「災い」の調査へ その5
「――――――それで、無理やり二人きりの空間を作った方がいい、と言われてな」
アイシャの回想を受けて、蓮はがっくりとうなだれた。やっぱり、あの女はあらゆる意味で勝てないタイプだ。
それで、わざわざ女神を押しのけて2人用の馬車に入ってきたのか。逃げられないように。こうなったら、もうどうしようもない。完全に蓮の負けだ。
「……悪かったよ。ピーターの件は」
「……そうだろ?だから、彼はぜひ私と一緒に」
「でも、悪いがあいつを連れてくことはできねえよ」
蓮の言葉に、アイシャは意味が分からなかった。
「なっ、どうしてだ?蓮の言っていたことは間違いだったんだろ?」
「もうちょい、慎重に動くべきだった。俺が折れて勝手にやったせいであんなことになっちまったんだ。どんなにきつくても、ピーターが自分で断らないといけなかったんだよ」
蓮は、懐から複数枚の紙を取り出した。
「朝の会議、行く前にアイツに会ってな。もらってきた」
紙は彼からの手紙だった。手渡された紙をアイシャは眺める。
―――――――親愛なる勇者、アイシャ様へ。
この度は、勇者様と一緒に旅をすることはできないことをお伝えするためにこの手紙を書きました。
一緒に旅をすることができない理由として、私には守らなければならない家族がおります。妻と、子どもが二人です。
妻は身体が弱く、子ども二人も幼いのです。私も妻も両親は他界しており、預けるあてもありません。勇者様と一緒に行動するにしても、家族を置いていくことはとてもできません。
もう一つの理由として、これは先ほどの理由にも付随しますが、私が世界を救うことを志としていないからです。
情けのない話ですが、あなたに「私にできることはないか」と答えられたとき、どうしても答えることはできませんでした。
この場を借りて回答をいたしますが、私の得意なことは「汚れ仕事」と「雑用」です。家族を守るためにと、残飯漁りや盗みを働くこともありました。
「災い」が訪れるとき、滅びが訪れると言いますが、私の場合はそんなものが来なくても、すでに家族は滅ぶ寸前となっていました。
家族の食い扶持に加えて妻の病気の薬を買うお金を考えたところ、勇者と名乗り、国から援助をもらうことができればと、先日の勇者の仲間選別に参加いたしました次第です。思えばなんと馬鹿なことをしたのだろうと思いましたが、その時の私はそんなことを考える余裕もありませんでした。
それからのことは、あなたもご覧になっていたでしょう。勇者の仲間を選ぶ選考に参加することとなりました。逃げようと思っても、死罪になるということで逃げることもできませんでした。その後、蓮さんに助けていただき、生き残ることとなりました。
以上のことから、私はあなたと一緒に旅をすることはとてもできません。昨日直接お話しすることができればよかったのですが、蓮さんがこの手紙を渡していただけるということで、改めて私の思いを綴った次第です。
なお、いただいたお金は、蓮さんにお返ししております。また、妻の病気のこともあるため、明日王都を離れ、空気の良い辺境へと移住いたします。
どうか、彼を責めないであげてください。私の気持ちを慮ってしてくれたことです。そして、「災い」を退けること、陰ながら応援しております。
ピーター=グリフィスより――――
ひとしきり読んだ後、アイシャは何も言わずに手紙をしまい込んだ。目からは、一筋の涙が流れている。何の涙なのか、彼女にもわからなかった。
「――――私は、彼を逆に追い詰めていたんだな」
「まあ、金目当てであんなことしたあいつも悪いんだけどな」
「彼に会ったと言っていたな。家族は?」
「元気そうだったよ。あいつ、家族の前だと結構饒舌だったぞ」
「……そんなピーターを、私は見たかったよ」
「あんたには無理だろ。住む世界が違うってよ」
この手紙は蓮が代筆したものだった。ピーターと会った時に、「あいつはたぶん直接言わねえと伝わらないぞ」と、自分の事情を伝えるのに手紙を書くことを提案したのだ。
ただ、ピーターは字がわからなかったので、チート持ちの蓮が彼の言葉を書き起こすことになったのだ。チートのおかげか、普通の口語より多少マシな手紙になったが。蓮が普段使う言葉よりも、勝手に丁寧になっている。
「……まさか、断られるとは思わなかった。私の正しいことは、ほかの人も正しいと、否定されることもないと。思っていたんだけどな」
「一応言っとくけど、お前は悪いわけじゃねえ。お前のやってることは間違いなく正しいんだからよ。ただ、やり方を間違ってんだよ。どいつもこいつも……俺もな」
自分の意志を押し付け続けるのが良いわけではない。伝えられないからと黙っているのも。見かねたからと無理やり決着をつけるのも。
再びしばらくの間互いに黙り込んでいたが、またもアイシャが口を開いた。
「蓮。その………………ごめんなさい」
「……おう」
「思えば、結構ひどい当たりをした気がするな……」
「そう思うなら、今後は勘弁してくれよ」
「もちろんだ。……大事な、仲間だからな」
蓮はふん、と鼻を鳴らした。その様子をみて、アイシャは思わず笑う。
ミネルバの言っていた通りだ。この男、口にするのが相当苦手らしい。だから鼻息やらで照れているのをごまかすのだ。そんな癖を一晩で見抜くとは、プロの娼婦とは大したものだ。
「そういえば、グラブたちともあまり会話をしていないな」
「あの2人か?」
「ああ。それどころじゃなかったから……」
「そういや、エターナルの奴、あいつらと一緒なんだっけか」
そう思った時だった。念話が頭に入り込んでくる。
(蓮、大変よ!あの二人、平原に着いたらお金持って逃げる気だわ!)
せっかく少し緩んだ眉間のしわがまた険しくなる。
(今、私たちにも一緒に逃げないかって話を持ち掛けてきてる!あなたには着いてから話すって……)
(……とりあえず、適当に話合わせとけ)
思わずため息が出た。問題が一つ解決したと思ったらすぐこれだ。全く嫌になる。




