レッドレッド王国にて その2
蓮とエターナルが城下町についたのは、日がとっぷりと暮れたころだった。行く当てもないので、とにかく近くの町を目指そうということで、先ほど蓮の指さした町を目指して歩いていたのだが。
「足痛い!疲れた!おなかすいた!もう一歩も歩けない!」
女神が泣き言を言ったので、蓮が仕方なく彼女を背負う羽目になった。
本当は走ればもっと早く着いたのだが、走ったら走ったで「いやあ!こわい!」とわめくのでゆっくり歩いていたら、このざまである。
「ここは、レッドレッド王国の城下町ね。このあたりだと一番大きな町だわ。というか首都よここ」
「……とりあえず、飯と水だな、あと、寝床」
正直、蓮にとって人ひとり背負って運ぶくらいは特に問題はなかった。問題なのはここまで飲まず食わずで歩いてきたことだった。外からの影響は問題ないのだが、水やら空腹やら、生理的に必要なものがないのはいくら何でも体に堪える。
城下町の壁はなかなかに大きく、町の周囲をぐるりと囲っている。それに、壁の周囲や上の部分からはところどころ兵士であろう人々の姿が見えた。
「……城下町って、やっぱ警備が厳重なんだな」
「そうねえ。……でも、ちょっと厳重すぎな気もするけど。そういうものなのかしら」
「…俺ら、入れるのか?どう見ても怪しい恰好だけどよ」
「お願いするしかないでしょ……野宿なんて私絶対無理だもん」
蓮たちは自分たちの格好を検めて、ため息をついた。
見張りの兵士は、極度の緊張の中にいた。
王国軍兵士になって三年。とんでもない任務についてしまったと思っていた。
自分はドラゴンを迎え撃たねばならないかもしれない。国王が見たというドラゴンが、この城下町を破壊するのを食い止めなければならないのだ。
同じ任務に就いている兵士の何人かは、「ドラゴンなんてそんなばからしい」とまじめにやっていない者もいる。だが、門番を兼任する兵士はとてもこの命令が冗談とは思えなかった。何しろ王直々の命令である。
王は民に嘘をつくような方ではない。むしろ嘘や不正を嫌い、貴族たちの汚職を次々暴き糾弾するような、民にとっては誠実な王だ。
そんな方が、突拍子に「ドラゴンの群れが来るかもしれない」など、おとぎ話のような嘘をつくだろうか?
通常あり得ない話であるからこそ、「王が言った」ことにより兵士の中では「この話が真実である」という結論をより強く信じ込ませていた。
ドラゴンの群れはいた。王は見たのだ。そして、ここに来るかもしれないのだ。
より一層気を引き締めた時、ふいに低い声が兵士の耳に届いた。
「あの…」
声の方を見て、兵士は目を疑った。
ぼろぼろの男女二人組がそこにいた。足を怪我しているのか、女性は男性に背負われている。
男は赤い髪に鋭い目。肌は土埃にまみれ、おまけに裸足ではないか。女性の方も、男性ほどではないが疲れきっている。
さらに兵士が驚いたのは二人の格好だ。男性は肌着であろう姿だったし、女性に至ってはほぼ服を着ていないに等しい。
憔悴しきった二人を見て、兵士の顔色はみるみる赤くなった。
「………大丈夫ですかっ!?」
兵士はものすごい剣幕で二人に詰め寄った。
「何か大変な目に遭われたんですか!?ゴブリンか、盗賊か……あ、いや、言いたくないなら結構です。思い出したくもないでしょうから」
言いながら兵士は背中の女性に支給品の外套を差しだした。「とりあえずこれを着てください」と言い、羽織らせる。
「町に行ったら、教会に行くと良いでしょう。事情を話せば、そこで衣服や食料を提供してくださるはずです」
「あっ、はい」
「辛かったでしょう。もう、大丈夫ですよ」
兵士は安心させるよう、精いっぱいの笑顔で二人を門へと招き入れた。
人を励ますための、優しい笑顔だった。