決戦
「第四大隊に損害! 陣形を維持出来ませんッ!」
「第七大隊を回らせろ! 予備も含めて全部だッ!」
貴也が目覚めたのは、怒号飛び交う戦場の只中だった。
ロイツの元に次々と報告があがってくるが、そのどれもが悪いものばかり。
三時間前から始まったアラニスとの決戦は、貴也が目覚めた時に直にトドメを差せるようにという当初の思惑に反し、防戦一方の展開になっていた。
「戦況はどうですか?」
悠長に起床の挨拶などしている場合ではないと、すぐに貴也も起き上がり現状の把握に努める。
戦場を一望出来る丘に設営された陣幕の中、ロイツは歯軋りをして標的を見つめていた。
ボードレイドの王城は跡形もなくなっており、かつての城よりも尚巨大な怪物がそこにいる。
大人二人分ほどの太さの触手は二十本にまで増え、廃墟となった街を蹂躙しているのが見えた。
「すまんな勇者どの。
出番はまだ先になりそうだ」
貴也の起床に気付き、だが振り向かずに口から出たロイツの言葉は、多分に焦燥感を含んでいた。
戦線は化け物を押さえ込むことすら難しくなってきており、トドメどころの話ではないのだから。
戦況の悪化を報告する兵は途切れることなく、余裕のないロイツの邪魔をするべきではないと、貴也は自らの目で確かめるべく外へ出た。
旧ボードレイド城に居座る怪物を中心に、周りを囲んでいる山々から間断なく炎や氷が発射されている。
しかしものともしない触手が、木々をなぎ倒し、山を抉って暴れまわる。
「今じゃ!」
仮設司令部であるこの陣幕の前方。
ルーナ中佐が率いる第一大隊の援護に回っていた老婆の合図で、極太の雷撃が地を這うのが見えた。
視認出来るほど強力なそれは、ジグザクの軌跡を描いて触手の一本に直撃する。
直後、風にのって強烈な焦げ臭さと肉の焼ける臭いが貴也にまで届き、真っ黒に焦げた触手が地響きを立てて倒れこんだ。
――だが、歓声一つ起こらない。
彼らはすでに知っている。どうせすぐに回復してしまうのだと。
予想通り、僅か数秒で焦げた表面が剥がれ落ち、赤ピンクの生々しい触手が再び持ち上がった。
ドクンドクンと脈打ちながらのた打ち回るそれが、第一大隊を引き裂かんと天から振り下ろされる。
「はぁッ!!」
力強い気合とともに、蹴りを繰り出して触手を跳ね返すのはエンカの役目だ。
自身の何倍もの大きさのそれを蹴り返し、前線の維持を担う。
そうして出来た時間に、また魔法隊が魔素を練り上げていく……。
これをこの三時間で、いったい何度繰り返していたのだろうか。
士気は下がり続け、反比例して死傷者は増え続けている。
誰の目からみても勝ち目のない、絶望的な戦いであった。
呆然と見続ける貴也に気付き、『少しお願い』とエンカはサハテオに役割を任せて駆け寄ってくる。
衣服は破れ、細かな傷も多く、顔にも疲労が滲んでいる。
だが折れぬ瞳で怪物を見据えるその姿こそ、エンカ・クォルツなのだと貴也は思った。
「起きたのね貴也」
「あぁ。
けど、やはり状況は良くないみたいだな」
共に丘の上から戦況を眺めると、左奥の山間から一際大きな氷柱が浮き上がり、一直線に触手へと突き刺さった。
そこから瞬く間に触手は凍りつき始めるが、全てが凍りきる前に解け始めてしまう。
「火力不足ね。
回復させない為には、初撃で断つしかないんだと思うわ」
そうして触手を減らして、ようやくそこがスタート地点。
それが出来て初めて、剥き出しになった本体へ近づけるようになるのだからとエンカは言う。
だが本体に近づいてそれからどうすれば良いのか。
貴也の剣で、分厚い化け物の肉を切り裂き核まで届くのだろうか。
不安になる貴也の背中をエンカが叩いた。
「ルーインを助けるんでしょ?」
思いのほか強く叩かれた背中を擦り、少し涙目になりながら貴也は頷く。
「あぁ。必ずな」
その言葉に微笑み返すと、苦戦するサハテオが目に入りエンカは駆け出す。
「もう行くわ。
貴也はその時が来るまで待機してなさい。
必ず私達が道を作るから」
走り去るエンカの背中を見ながら、貴也はギュッと拳を握り締める。
ルーインを助けたい、助けると決めたのに、また何も出来ないのかと。
だからいつものように考える。
自分に出来ること、自分にしか思いつかないことを。
そうやって貴也はここまで来たのだから。
考え考え、そうして司令部まで戻ってきた貴也に、ロイツが声をかけた。
「勇者どの」
厳しい表情で座り、貴也にも座るように手で促す。
言われるがままに腰を下ろし、貴也はロイツと向き合った。
ロイツの後ろには、先ほどまではいなかったルーナも控えている。
このままでは埒があかないと、隊の指揮を任せてロイツに相談に来ていたのだ。
「お教え願いたい。
勇者どのが竜を倒した時の技を」
ロイツの言葉にルーナも貴也を見る。
フォルスボアの諜報隊から、貴也達が竜を倒したとの報告を二人は当然聞いていた。
