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アラニス

 勇者だと、自分が勇者であるとポラはそう言った。

 それがどういう意味なのか貴也は分からなかったが、少なくとも胸の中のリュシアナには分かったようだ。

 そしてサハテオにも。


「やっぱりそうなのか。

 お前、アラニスなんだな?」


「どういうことよ!?」


 勇者だと自称するポラから視線を外さず、エンカがサハテオを問い詰める。

 だがそれに答えたのはサハテオではなく森の魔女だった。


「いつからかは知らんが、あやつの中にいる魂はアラニスじゃ」


 それを受けてアハハと笑い、ポラ改めアラニスが訂正する。


「最初からさ。

 魔王を倒して帰って来た時、それはすでにボクだったんだよ」


 どういうことだと貴也の視線がアラニスに問う。

 面倒臭そうに、だが楽しそうにアラニスは答えた。


「あんまりお話は得意じゃないんだけどね。

 こういうのなんだっけ? 冥土の土産って言うんだっけ?

 ボクあげたことないんだよね。あげる前にみんな死んじゃうからさ」


 一層狂気に顔を歪めるアラニス。

 話に聞いていた勇者の姿とはあまりに違うその様に、貴也は困惑を隠せない。

 それはルーインやエンカも同じで、だからこそアラニスから目が離せなくなっていた。


「まぁでも?

 元の身体に聞かれたら教えてあげたくもなっちゃうよね。

 それに君達にはとてもお世話になったわけだし」


 それこそどういう意味かと聞きたい貴也だったが、構わずアラニスは続ける。


「その身体はね、闇の加護。

 つまり負の感情に支配されてしまった魂を浄化する装置みたいなものなんだ」


 言いながらアラニスは貴也を指差した。

 闇の加護持ちを倒せる特性のことを浄化と表現するアラニス。

 それが負の感情であると知った今ならば、なるほど確かに浄化や清めといった言葉が適当かもしれないと思いつつ、貴也は先を促す。


「だからボク達は、加護を持った強大な魔物を殺して殺して殺して殺したさ。

 そうしたらどうなったと思う?」


 そうしたらどうなるか?

 加護持ちは滅されてそれで終わりではないのかと、貴也は仲間達の顔を見るが誰もその続きを知らない。

 それに満足し、アラニスは言った。


「ボクの魂が汚染されていったんだよ。

 少しずつ、すこーしずつね」


 思わず貴也は自分の胸をギュッと握る。

 だが自分の魂が負の感情に汚染されたなどという感覚は、これっぽっちも見当たらない。

 闇の加護を持つ者を倒すことで魂が汚染されるというならば、オーガやインプ。果ては竜までも倒した貴也に影響がないのは理屈に合わないではないか。

 しかしそれも、嘲笑とともにアラニスに否定される。


「アハハ!

 そりゃそうだよ。

 君達が加護持ちを倒した時は、汚染された魂が君を汚染する前に、紫石を通してボクが吸収していたんだからね。

 見たことないかい? 紫石が輝くところをさ」


 貴也とルーインが目を見合わせた。

 あの輝きは危険を知らせるものではなく、負の魂を吸収した時に発せられるものだったのかと。

 思い出してみる、石が輝いた時のことを。

 初めに気づいたのはルディヒアの北にある洞窟前。

 そこでオーガやワーウルフといった加護持ちを倒した時だ。

 そしてそのあと、洞窟内の加護持ちを倒すごとに石は輝き続けていた。

 竜を倒した直後も見たことのないほどの輝きを見せ、それが危険の迫る合図だと思っていた貴也達は警戒したのを覚えている。


 だが最初のコポ村の時はどうだったか?

 加護持ちのオーガを倒した時、その石が輝いたのを見ていない気がする。


 しかし状況を思い出してハッとする。

 あの時ルーインは、なけなしの魔力を使い切ってうつ伏せで倒れていた。

 石に覆いかぶさるように。

 そしてラングドルの時は、医務室で寝ていたのだから見る機会はなかったのだ。


「汚染され続けて、それでも正気を保ちながら戦っていたんだけどね。

 ついに魔王を討ち果たした時、奴から溢れ出た膨大な負の魂をモロに浴びてしまったのが良くなかった。

 それを吸収してしまい、闇の加護に至る寸前にまで高められた魂が、あろうことか自分の身体と反発しはじめちゃったのさ」


 皮肉だろ? と高らかにアラニスが笑う。

 光の加護を持った身体には、闇の加護に至るほどに汚染された魂は存在出来なかったのだ。


「だからさ、ポラを殺して自分の魂をポラに移すことにしたわけ。

 そのころには人間を殺すことに罪悪感を感じないほど、ボクの魂は人に対する憎悪と怒りと嫉妬に侵されていたしね」


 事もなげにそう言うアラニス。

 貴也には、それに対しての怒りよりも悲しみが強く感じられた。

 いったいこの勇者が何をしたというのか?

 人々の為と戦い続けて、その結果自分の体にすら拒絶されるなんて、そんな悲しい結末があっていいものかと。


 だがルーインはそうではなかった。

 どんな理由であれ、自分を拾い育ててくれた師匠。

 その優しくも厳しい姿を思い出し、悲しみよりも怒りに震える。


「出ていって!

