中に移ったメローラが、蓮に声をかける。
「彼は……私に任せてほしいの」
メローラは、蓮の背中に捕まる手に力を込める。
「いや、でも……」
「お願い!」
彼女の決意は固いらしい。蓮は頷いた。
「お前ら、相談」
蓮の声に、アイシャとエターナルは耳を傾けた。そして、メローラがダムジャルクを止めることを伝える。二人は快く了承してくれた。
「……よし」
蓮とアイシャは、並んでダムジャルクの顔の真正面に立った。それぞれ背に人を背負い、拳と聖剣を構える。
ダムジャルクの憎悪が再び燃え上がり始めた。それは、メザイアの勇者に対する憎しみだろう。
ダムジャルクはすさまじい咆哮を上げ、青い炎を思い切り正面へと吐き出す。
「はあああああああああああああああああああ!」
アイシャは聖剣を輝かせて、思い切り振りきった。風圧が炎とぶつかり合い、衝撃が走る。
その間に、蓮は背中のメローラの抱え方を変えて、正面に抱えた。羽交い絞めの形で、彼女とダムジャルクの間の距離を詰める。
「……やれ、メローラ!」
メローラは思い切り息を吸うと、できる限りの声で、高らかに歌いだした。
スキュレーの声と違い、メローラの声は透き通るようで美しい音色だった。音色は楽器のように、美しい音として大気を震わせていく。
彼女の声に、海にいるものすべてが聞き入っていた。
人間も、魚人も関係なく、その場にいたもの全員だ。白鯨も、海賊も関係なかった。美しい音楽は、種族を関係なく、心に染み込んでいく。
海賊たちには彼女の言葉はわからなかったし、ネプティエの者も、彼女の歌の歌詞など、どうでもよかった。大切なのは、彼女が声に乗せた心である。
大海魔ダムジャルクの脳裏に、サンゴの木があった。
その枝をかき分けると、そこには少女が歌を歌っている。
その歌は、今、聞こえる歌と変わらない。
邪神の憎悪に覆われている周りを、彼女の歌がやさしく照らしていく。
気が付けば、ダムジャルクは涙を流していた。その涙が、自分の目を燃やす青い憎悪の炎を消してゆく。炎の向こうの瞳が、揺れてにじんでいた。
ダムジャルクは炎を吐くのをやめ、再び咆哮を上げた。その叫びは、怒りや憎しみではない。ただただ、悲しみのみを込めた叫びだった。その叫びを聞いたメローラは目に涙を浮かべながら、やっと歌うのをやめる。
ダムジャルクは、白鯨の頭の上にて動きを止めた。しばらく動きを止め、蓮たちと海賊船を見やると、そのまま彼らに背を向ける。
「お、おい……」
蓮が呼びかけると同時に、メローラが彼の身体からするりと抜けて、海へと落ちて行った。驚いた蓮だったが、彼女は自分から蓮の羽交い絞めを抜けたのだ。
そのまま海に飛び込むと、彼女の姿は消えていった。彼女を追うように、ケイトスとポシェイドも消え、そして、ずっとそこに浮かんでいた白鯨も、ブクブクと海底へと潜って消えていく。
その場に残っているのは、蓮たちと海賊だけになってしまった。
「い、行っちまったな……」
「あ、ああ……」
呆気に取られている蓮達だが、そういうわけにもいかない。
後ろから、何かが近づく音がした。振り返れば、ルーブル王国の軍船が迫ってきている。
「や、やべえ!海軍だ!」
海賊船はあわただしく動き出し、すぐさまその場から離れだした。
「て、提督!海賊が逃げます、いかがされますか!?」
「……捨て置け、奴らのことは後回しだ」
提督はそう言うと、空を見上げた。
上空にいる勇者パーティー三人組が、雲から洩れる光を背にしている。
「……我々の目的は、勇者様をお迎えすることだろう。………一同!敬礼!」
提督たちは甲板に立つと、姿勢を正して右手を左肩へとすばやく運んだ。ルーブル王国式の、最上級の敬礼だった。




