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大海原の戦い その1

 ルーブル王国海軍の兵士たちは、空に昇る青い閃光を目にした。

 彼らはルーブル王国首都の港から少し離れた場所に船団を作り、向かいの島から来るかもしれない軍船を待ち構えている最中だった。


 ルーブル王国海軍の提督も、敵になるかもしれない船の様子を甲板から見ていた際に、その光を目の当たりにした。

「な、何だ……あの光は?」

「あれは、魔の海域の方角です!」

 魔の海域。それは、ルーブルの島はもちろん、本土で暮らし、海での戦いを得意とする海軍も当然知っている。軍の一部では、海賊の根城があるやもしれないという地域だが、巨大な海魔が棲んでいるらしく、近寄ることは難しい。海軍も、めったに近づくことはない海域である、という認識であった。

「一体、何が起こっているというんだ……」

 ルーブル海軍に従軍し二十年。目立った戦闘経験はないものの、海軍内でのキャリア、さらには軍人としてのキャリアを経て現在の地位を確立したこの男も、ここまでの異常事態は初めてであった。


 きっかけは、朝早くにヨウヤンとラダムが城へと駆けこんできたことだ。勇者と一緒に行動していると思っていたルーブル王は目を丸くした。

「父上、すぐに軍を準備してください!」

 ヨウヤンは息も絶え絶えに、島の守たちがスキュレーなる海の「魔女」に操られ、この首都へ軍船をすすめようとしていることを伝えた。最初は信じられなかった者たちも、裏鳥として島の様子を見に行ったものの証言もあり、ヨウヤンの伝令は信用された。

 そして、信用たりうる情報を得たルーブル王の決断は素早かった。


「直ちに海軍を出撃させよ。首都の防衛を最優先とし、必要ならば、迎撃せよ」

 

その命令があり、海軍はすぐさま迎撃準備を整え、現在構えている状態だ。ただ、軍船はイチ島に集まっているものの、動く様子はない。


「待ってください、提督!話を聞いてください!」


 軍船を見やる提督の背後から、少年の声がする。海軍の兵士に羽交い絞めにされながらも叫んでいるのは、イチ島の島の守の息子のラダムだ。


「父上たちは操られているだけなんです!」

「……我々の使命は、ルーブル王国を守ることにある」

 提督はラダムの顔を見た。ラダムを見るその瞳には、冷ややかな覚悟が宿っている。

「なんであれ、我々の国を襲うのであれば、迎え撃つのが我々の使命だ」

「それは、同じ国の仲間であってもですか!?」

 ラダムの言葉に、提督は答えずに、再び軍船の方を見やる。

 自然と、拳を握る力が強まった。提督にも、四島にはそれぞれ過酷な訓練を共にした戦友がいる。ここで迎撃することになれば、彼らと殺し合いをしなければならないことも、提督はわかっていた。

「……ラダム様を部屋にお連れしろ」

 提督の命令と同時に、ラダムを羽交い絞めする兵が彼を引きずり始める。

「待ってください!提督!」

 ラダムの必死の叫びを、提督は聞こえないふりをした。


 ふと、海域の方から近づく影があった。その影は、みるみる近づいてくる。

 三人の女性の人影だった。宙に浮かぶその姿には見覚えがある。なにしろ、一人はかなりの有名人だ。


 メザイア教の勇者、アイシャ・レヴンヘイム。そして、彼女の背に捕まるのは、確か彼女の仲間として同行していた聖職者のエターナル、そして、アイシャに抱えられているもう一人は……誰だ?格好は完全にその辺の町娘だ。とても旅の仲間とも思えないが。

 それに確か、もう一人の仲間は男ではなかったか?