 お師匠様を、これ以上辱めないで下さいッ!」


 声を荒げ、瓦礫を投げつけるルーイン。

 愉悦に顔を歪めながら、アラニスはそれを見つめる。


「君には感謝しているよルーイン。

 正直ボクは、抜け殻になった元の身体を持て余していてね」


 勇者の体はボードレイドに転移した時に、人々の目に晒されてしまった。

 そこから噂は各町、各国へと広がるので、安易に処分が出来なくなったのだ。

 そんなことをすれば、世界を敵に回すことになるのだから。

 しかし、ではなぜアラニスの魂がポラに移ったあと、身体をボードレイドに飛ばしたのか。


「それをやったのはボクじゃない、シャーニーだよ。

 倒れているボクを見て、焦って転移させたんだろうね?

 余計なことをと、つい殺しちゃったよ」


 瞬間、風が吹きぬけた。


「ぶち殺してやるッ!」


 声すら置き去りに、サハテオが神速の踏み込みでアラニスに迫る。

 それも一度ではない。

 斬りつけ駆け抜け、刺し貫き下がる。

 星の瞬きのように幾度も剣閃を残しながら、アラニスを中心にしてサハテオが右へ左へと駆ける。

 それを舞い落ちる花びらのようにひらひらと躱し続けて、ついにその剣先をアラニスが捕らえた。


「相変わらず速いけど――速いだけだね」


 そう言って力任せにサハテオを蹴り飛ばし、即座に炎球を放って追撃するアラニス。

 あわや直撃と思われたが、その炎球は嘘のように掻き消える。

 ノゥが風の魔素を操り、酸素濃度を下げることで掻き消したのだ。

 熱は残るが炎は消えるので温度も急激に低下し、サハテオに届く頃には百度前後まで下がっていた。

 炎と酸素の関係を、貴也がノゥに教えることで編み出した技である。


「へぇ?

 風魔法で炎を消すなんて面白いことするね君」


 ノゥは助けてやったぞと得意顔だが、サハテオはそれでも熱いと喚いていた。

 そんな二人のやりとりをよそに、アラニスは話の腰を折られたけれどと軌道修正する。


「そんなわけで元の身体は衆目に晒されてしまってね。

 処分するにも処分しきれなくなっていたわけだよ。

 でも、そこでボクは一計を思いついた。

 その身体に違う魂を入れてしまおうってね」


「なんの為にだ。

 処分出来なくても、放っておけばいいじゃないか」


 貴也が噛み付く。

 そのせいで、何度も死ぬような目に合ってきたのだから。


「それでも良かったんだけど、その時のボクはまだ闇の加護に至れてなくてね。

 負の魂を欲していたんだよ。

 だって、そうすればボクは不死になれるんだから!」


 子供が自分のアイデアをひけらかす様に、さも嬉しそうにアラニスが言う。

 そうして貴也達に加護持ちを倒させ、集めた負の魂で闇の加護へと至ったのだと。

 そこまで聞いて、貴也は剣を構えなおす。

 目の前にいるのはもはやかつての勇者などではない。

 闇の加護を得た魔物なのだと。


「お前は不死じゃない。

 ここで俺達がお前を倒すからだ」


 その貴也の言葉に、エンカとサハテオ、そしてノゥが力強く頷いた。

 これまでの旅を乗り越え、ついには竜すらも倒した貴也達を前に、しかしアラニスは笑う。


「君達ごときでは届かないよ。

 この体にもようやく馴染んで、今は不自由さを感じないんだ。

 もっとも、ここまで死ななかったことには素直に賞賛を送りたいけれどね」


 アラニスにとってはどちらでも良かったのだ。

 貴也が加護持ちを倒し続けて魂を集めてくれるでも、志半ばで勇者の身体と共に死んでしまうでも。

 そう思えば、今まで納得出来なかった様々なことに得心がいく。

 世界でただ一人の勇者を、護衛も付けずにボードレイドを出発させたことも。

 コポ村で援軍の要請を出したのに、フォルスボア軍だけしか来なかったことも。


「さて、土産は堪能してくれたかな?

 君達はもう用済みだ。

 そろそろ終わらせようか」


 不快なまでに口角を吊り上げた笑顔。

 笑顔と呼ぶにはあまりに禍々しいその表情のまま、圧倒的な死の気配を纏うアラニス。

 ただ立っているだけなのに、知らず貴也の足はガクガクと震えだす。


「せいッ!!」


 その恐怖を真っ先に乗り越えたエンカが、先制とばかりに宙を舞っていた。

 そして放たれた渾身の蹴りは、だがアラニスに届く前に氷の壁に阻まれ跳ね返される。


「余計な真似を……」


 その様を見てアラニスが零すが、それが誰に向けたものなのか分からない貴也。

 気付いたのはサハテオだった。


「いつからそこにいやがった!」


 問われ、黒い少女が答える。


「愚問だな。

 私の魂は常にアラニス様と共にある」


 絶氷の魔女、ナコラ・ララ・ラクティがそこにいた。



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