大海原の戦い その5
蓮は、白鯨の上に座り込んでいた。ひとまず、海賊たちの自決は止められたが……。
「やっぺえな、普通にぶっ飛ばしちまった」
ポシェイドの不意打ちで完全に動揺したスキュレーの喉に地獄突きを決めたまではいいのだが。その拍子に、彼女を海にまでぶっ飛ばしてしまったのだ。
あれで生きていたら、そのまま逃げられてしまうのだが……。
とはいえ、海賊たちの洗脳は解けているようだった。皆、武器を片手に不思議そうな顔をしている。ダツに至っては、「あれ、なんでナイフ折れてんの!?」と騒いでいた。折ったのは蓮なのだが、それは黙っておいた。
「まあ、スキュレーの奴については、安心せい。奴は捕まえて、身柄をネプティエで拘束しておくからの」
白鯨の陰に隠れているポシェイドが、蓮にこっそり伝える。どうやら、人間の前で顔を出したくないらしい。
「……助かったよ、ジジイ」
彼のアシストがなければ、スキュレーをみすみす逃がすところだった。蓮は素直に礼を言った。
「ええわい、別に。それにしても……」
ポシェイドと蓮は、互いに同じものを見る。白鯨の上で伸びているダムジャルクだ。白鯨の頭にこぶができるほどの衝撃で頭から叩きつけたので、目を覚まさずにいる。
「こいつを、どうするかなんだよなあ」
不可抗力でこうなってしまったとはいえ、こんなでっかいやつをどうすればいいのか。それが問題だ。
「元に戻せんのか、あの、スキュレーの父親みたいに?」
「そうだよなあ……」
治す方法といえば、勇者の刻印くらいしか思いつかない。伸びているし、軽いげんこつくらいで治るだろうか。いずれにせよ、やってみないことには始まらない。
とはいえ、海賊たちの前で正体をさらさせるのも問題だ。ロロウの反応を鑑みても、秘密にしておいた方がいいんだろう。
「あー、お前らよお」
蓮はダムジャルクを触りまくっている海賊たちに声をかけた。
「俺、こいつを捨ててくるからよ、とりあえずこっから降りて船に戻れよ」
「ええ、でもこいつ生きてるぜ?殺さなくていいのか?」
「いいんだよ。そもそもお前らの手に負えるもんじゃねえことくらい、見りゃわかるだろ?」
海賊は蓮にそう言われ、再びダムジャルクを見やる。確かに、こんなのが起きて暴れだしたら、自分たちはひとたまりもないだろう。しぶしぶと、海賊たちは船へと引き上げていく。
最期に戻るロロウだけは、戻る前に蓮に軽く頭を下げていった。蓮はそれに、軽く手を振ってこたえる。
船が白鯨から離れ始め、やれやれどうするか、とダムジャルクの方を見やった時だ。
ぴくり、と彼の身体が動いた。目の炎が再び強く燃え始め、身体の漆黒もところどころ青く光り始める。
「えっ」
あまりにも早い回復に、蓮は絶句した。白鯨がクッションになったのか、それともダムジャルクの耐久力が想像以上だったか。いずれにせよ、蓮のダメージ想定はガバガバであった。
ダムジャルクは起き上がると、けたたましい咆哮を上げた。先ほどまでとは比べ物にならない迫力の咆哮だ。その風圧に、蓮は思わず手で顔を覆う。
一瞬視界を遮ったその瞬間に、黒い壁が迫ってきた。防御体勢のまま、衝撃がぶち当たる。その攻撃は、足元の白鯨の肉を抉り取り、足場ごと蓮を海へと吹っ飛ばした。
「な、何い!?」
驚いた蓮だったが、その瞬間には、ダムジャルクが吐いた青い炎弾が命中した。行動のスピードもパワーも、先ほどまでとはえらい違いだ。
「がっ……!」
蓮の身体は黒く焦げて、海へと落ちていく。慌てたポシェイドが蓮を水面でキャッチした。
「お、お主!だ、大丈夫か!?」
「ああ……あっつ!」
どうやら焦げたのは服だけで、あとはほとんどダメージがないらしい。いや、あれでダメージを受けていないのもおかしいのだが。
そして、泳げない蓮が水に入ってしまえば、あとはただの的だ。
ダムジャルクの口から、無数の炎の弾が放たれる。その勢いは、まさにマシンガンのごとく。海にいるポシェイドと蓮めがけて、何発も放たれた。
「うわあああああああああああああああああああ!?」
ポシェイドはとっさに蓮を掴んだまま海に潜った。普通の炎なら、海の中に潜れば回避は可能だ。
だが、ダムジャルクの炎は海の中でも燃え続ける炎だ。海面を突き破り、水中のポシェイドめがけて飛んでくる。
「うわ、うわ、うわああああああああ!」
ポシェイドと蓮は海面と海中を行ったり来たりしながら、必死で炎を避ける。
「どどどどどどういうことじゃ!スキュレーを倒せば、あ奴はおとなしくなるのではないのか!?」
「うるっせえな、こっちだってそう思って……!」
完全に安心しきっていたところでこの状態である。すっかりテンパっている二人だったが、蓮はふとあることに気が付いた。
(……そうだ。そもそもあいつ、「邪進化」してんじゃん!)
