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「魔女」の企み その7

「うおわああああああああああああああああ!」


 流されるケイトスの頭に必死にしがみついていた蓮は、何とか海に落ちずに済んだ。だが、距離を取ったことでようやく全貌の見える生物の頭部分に、驚きは隠せなかった。

「おいおい、もう完全にゴ●ラじゃねえか……!」


 水中で泳いでいるためか、頭しか顔を出していないが、それでも十分すぎる大きさだということはわかる。少なくとも先ほどの巨大ダコよりもはるかに大きいだろう。


「……ふふふ。あーっはっはっはっはっはっ!」

 スキュレーのけたたましい笑い声が海にこだました。声のする方を見やると、それは巨大な怪獣の頭の上だ。いつの間にやら、背びれにもたれて立っている。


「とくと見なさい!恐れなさい!これが新たなる海の支配者、大海魔ダムジャルクよ!」


 ダムジャルクは彼女の声に呼応するように、再び激しく吠える。そのたびに蓮たちは海に落とされないよう必死だ。

「やはり私の目に狂いはなかったわ。純魚人であるわつぃの父があそこまで変容したのだもの。海魔との混血であるこの子ならと思っていたけれど、想像以上よ!素晴らしいわ!十年前から目をつけていた甲斐があったというもの!」


 スキュレーはすっかり高揚しているのか、こちらのことも見えていないようだった。それだけ、ダムジャルクの変貌が嬉しいのだろう。


「……とはいえ、私たちの悲願であるネプティエへの復讐は、いったん取っておかないとね。カーリー神の憎悪が、これ以上抑えきれそうにないわ……」

 彼女は頭を抱えながら、ダムジャルクの背びれを軽くたたく。ダムジャルクは、ゆっくりと頭を逆方向へと変え、そして進み始めた。


 その方角は、ルーブル本土への方角だ。


「ま、まずい……!」

 アイシャは呟いた。あんなのがルーブル王国に行けば、先のレッドレッド王国の巨竜襲来事件の比ではない大災害となるのは間違いない。それどころか、下手すればほかの同盟国にまで進行するレベルになる。世界中の軍隊を集めて、何とか止められるかどうかの厄災になるだろう。

