4 SPポーション
カサカサ
草むらに音がして、一体のゴブリンが見えた。
私から逃げるように反対側へと向かって行く。
いわゆるおとりだろうか。
きっと囲い込むつもりだ。
そうわかった上で、アリコスはそれを追ってみる事にした。
ゴブリンはかれこれ47メートルほど走っている。アリコスはもとより深追いするつもりがないので、十分に距離をとって40メートルほどで足を止めた。
「さてさてさて」
小声で呟いた。うまく行くかは五分五分だが、もし前回よりも数が多かった場合、剣だけで相手をするのは危ない道だ。
アリコスはアイテムボックスからSPポーションを出し、あの不味い味を思い出してパンも用意する。
「ふぅ…」
ちょっとの深呼吸をして、もう地面の凹凸に隠れてギリギリ見える程度になったスライムを見ながらSPポーションを飲み干す。
(あーまずい…)
いくら回復したかはわからないが、大きめの魔法弾くらいは打てるだろう。
パンを口に運んだ丁度その時、ゴブリンが右に曲がった。おっと軽く迷ってアリコスもそれに続いて走って行く。
右にでたところは開けた場所だった。モンスター達が強そうな4匹の棍棒を持ったゴブリンを中心に、綺麗に整列している。
30メートルほど先にまでゴブリンは走って行く。
「火矢…」
火矢は無事に形成された。
アリコスは火矢をどんどん打っていく。
中には逃げ出そうとするゴブリンもいたが、こちらも無事に射ることができた。
時には的が小さいせいか外すこともあったが、逆に火を恐れて陣を乱したゴブリンがそれに当たったり、そのゴブリンごとひとつの火矢で2匹も倒すことも2、3度あったので驚いた。
どこまで行けるか試そうかと心の端で決めかねているうちに、モンスターは全部いなくなっていた。
ゴブリンは火を見ると逃げるという性質がわかったので試したが、どうやらこの辺りに伏兵はいないらしい。
最初の対面でスライムが多かった気がしたこともあり、きっとスライムはいないだろうという結論に至った。
もちろん万が一のために剣は手放さない。
今回も数カラットの魔法石をゴブリンの死体から探し当て、知の魔法で取り出して、棍棒が転がっていたのでそれも拾ってアイテムボックスに入れる。
パンの入ったここに入れるのも恐ろしかったが、昨日は以前得た棍棒も同じように入っていると知った上でここに入れたので、割り切ることに決めた。
「ふーー疲れた」
魔力切れは起こしていないらしい。いいことだ。
そしてSPポーションのまずい味を思い出してパンを口に詰め込む。
口に広がっていたうっとする味はパンに挟んであったジャムでだいぶ中和されたが、運動したこともあり喉がかわいている。
「どうなってるかな」
水はペットボトルがそもそも存在しないので、ギリギリまで迷い、大きめの水差しに水をいっぱいに詰めてコップと共にアイテムボックスに入れてきたのだ。
アイテムボックスから水を念じて出してみる。
ビチャビチャビチャ…
手から水が溢れていく。
これは危ないと思って水差しに入った水を念じると、今度はうまくいった。
よかった、中を覗くと3分の4ほどまだ残っている。
ごくごくとおいしくいただいて、薬草取りの作業に戻る事にした。
服の汚れは、「……………」、仕方がない。
………
……
…
迎えがきたのは真昼間のことだった。
パンは入れてきた3切れのうち、2切れを食べ終えた。
パカパカと音がする。
馬のひずめは山間では聞こえてからくるまでにかなりの時間がかかるのでありがたい。
アイテムボックスを使ってゆっくりと用意ができる。ちゃんと着替える時間まであるものだから本当にありがたい。
万全の準備を整えて、薬草も見渡す限り取ってアリコスは、「ここにいるよ」と叫んで迎えを頼む。
「アリコスお嬢様!」
発狂並のセサリーの声がする。
「ここよ!」
アリコスがもう一度叫ぶと、セサリーがこちらをついたのが見えた。セサリー、と声をかけようと息を吸った時、それよりも早くアリコスに近寄ってきた馬が見えた。
「アリコスお嬢様」
うんざりと呆れたような声が聞こえる。
マリコッタだ。
「アリコスお嬢様…はぁ…」
「マリコッタさん…」
手を差し出してくれるわけでもなく、マリコッタは騎乗したままで何度もため息をつく。何を言うか迷っているのだろう、とアリコスは思っていたが、実際マリコッタは何から言うか途方に暮れていた。そしてこう言った。
「帰ってからお話しします」
………
……
…
結局帰ってからは何も言われることはなかった。
夕食どきにさえ、フィオラも口をつぐんでいた。
リドレイの視線は心配そうで、フィオラとアリコスを何度も行き来していたが、目があってもアリコスは何もいえなかった。
ともかく帰ったのは日が暮れる前で、その時レンドーに「ファムリス侯爵様の御子息様がいらしておりますよ。アリコスお嬢様をお待ちしていると、伝言を預かりました」と言われたのだ。
「違うだろ、母さん。別に待ってるわけじゃないって、おっしゃってたろ」
「似たようなもんでしょ」
「ちがうってば」
そしてカイはその時のことを赤裸々に話す。
まず第二倉庫にいたノエタールは、そこを通ったレンドー達に「アリコスは…いや、アリコス嬢はどこに…?」と聞いたらしい。「それが裏山で…」口を滑らせそうになったレンドーをカイが慌てて止めると、ノエタールはキョトンとした表情を慌てて直し、「帰りは遅いのか?」と聞いた。「いえ、今みんな慌てて探してるのですぐ見つかるでしょう」カイが止め方に悩んでいるうちにレンドーが大方話し終えていたのでノエタールを見ると、本のタイトルに目を落として「俺が、ここにいると伝えてくれ」と言ったそうだ。「わかりました、ノエタール様がお待ちしていると、お伝えしておきます」レンドーが普段の要領で復唱するとノエタールは慌てた様子で「いや、決して待っているわけじゃ…なくて、その…。なんだ、だから…とにかく!頼んだからな!」と言って第二倉庫の扉を荒々しく閉じて引きこもってしまったのだそうだ。
ノエタールの様子が目に浮かぶ。
アリコスはレンドーと笑って、「じゃあお夕飯は第二倉庫に行ってからで充分間に合うわね」とセサリーの頷きを確認して向かうのだった。
そうするうちに翌日になっていた。