スキュレーの意思で人間を襲っているのではない。むしろ、今は邪神の憎悪の本能全開で襲ってきているということだ。そりゃあ強くなる。蓮同様、あっちも本気ではなかったのだ。
とにかく、再び近づいて、おとなしくさせないことには始まらない。
「おい、もっかい近づくぞ!」
「む、無茶言うな、これを全部避けながらか!?」
ポシェイドは叫びながら炎の弾をよける。飛んだり潜ったり、しっちゃかめっちゃかで近づきようもない。
そして、再び浮上したとき、蓮はダムジャルクの頭の角が光っているのを見た。
「あ?」
その角が光り始めると同時に、空の雲が黒く、怪しい色へと変わり始める。ゴロゴロと、嫌な音がし始めた。
「……おいおいおい、まさか……!」
蓮の嫌な予感は、頂点に達した。そんなの、こんな状態で回避できようはずもない。
ダムジャルクが吠えるとともに、轟音とともに稲妻が彼に直撃した。彼をアースに、電流が白鯨へと流れ、さらに白鯨を通して海にまで雷電が広がっていく。電撃は一瞬で海を流れ、やがては消えていったが、それでもこのあたり一帯の海洋生物を感電させるには十分な威力だった。
蓮は予感と同時に、自分を掴むポシェイドを逆に掴むと、海の上へと放り投げた。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!」
さすがの蓮も、身体に流れる電気までノーダメージというわけにはいかなかった。
全身に痛みが走り、止めた息が口から洩れる。手足が少し痺れて動かない。もっとも、水中ではカナヅチなので、特に意味はないが。
沈みかける蓮を、ポシェイドが慌ててつかみ、再び海上へと運んだ。
「お、おい!大丈夫かあ!?」
「で、電撃まで使えんのかよ、あいつ……!」
となると、いよいよまずいことになった。水中にいれば、電撃が飛んでくる。炎だけならよければいいのでまだいいが、電撃はまずい。なぜなら避けられない上に、被害が甚大だ。白鯨は持ちこたえているが、あちこちから煙を上げている。二発目は耐えられないだろう。それに、海にはケイトスもいる。ケイトスは子供だ。間違いなく耐えられない。さっきの一発は、ザバンがとっさにケイトスを持ち上げたため、致命傷は避けたようだ。そのザバンは、白目を剥いて浮かんでいる。
とにかく、二発目の電撃はまずい。蓮はポシェイドの上に乗っかった。最悪、彼を踏み台にして、再び白鯨の上に飛び乗るつもりでいた。だが、そうしようとすれば即座に炎で撃ち落とされてしまうだろう。
(どうする……!)
そう考えていた時、ダムジャルクの身体に何かが当たり、爆発した。ダムジャルクがそちらを見やると、船が砲撃を仕掛けている。
「撃て撃てええ―――――――っ!」
「奴の気をこっちに逸らすんだ―――――――っ!」
「兄ちゃん、今のうちだ、早く逃げろ――――っ!」
海賊たちが蓮に呼び掛けてきた。それと同時に、ボートがこちらに近づいてくる。乗っているのは、ロロウとダツの二人だ。
「乗れ、急げ!また雷が来るぞ!」
ポシェイドは慌てて水中に隠れた。蓮は投げられた浮き輪に捕まり、とりあえずボートに乗る。
「お前ら、なんで……!」
「海の男は、目の前の奴を決して見捨てねえ!」
ロロウが力強く叫んだ。その叫びには、彼の決意がにじんでいる。自分のために、お頭に砲門を向ける、その覚悟だ。
「ば、バカ!早く島に戻れ!」
蓮が叫び、急いでボートを船に戻そうとするが、その時すでに、ダムジャルクは海賊船に狙いを定めていた。
一気に消し飛ばす気なのか、青い炎が口の中にたまってゆく。今からとびかかっても、もう発射までには間に合わない。
このままでは、ダムジャルクは大事な仲間を焼き尽くしてしまう。
「やめろおおおおおおおおおお―――――――――――――――――っ!」
蓮は力の限り叫ぶが、ダムジャルクの炎は収まらない。
たまりきった炎が、いよいよ海賊船めがけて放たれようとした、その時。
空の彼方から、鋭い叫びが響き渡った。




