異世界とドラゴン その3
消えていく影を眺めていた蓮は、肩で一息をついた。すると、頭に声が再び響きだす。
『………ドラゴン、いなくなった?』
「ああ」
『……あの、本当に大丈夫?』
「大丈夫だろ」
『そうじゃなくて、あの……今からそっちに降臨したいんですけど、襲い掛かったりしない、ですよね………?』
「………場合による」
『意地悪しないでよお!』
いきなりすぎて全く訳が分からなかったが、気づけば先ほどまでの女神とやらへの怒りはすっかり治まっていた。今の投擲は、ストレス解消にはなったようだ。単純な奴だ、と蓮は心の中で自嘲する。
『…じゃあ、降りるからね?ほんとに降りるからね?行くわよ?行くわよ?………………ごめん、やっぱりあと10分待って、怖くなってきた』
「怒らねえからはよ来いやあ!」
『絶対!?絶対だからね!言質取ったからね!』
その叫びの後、金色の空のはるか上から、白い光が降り注ぐ。光はラインを描き、蓮の目の前に着地すると、そのラインに導かれるように「女神」は降りてきた。漫画だったら、「パアアアアア」という効果音がついてそうな光景だ。
透き通るような白い肌に、薄桃の髪。
着る意味ある?と言いたくなる責めた薄さのローブに、淡い桃色の羽衣を纏っている。何より特徴的なのは、額に輝くピンク色の宝石と長くとがった耳だ。
蓮が初めて見た女神の感想は、「俺より薄着じゃん……寒そう」だった。
「紅羽蓮―――私はこの世界の人々の秩序を司る女神エターナルです―――あなたは「勇者」として選ばれたのです――――――」
「おい、そのしゃべり方はもういいって。もうそのキャラは無理だって。逆に今更そんな話し方されても、違和感ひどくて全然頭に入んねえよ」
「あ、そう?」
ケロリと態度を変えると、エターナルはよいしょ、とその辺のがれきに座った。ご丁寧に羽衣をシート代わりにしている。仕草一つ一つからして、女神的要素は全くなかった。
蓮も近くの岩にどかりと座ると、頬杖をついて話を聞く姿勢に入る。
「ええと。じゃあ、なんというか。ここ、異世界。元の世界とは違う。ここまではOK?」
「まあ。明らかに日本じゃねえなってことくらい」
「う、うん。そこまで認識してるんならまあいいか。ここは、「カーレンティア」っていう世界なの」
カーレンティア。自然科学・物理法則的には地球と変わらない惑星で、人間の文明の発達度合いは、地球でいうところの中世くらいだそうだ。
ただし、この世界には魔法があるらしい。
「へえー」
「いや、へえーって……「剣と魔法の世界」よ!?そっちで言うファンタジーよ!?すごーい!とかワクワクするー!とか、そういうのないの!?」
「いきなり連れて来られてワクワクしろとか言われても……それに俺、そーいうのって大してやったことないし……」
「あっれえー?日本人だったら大なり小なり「剣と魔法の世界」に好感触示すって話だったのに………」
首をかしげる女神に対し、蓮はため息をつく。
たぶんこの女神、ダメな奴だ。
言い換えればとんでもない天然だ。絶対詐欺とかに引っかかるタイプ。怒られているのにこんなすっとぼけた対応をしていたら、余計怒られるか呆れるかのどっちかだろう。蓮は後者だ。
「あと、なにも日本人だからって理由だけであなたをこの世界に連れてきたわけじゃないのよ。一応言っておくけど」
「ああ――――、わかってるよ」
「うん。蓮、あなたをこの世界に呼んだ理由は――――」
「それはなんとなくわかってる」
エターナルが話そうとするのを、蓮は制した。
「―――俺が「強い」から、だろ」
「……正直、タイラントドラゴン相手にあそこまでできるとは思ってなかった。こっちの世界でも、ある程度修行が必要かなって思ってたから。でも……」
彼女はちらりと蓮を見る。体つきを見るに、先ほど巨竜相手に大立ち回りを見せた男とは思えなかった。それでも、さっき見た光景は紛れもなく本物だ。それは周囲の荒れた大地が物語っている。
「なあ、ちょっと聞いていいか」
「あっ……何?」
「なんで拉致なんだよ?別に普通に頼めば……たぶん、そんなに怒ったりしなかったのに。何も言わずに勝手に連れて来られたら混乱するし、怒るだろ普通に……」
そこまで言ったところで、蓮は女神の異変に気付いた。
急に、目に涙がにじみ始めた。おまけに体もプルプルと震えだしている。顔は真っ赤になっていた。
まるで、つらい記憶を思い返しているかのようだ。
「……たもん」
「は?」
先ほどとは打って変わって、今度はエターナルのほうが我慢の限界だった。
「私、ちゃんと許可取りに行ったもん!それなのに、あなた寝てて相手にしてくれなかったんじゃない!」