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「魔女」の企み その3

勇者が二度目の海域への飛行を始めてすぐに、キュレーは本性を現した。あの女は、秘密裏にほかの島の守とも接触していたことは、ラウタが彼女を問い詰めた時に彼女が言ったことだ。

 きっかけは、港を襲撃した海賊たちが、早々に島から放流されたことだった。

放流とは、身動きが取れない状態で海へと放り出されることで、言ってしまえば極刑だ。彼らの拘留を担当していた兵士は、キュレーに命じられて放流したと言っていた。当然、ラウタはそんなことは知らなかった。海賊には、情報の出所を聞き出さねばならなかったからだ。

「どうしてそんな勝手な指示を出した!」

 ラウタはキュレーを糾弾した。そして、その場にはラダムも、状況の証人として同席していた。

「あの海賊たちから、どうしてあのタイミングで島を襲ったのかを、知ることができなかったではないか!」

 叫ぶラウタに対し、キュレーは答えない。それどころか、まるで心ここにあらず、という感じだった。

「……いいや、ここまでの状況が物語っているな、もう」

 ラウタはキュレーの顔を見る。


「お前だな?あの時、海賊たちが侵入できるように手引きをしたのは」


 キュレーはその質問にも、一切口を開かなかった。

「どうした?言い分があるならば、聞いてはやるぞ」

 キュレーはまだ黙り続いていたが、彼女の放つ重圧はすさまじかった。座していたラダムも、糾弾しているはずのラウタも、どこか気おされるものだった。

 やがて、キュレーはようやく口を開いた。

「…………だって、仕方なかったのですわ」

 ぶわっと、彼女から強い異臭がした。まるで海の中のような、強い磯の匂いだ。


「我慢できない。人間の殺し合いが欲しいと、言うんですもの」


 座っていた彼女の背中から、突如として、黒い何かが飛び出した。

「あの勇者たちが、邪魔をしたせいで、全然満足してはいただけなかったのだけど」


 黒い何かは、まるでタコの触手のようであった。異なるのは、タコのような吸盤が付いておらず、人間の胴回りくらいの太さで、漆黒の中に艶のある、自由自在に動く鞭のようであった。

そんな触手が、背中から四本。そのうちの一本がラウタを打ちのめした。巨大な質量の殴打に、ラウタはその場に倒れ伏す。

「父上っ!」

 叫ぶラダムの目の前に、触手が突き刺さった。ラダムは思わず動きを止める。

「わざわざ自分から遠くに行ってくれるなんて、本当になんて幸運なんでしょう。まあ、もともと私も人助けをした結果だから、巡り巡るということなのかもしれないわね」

 キュレーはうわごとのように呟きながら、ラウタの顔をまじまじと眺める。

「……私は、あなたたちに恨みはないのよ。本当よ?興味もなかったもの」

 そして、キュレーは口布を外した。その布に隠されていたものを見て、ラダムは戦慄した。


 彼女の口の中で、先ほどの黒い触手をもっと小さくしたものが無数にうごめいている。それは、口の中から這い出そうとしているようだった。

 悲鳴が上がりそうになるのを、ラダムは必死でこらえた。

 キュレーはラウタへと顔を近づける。互いの唇が近づいてゆく。だがそれは、決して情欲的でも、ましてや恋情的な光景でもなかった。

 唇と言っても、片や口の中には無数の触手だ。狂気といった方がいい。

 そんな中、正気を保っていたのは、ラウタであった。気絶していた意識が引き戻され、目の前には触手だというのに。

 彼は、気が付いてすぐに、ラダムに向かって叫んだ。

「ラダム!ヨウヤン殿下を連れて本土へ逃げろ!」

 その言葉を叫び、口を開けたとともに、彼の口に黒い触手がなだれ込んでいく。

 ラダムは言葉をきっかけに、立ち上がることができた。すぐに踵を返し、その場から走り去る。

 父の言葉にならない叫びが、遠くから聞こえる。奥歯を噛み締めて走ることしか、ラダムにはできなかった。



「……それで、お前の部屋に行ったんだが、入ることはできなかった」

「え、なんで?」

「特定の奴にしか開けられないようにされてたんだよ。魔法でな」

 おそらく、ヨウヤンとキュレーの二人しか、あの戸は開けられなかった。それで、部屋の外から穴を掘ってヨウヤンの部屋に来たわけだ。


「……それで、キュレーがなんでそんなことを……」

「詳しいことはわからん。だが、ほかの島の守のお付きの連中が、ルーブル本土に攻め込もうとしている、と話しているのだけは聞いたんだよ」

「それだよ、それがわからない!」

 ヨウヤンは叫んだ。

「そんなことして何になる!?島の軍が海軍に勝てるわけないじゃないか!」

 ルーブル王国の軍事力は、首都に構えた海軍を中心としている。四島が結束したとしても、その軍事力は遠く及ばない。宣戦布告をしたところで、返り討ちになるのが目に見えている。

この力のバランスがあるからこそ、この国はバランスを保っているのだ。

 そして、この戦いの真の問題はそこではない。

 本土と島が戦えば、いままで続いていたこの国の形まで大きく変わってしまうことになる。

「そうなんだ。そんなことする理由がわからないんだよ。あの女がルーブルに何か怨恨でもあるのか……」

 怨恨。その言葉にヨウヤンは引っ掛かりを覚えた。

 ついさっきラダムの言っていた言葉と、その理由は矛盾している。


「あなたたちに恨みはない、だよな?」


「ん?」

「さっきお前が言ったことだろ」

 キュレーがラウタに何かをした時に言っていたことだ。それに、海賊の手引きをした件も。


我慢できない。人間の殺し合いが欲しいと、言うんですもの。


「……何者かが、彼女の背後にいるのか?」

 それが、ルーブルを内側から崩壊させようとしているのか。それ以上のことは、推理のしようがない。

「……とにかく、本土に戻って父上にこのことを伝えないといけない」

 ラダムの言葉に、ヨウヤンは頷いた。


 港の漁船は、本土に行きたい旨を伝えると快諾してくれた。いつぞやの勇者のように、危険な海域に行くというわけでもない。それに、島の守の息子であるラダムの頼みならば、無碍にする船乗りはこの島にはいない。念のため、ヨウヤンの顔は隠しておいた。

「それにしても、いきなり軍船が来るもんだからたまげちまいましたよ。軍事訓練でもやるんです?」

「え、ああ」

 ラダムはその質問に答えることはできない。船乗りは、「困るんだよなあ」と、自分の船の何倍も大きな軍船を見上げる。

「砲撃なんぞ撃ちまくられたら、音で魚が逃げちまいますよ」

 ちょっとした嫌味にラダムが困ってしまうと、船乗りは「ああ、冗談ですよ」とはぐらかす。

 とにかく、島から本土へ、二人の少年は無事に逃れた。

 空は不安になるほど、鈍色の雲に覆われていた。

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