だがどうやって倒したのか、その現場を見たものは誰もいない。
遠くで見たこともないような火柱が立ち昇ったという話もあったが、竜に火が通用しないのは周知の事実で、それがどのようなものだったのか分からなかったのだ。
「私からもお願い致します。
魔術の専門家として魔導軍を束ねる我々でも知らない大魔法を、勇者様は知っておられるのではないですか?」
無論貴也も一度は検討した。
あの火災旋風で化け物の、文字通り息の根を止める方法を。
だがダメだとすぐに思い至る。
あの中にはルーインがいるのだから。
今彼女がどのように呼吸をしているかは不明だが、それでも一帯から酸素がなくなれば、その供給も断たれるのは確実だろう。
「他の方法も試しています。
屈辱ですが援軍も要請しています。
ですが、それを踏まえてもあの怪物に通用するとは思えないのです」
苦々しげにルーナが言う。
国に、そして国が誇る魔導軍の強さに、絶対の自信と誇りを持っていたルーナ。
その力が通用しないことが信じられないとともに、プライドを捨ててでも世界の為にあれを倒さなければと、悲壮の覚悟を持って手を伸ばしているように貴也には見えた。
それでもその手を掴むことは貴也には出来ない。
世界を救うためといえども、それがルーインの犠牲の上になどと許容することは断じて出来ないのだ。
全てを捨てて国に忠誠を尽くす目の前の二人には、そんな甘いことをと斬って捨てられるかもしれない。ふざけるなと怒鳴られるかもしれない。
それでもルーインを失う選択肢は、貴也の中にはないのだから。
「言えない――言いたくないのか。
それは、あの少女のためなのだな?」
低く唸るような声で、ロイツが核心に触れた。
微動だにせず貴也は視線を逸らさない。
「だとしてもッ!
世界を救うためには仕方のない犠牲もあります!」
ロイツの後ろから前のめりになってルーナが叫んだ。
今も軍には死傷者が増え続けている。みな国のため、世界のためと命を惜しまず戦っている。
その状況を打開出来るかもしれない方法があるのに、少女一人の命を惜しんでいる場合なのかと。
「モンモン」
普段の冷静さを失い、もはや怒っているのか泣いているのか分からないルーナをロイツが手で制する。
その視線は貴也を射捕らえたままに。
しばらく険しい顔を崩さずジッと貴也を見ていたロイツだったが、やがて破顔し豪快に笑った。
突然笑い出した上官を、ついにおかしくなったかと訝しむルーナだが、その視線を物ともせずに、再び貴也に向き直ってロイツが言う。
「そうだな!
男には絶対に譲れないものもあるな!」
バンバンと貴也の両肩を叩き、覚悟を決めたかのようにロイツは立ち上がった。
「ただしだ、勇者どの。我々にも譲れないものがある。
ゆえに、今日一日。今日中に倒せなければ、教えてもらうぞ」
その言葉は、今日中に化け物を倒さなければルーインの命は諦めろと言っているのと同義である。
だから貴也は頷くことが出来ない。頭では分かっていても、自分がルーインの命の刻限を決めるなど出来るはずがない。
出来ないが、それでも一日待つと言ってくれたロイツの思いに答えたくて、力強くロイツの目を見つめた。
「――よし。
モンモン、俺も出るぞ!」
「それでは指揮系統が混乱します」
「そんなもの他の誰かにやらせろ!
今は少しでも前線に火力を集中しなければならんのだからな!」
はぁっと深いため息を吐き出しながら、それでもルーナは魔術戦闘用のコートをロイツに羽織わせる。
ロイツは袖に腕を通しながら、遠く暴れまわる化け物を睨んだ。
「今日中に片をつける。
絶対にだ」
「もちろんそのつもりです。
あとモンモンは止めて下さい」
落ち着きを取り戻したルーナは、そうロイツに釘を刺して微笑んだ。
期限は切ったものの、それを待つつもりは毛頭ないと勇んで出陣する二人を頼もしく思い、貴也も次いで陣幕を出る。
外に出れば否が応にも怪物の巨体が目に飛び込んでくる。
それを見据えて『おっしゃッ』と気合を入れたロイツが駆け出していた。
それにルーナも続こうとしたが、陣幕の後方にいる部隊から引き止められる。
「ルーナ中佐。
こちらの準備が整いましたが、このまま始めてもよろしいですか?」
後方にいた部隊の指揮官と思われる男がルーナに指示を求めた。
貴也にはなんのことか分からないが、たいしたことではないとルーナは言い
「問題ありません、始めて下さい。
あまり期待は出来ませんが、借りを返す程度の働きはしてもらいたいものですね」
と部隊の指揮官に告げて、すぐさま自分もロイツの後を追っていった。
今はまだ貴也に出来ることはない。
それをじれったく思いつつ、ロイツの参戦で戦況が変わることを願う貴也。
遠くボードレイドの街を、アラニスだった化け物が、我が物顔で蹂躙していた。