 勇者はルーブル側の軍船を目にすると、それまでまっすぐ飛行していた方向を変え、船の真上に着地した。

「ゆ、勇者様……!?」

 提督を始め、甲板にいた兵達たちが一斉にアイシャたちの周りに集まった。

 アイシャは周囲の状況を見やり、提督に目を向ける。

「この軍船は、一体何の準備ですか……?」

 どうやら、彼女はこの状況を分かっていないらしい。

「……現在、イチ島をはじめとする四島が反逆の疑いあり、その哨戒中です」

 反逆、という言葉にアイシャは怪訝な反応をした。

「反逆?ですか?」

「違う!操られているんだ!」

 囲んでいる男たちの後ろから、彼女が聞き知った声が叫ぶ。見れば、ラダムが必死に飛び上がって顔をのぞかせていた。

「ラダム様!」

「父上たちは、あの女に、キュレーに騙されているんだ!」

 キュレー、という言葉に、アイシャとエターナルの二人は反応した。

「なんだって!?」

「あいつは父上たちを操ってルーブルに侵攻させるつもりなんだ!それだけじゃない、イチ島を海賊に襲わせたのも!全部アイツなんだ!」

 ラダムの必死の叫びに、アイシャは指を唇に当て、思考を巡らせた。先ほど遭遇したタコ型の魚人、スキュレーの顔が浮かぶ。

「……そうか」

「きっと、間違いないわね」

 アイシャとエターナルは、どうやら納得したらしい。

「ラダム様の仰ることは、本当だというのですか?」

 提督の問いかけに、アイシャは頷いた。

「ええ。彼女の正体は、魚人の魔女でした。さっきまで対峙していましたから、間違いありません」

 彼女の表情に嘘は感じられない。何より、同盟四か国に共通する勇者の断言である。その場にいる者を納得させるのには十分だ。

「王様には、この事は?」

「ヨウヤンが説得してくれているはずです。でも……」

 アイシャの問いに、ラダムは暗い顔をした。

 迎撃まですることは、彼らの本意ではない。軍を動かしてもらったのも、万が一があったときに動けるように、くらいしか考えていない。


 つまり、本当に戦う覚悟など、できてはいなかった。


 だが、大人たちは既に戦う覚悟を決めていた。


 本当に戦う覚悟。それを持っていないから、ラダムはこんなところで必死になって騒いでいる。ヨウヤンも、城で同様に騒ぐしかできなかった。


「――――――ラダム様」

 ラダムはアイシャの顔を見ることができなかった。


 あの稽古場で、ヨウヤンが蓮になすすべもなくやられたところを、ラダムは見ていた。あの時、蓮から感じたプレッシャーはすさまじいものだった。

 だが、現在彼女から感じるプレッシャーの方が、よりすさまじい。


 それは、戦う覚悟を持つ者が背負う重圧なのだ。


 恐る恐る、ラダムは顔を上げた。

 プレッシャーを放っている彼女の顔は、一切の迷いなくこちらを見つめている。兵の背中に隠れそうになっている彼を、決して見逃さなかった。

 兵をかき分け、ラダムの正面に立つ。


 そして、彼に向かい、頭を下げた。


「このような危険な状況になるまでお二方を放置してしまい……申し訳ありませんでした」


甲板にいた全員が、呆気にとられた。

(……えっ、今、それ?)

謝られている当のラダムが、思わずそう思うほどだ。

そして、アイシャは頭を上げると、優しく、彼の肩に手を置いた。


「よく、無事に脱出して、王様に報告してくれましたね」


 ラダムの身体から、ふわり、と力が抜けた。立つことができず、その場にへたり込んでしまう。朝からずっと続いていた緊張が、急に解けたのだ。

 アイシャはその様子を見てふっと笑うと、エターナルに向き直る。

「エターナル。私をあの船まで運んでくれないか?その後、ルーブル王に状況を伝えてほしい」

「う、うん。わかった」

「頼む」

 そう言うと、アイシャは再びエターナルを背負う。

「ま、お待ちください!」

 あわてて声を変えるのは提督だ。

「な、何をされるおつもりか!?」

「私が船まで行って、彼らを留めておく。その間、攻撃は待ってもらいたい」

「留める!?」

 提督が叫んで、肩をすくめる。

「留めるですと!?あの軍船を!?勇者様お一人で!?」

 それは不可能だ。提督の言葉に、海兵たちも不安げに頷く。

 軍船一隻にいったい何人の人間が乗っていると思っていると思っているのか。それに、それが何隻もあるとなれば、一人で食い止めるなど不可能以外の何物でもない。

 だが、アイシャの目には確かな自信があった。

「……私の見立てでは、おそらくあの船で操られている者たちは、ほとんど具体的な命令を受けていないはずです。その状態であれば、拘束しておくことは難しくない」

「いや……!なんでそんなことが言えるのですか!?」

 提督の問いに、アイシャは微笑んだ。今この場にはあまり似合わない、少女のような笑顔だ。いや、これが彼女本来の笑顔なのだろうが。


「今、「魔女」を、私が最も信頼する男が食い止めています」


 提督とラダムはその人物に心当たりがあった。今この場にいない、彼女のもう一人の仲間だろう。


「私は彼を信じているだけですよ。――――――それに」


 次に、アイシャは甲板にいる全員を見回す。


「皆さんは国を守るために、仲間とも戦う覚悟をお持ちでしょう」


 そして、聖剣を甲板に立て、彼女は胸を張った。


「私にも覚悟があります。「勇者」として、仲間同士で殺し合いなど、決してさせない、そういう覚悟がね」


 彼女の刻印が光り輝く。その言葉に、反論できる者は、誰一人いなかった。


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