 勇者としてそれは避けなければならない。アイシャはエターナルと蓮に向き直った。

「……あれを、止めるぞ!」

「え、ええ!あんなの放っておけないわ!」

「……」

 エターナルは同意をしてくれたが、蓮の声が聞こえない。

「……蓮?」

 蓮が見ているのは、遠くなる漆黒の背びれではない。

 自分たちの真下にいる、あの怪物よりは小さい丸クジラだ。

 ケイトスは、目に涙を浮かべていた。

 そして、鳴き出した。

「ボエエエエエエエエエエエエエエ!ボエエエエエエエエエエエエエ!」

 その叫びは、とても悲痛なものだった。

 蓮は、彼の頭の上で、彼の頭を撫でてやる。だが、このクジラは一向に鳴き止まない。

「……そうだよなあ、悲しいよなあ」

 彼にとって、ダムザはたった一人の家族だというのに。それをこんな風に奪われてしまった。

 ケイトスだけではない。

 ダムザ自身だって、ネプティエでつらい経験をしたものの、今は海賊として、自分なりに幸せに、自由に生きていたのに。


 混血児だからと。海魔の血がどうたらと。


 そんな理由で、彼の自由がまた踏みにじられている。


 蓮は優しくケイトスを撫でていたが、その表情は暗い。そして、再びダムジャルクに目を向けた時、その眼光は鋭く、赤く光っていた。


「許せねえよ」


 蓮はケイトスの上に立ち上がり、指の骨を鳴らす。


「絶対にあの女だけは許さねえ」


 そして、蓮はケイトスに呼びかける。

「お前の家族は、絶対取り戻してやるからな」


 蓮にはもはや聞き返すまでもない。アイシャは安心した。安心したところで、どうするかの作戦会議だ。

 とはいえ、時間ももったいないので、方針が決まるまで、ケイトスにダムジャルクを追いかけてもらいながらの作戦会議だが。

「まず、ルーブル王国に飛んで、王様に知らせよう。全速力で飛べば、襲来までには間に合うかもしれない」

「だな」

「最悪、間に合わなければ、私か蓮がどこかで足止めする必要がある。蓮は泳げないから、海の上での戦いは不安だろう」

「ああ。上陸するのが港だろうから、そこで迎撃か」

「な、なあ。おぬしら……」

 水面から着いてきているポシェイドが、声をかけてくる。

「ん?なんだジジイ、いたのかよ。帰っとけよ、ケガすんぞ」

「いや、そうじゃなくての。その……」

 ポシェイドは前を指さしたので、蓮はそちらを見る。


 割と近くまで、ダムジャルクの背びれが迫っていた。

 ルーブル本土はおろか、魔の海域の海賊の島が、ようやく見えるくらいのところだ。

「……あれ?」


 さっきのスピードなら、もっと速く移動していてもおかしくないはずだ。だからこそ、今からエターナルに頼んで飛んで本土まで先回りすることも案にしていたのに。

「なんでこいつ、こんなところにいるんだ……?」

 そして、また、気づいたことが一つ。

「ボエエエエエ、ボエエエエエ!」

 ケイトスが何度も鳴いている。ダムザへの呼びかけだろうか。そう思ったが、答えは違った。


 ダムジャルクの側頭部に、何かが体当たりをしている。それも、蓮達よりもかなりデカい何かだ。

 ダムジャルクの背びれが、大きく揺れている。


「っ!何だっていうの、いきなり!?」


 それだけではない。ダムザの身体がみるみると、上に登っていく。泳いでいるはずのダムジャルクの身体は、いつしか泳ぎが止まっていた。

 もちろん、ダムジャルクが泳ごうとするのを止めたわけではない。スキュレーは、そんな風に彼を操ってはいなかった。

 では、何が起こったのか。


 蓮たちも、気づけば海の上で動きが止まっていた。正確に言うと、ケイトスが泳いでも進まなくなっていた。

 それも当然の話だ。なぜなら、近隣にいた者たちは皆、乗り上げていた。


 突如海から浮かび上がった、小さな島ほどの大きさの何かに。


 その場にいる全員が、何が起こっているのかわからなかったが、ケイトスだけが、喜ぶように「ボエエエエエ♪」と声を上げていた。蓮がちらりと自分たちが乗っかっているそれを見ると、白く、きめ細かい模様がびっしりと広がっている。濡れているそれは、乾けばフワフワの毛のようになるだろう。


 海賊の島で、ダムザが言っていたことを、蓮は思い出した。


「ま、まさか……」

 白い何かはダムザと蓮たちを持ち上げ、さらに高度を増していく。


 正体は、あまりにも巨大なまんまるの白鯨だった。浮上と同時に、ケイトスは喜びの声を上げる。


 唖然としてしまったが、蓮は白鯨の上に降りた。乗り心地はケイトスとほぼ一緒だ。

「……お前が呼んだのか?こいつ」

「ボエエエエエエエ!」

 ケイトスに問いかけると、得意げに吠える。アイシャは、思わず変な笑いが出てしまった。

「す……すごいぞ!これなら……」

「ああ。足止めには十分すぎるぜ」


 ダムジャルクを見やれば、やっとこさ起き上がろうとしている。そして、彼の全体高を、蓮たちは初めて目の当たりにした。

 大きさでいえばレッドレッドで戦ったジャバウォックよりも二回りほど大きい。先ほどの顔も随分と高い位置にあり、何より、漆黒の身体からところどころ青い炎が噴き出している。そして、海魔と化した影響か、魚人らしからぬ二本の太い足が生えていた。

 蓮はダムジャルクの方へ向き直った。

「……おい、お前らは先に本土に行け。もしもの時のために、避難の準備をさせろ」

 蓮の表情は相変わらず険しいが、どこか希望に満ちている感じがした。

「こいつはここで俺が相手しといてやらあ。こんだけ足場がありゃ、何の問題もねえよ」

「蓮……」

「それに、海に落ちても拾ってくれる奴もいるしな」

 ちらり、と下を見ると、ポシェイドとザバンが下で控えていた。

 アイシャはひとしきり考えた。また心配をかけるようなことをするのではないかと、心配になったのだ。だが、蓮の目はまっすぐに、彼女を見つめていた。

「信じてくれ。必ずまた、すぐに会える」


「…………わかった」

 アイシャはエターナルとメローラの二人の手を掴んだ。

「メローラ、こいつから離れるなよ!」

 蓮がメローラに指示を出すと、メローラは頷く。

「じゃあ、エターナル。頼む」

 エターナルの補助魔法で、三人は宙に舞う。

「蓮。……しっかりやってね!」

 エターナルが拳を突き出すと、蓮はそれに拳を当てた。

 それを最後に、三人は空高く飛び上がった。

「!?逃がすか!」

 急に乗り上げてしまい、焦ったスキュレーは、ダムジャルクに命令の声を飛ばす。

 ダムジャルクの身体の青い炎が集まり、腹の内側から徐々に口へと登っていく。

 その口の中の炎が限界まで高まったとき、巨大な青い火炎放射として、空へと放たれる。


 だが、蓮がそんなものを黙って撃たせるわけがない。


 一瞬で跳びあがり、ダムジャルクの下あごを横から蹴り飛ばす。蹴りの衝撃で、頭の向き自体が変わり、ダムジャルクの火炎放射は空の彼方へと飛んでいった。アイシャたちに当たることはなく、そのまま三人は空の果てへと消えていく。

「貴様……!」

 スキュレーが怒りのまなざしを向ける。

「どうした、怒ったか?」

 蓮は白鯨の上に着地すると、右の拳を構える。

「……だったら、もっと怒らせてやるよ」

 右手の甲に、刻印が浮かび上がった。この刻印はメザイアの勇者の証だ。つまり、教会や国よりも、よりメザイアに近いものになる。

 レッドレッドでは、この刻印を使うと、「邪進化」した奴が誘導された事例があった。

 なら、カーリーに意志を乗っ取られている今のこいつらなら?


「メ、メザイアノ、勇者アアアアア……!」


 スキュレーの顔に欠陥が浮かび、牙を剥きだしにする。美しい女の顔なのだろうが、ゆがむあまり顔のバランスが崩れかけている。

 ここまで挑発が効くのなら、それくらいにはこの刻印は役に立つのだし、少しくらい見直してもいいのかもしれない。デザインは不服だが。


「殺ス、殺シテヤルゾ、メザイアアアア……!」


 ダムジャルクが完全にターゲットを蓮に定めた。


 蓮が狙いを定めるのはただ一人、ダムザの上にいるタコ女だけだ。


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