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王都叫喚 その5

 巨竜を操っていた個体、ジャバウォックは、今まで自分を包んでいた憎悪の感情が、一気に膨れ上がるのを感じていた。

 倒すべき敵が現れた、という感覚に近い。その方角を見やれば、光り輝く、忌々しい刻印を刻んだ人間がいた。

 あの刻印には、思い当たりがある。ジャバウォックの記憶ではない。自身に取り憑いている者の記憶だ。それは、敗北、憎悪、慟哭といった、負の感情の塊だった。

 負の感情の衝動に突き動かされるまま、ジャバウォックの身体はその人間に向かう。

 高く振り上げた腕を、力任せに振り下ろす。人間の作った建造物はいとも簡単に壊れ去った。

 しかし、ジャバウォックからすれば信じられない光景が、負の感情には見覚えのある光景が、そこにはあった。


 潰したはずの人間は生きていた。

 

 それどころか、翼もないのに空を飛んでいるではないか。

 

(……つくづく、エターナルの強化魔法には驚かされるな。こんな魔法まで使えるとは)

 エターナルの強化魔法、先ほどアルマ戦において受けた者に加えて、今回の空を飛ぶ敵を相手にするということで、彼女がかけてくれた特殊な強化魔法が、「飛行強化」だった。

 翼を持たずとも空中にとどまることを可能とする強化であり、己の意図と合わせて、まるで空に地面があるかのように動くことができる。

「強化のかけ直しは私がするから、アイシャさんはあいつに集中して!」とのことだったので、飛行可能な時間は気にしない。目の前の敵の身に集中する。

 アイシャは気合とともに飛び込み、巨竜の懐へと入り込もうとした。だが、相手は俊敏であり、一息に自分よりも高く飛ぶと、そのまま足で踏みつぶさんとしてくる。

 横に飛んで躱したものの、その一撃で城下町に巨大な穴が開いた。その様子に、地下にいた人たちの顔を思い出し、嫌な予感に顔をしかめる。

(町の上での戦闘はまずい。二次被害が出てしまう)

 そう考えたアイシャは、すぐに巨竜から距離を取り、城壁の方へ飛んだ。

 憎悪に縛られた巨竜は、わき目も降らずについてくる。幸いにも、ほかの巨竜は蓮がすべて落としてくれたため、空にいるのは二人のみ。邪魔者は誰もいない。

 城壁外へ飛び出したところで、アイシャは一気に逆方向へ飛び込んだ。

 それは今まさに巨竜が迫っているところである。長くのばされた腕の下に滑り込み、聖剣を突き刺した。

 巨竜が苦痛の声を上げる。本来ならば、剣を腕に刺されたところでさほどの痛痒に盛らないだろうが、苦痛を上げているのは取り憑いている憎悪だ。勇者による聖剣での攻撃は、虫の一刺しでも大ダメージになる。

 突き刺された聖剣は、そのまま腕を滑るように切り裂いていく。剣を振り切ったその先には、巨竜の頭があった。


 そこで初めて、ジャバウォックは腕を斬りつけた勇者の顔を見た。


 年端も行かない少女であった。白い髪、鱗もない肌には自身の返り血を浴び、だがその眼光は鋭くこちらを睨みつけている。


 確かに強いのは間違いないだろう。このままであれば、自身に取り憑く憎悪はこの女になすすべもなく敗北する。ジャバウォックには確信があった。


 だが、それと同時に、彼の胸中に沸き上がってきたのは、強い「怒り」の感情だった。


 あまりにも不甲斐ない、目の前の敵に敗北戦としている脆弱な憎悪に身体を支配されている「自分自身」への怒りだ。


 何が生態系の頂点だ。


 先日、似たような「小さい者」に精神まで完全に負けておいて。

 今度はこんな小娘に、身体を明け渡しているとはいえ、自分が敗北するというのか。


 竜の誇りにかけて、そんなことは断じて許されない。


 ジャバウォックは、周囲の憎悪を睨みつけた。


「……モウ、良イ。貴様ハ、邪魔ダ…………」


 突如として発せられた巨竜からの言葉に、アイシャは面食らい、後方へと飛び退った。先ほどまでとは雰囲気が明らかに違う。先ほどの言葉も、自分に発せられたものなのか定かではなかった。

 巨竜は依然として、そのまま空中に飛び続けている。


「コレ以上、負ケルコトハ、許サレヌ…………」


「な、何?あれ……!」

 アイシャに強化をかけながら追いかけていたエターナルは、その異様な光景に息をのむ。


 巨竜は、自身にまとわりつく黒い靄を食べ始めた。それと同時に、巨竜の姿がみるみると変わっていく。


 鱗はより強固な装甲へと姿を変え。

 四肢に生える爪はより長く、鋭く、禍々しくなり。

 瞳は先ほどまでの虚ろと異なり、不気味に赤く光りだす。

 さらに、もともと巨大な体躯が、さらに一回りほど大きくなった。


 ひとしきりの変化を遂げたのち、巨竜は咆哮した。


 その咆哮は、今までの憎悪に満ちた巨竜どもの方向とは明らかに異なる。

 竜としての、威厳に満ちていた。

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