燃えるボードレイド
目を開けると、一面が青空だった。
ガラガラと音を立てて引かれる台車の上で、貴也は起き上がる。
「おはようございます貴也さん」
隣を歩きながら、ルーインが貴也の目覚めに気付く。
「おう、おはようさん。
つうか起きたならさっさと降りろ。重――痛いですごめんなさい」
額に汗を滴らせながら台車を引いていたサハテオが愚痴を言い、それを後ろからノゥに咎められていた。
「今降りるよ」
一度止まった台車から降りつつ、やはりサハテオとノゥの関係性がいまいち掴めない貴也。
隣で苦笑しているエンカも同じようであり、貴也と目が合うと共に笑いが零れた。
「もう少しでボードレイドに到着ですね。
貴也さんが起きていられるうちに着くと思いますよ」
地図と時計を見比べながら少しはしゃいで見えるルーイン。
不穏な噂はあれど、やはり故郷に帰る嬉しさが滲み出ていた。
「やぁっとまともなベッドと食事にありつけそうだ」
感慨深そうに言うサハテオが、再びノゥに咎められる。
柔らかなベッドを欲するのは全員共通の思いだったが、食事に関して一緒くたに文句を付けるとは何事だと。
「すいません……。
お魚を調理したことがなかったものですから……」
一日目に謎の液体を作り出したルーインがしょんぼりと言い、二日目に豪快な生焼け肉を作ったエンカが慰める。
『あ、いやいや美味かった! 美味かったよ』とサハテオが慌ててフォローするも時すでに遅く、三度ノゥの膝蹴りを受けて飛び上がった。
「食べ物なんて胃に入れば一緒よ」
開き直り気味に言うエンカと、
「山の物でしたらちゃんと調理できますから!
本当ですよ? 今度是非作らせて下さい!」
と汚名返上の機会をせがむルーインが対称的である。
「あぁ、楽しみにしてるよ」
貴也はそのように言ってルーインの頬を緩ませ、ボードレイドへの歩みを進める。
もう初夏と言っても過言ではない日差しが眩しい。
遠く見えて来たボードレイドは、陽炎に揺らめいているようであった。
――否、本当に揺らめいていた。
初めは見間違いかと思っていた。
だが近づくにつれ、実際にボードレイドの街が燃えていることがはっきりと見て取れるようになる。
「な、なんで?」
茫然自失になるルーインを叱咤し、歩を早める一行。
草原の中に続く街道を走る。走って走って、そうしてようやく辿り着いたそこで、今度こそルーインは膝をついた。
「街が……」
燃えていた。
家が焼かれ、樹木が炭と化し、世界が赤く染まっている。
「どういうことよ。
魔物にでも攻め込まれたというの?」
脳裏に加護持ちの脅威がチラつく。
ペイランで人を集めたのは、やはり魔物の襲来に備えてだったのだろうか?
比較的被害の少ない道を選び、黒煙を吸い込まないように気をつけながら、王城へと向かう。
見える分には王城までは炎は広がっていない。
街に人影が見えないのは、恐らく城へと避難したのだろうと、そう誰もが思った。
だが、サハテオは拭い切れない違和感に襲われる。
「おかしいだろ」
街に入った瞬間から感じていたそれは、やがて確信へと至り口から零れた。
貴也にはサハテオに何が見えているのか分からなかったが、エンカもそれに気付き、困惑とともに吐き出す。
「どこにも人がいないわ。
死体も、怪我人も、逃げ遅れた人も、戦った痕跡がどこにもないのよ」
煙に追われ、口をローブの裾で塞ぎながら、ルーインが希望的観測を述べた。
「早くから敵襲を察知して、早めにお城に避難したんじゃないでしょうか?」
だとしても、と貴也は思う。
戦いがあった痕も、破壊された痕跡もなく、ただ燃やした。
まるで、始めから誰もいない街がただ燃やされただけだという印象を受けるのだ。
しかしいったい何のために?
不可解な状況に、ぽつりとノゥが呟く。
「火葬」
貴也は振り返り、後ろのノゥと目が合う。
火葬?
言わずもがな遺体を焼却して骨にして弔うことだが、この状況がそれだとノゥは言うのだ。
遺体のないこの状況で、それがどういう意味なのかと問いたい貴也だったが
「とにかくお城へ行ってみましょう。
そうすればこの不可解な状況の意味も分かるでしょう」
というエンカの言葉に従ったほうが早いなと、城へと急ぐことにした。
だが貴也にも強烈な違和感が生まれていた。
サハテオとエンカが察知した異常。それを貴也とルーインが感じなかったことに。
城内は予想に反して、いや、どこか貴也が思っていた通りに人影がなかった。
火の手は回っていないものの、衛兵も避難したと思われる街の人達もどこにもおらず、ただ静寂だけがあった。
ことここに至るとその異常さは決定的なものとなり、もはや口を開こうというものすらいない。
緊張に張り詰めた空気の中を、ただ謁見の間へ向かって進む。
そこはいつか貴也が通った道であり、おぼろげながらに思い出しつつ、震えるルーインの手を掴んだ。
あの時もルーインは震えていたなと、それだけが貴也の記憶の片隅に残っていた。
赤い絨毯の上を進み、豪華な装飾が施された扉を開く。
無論、常であれば許可もなく謁見の間に踏み入るなど許されることではないのだろうが、それを咎めるものは誰もいない。
ギギギと重い音を立てて扉が開かれた時、貴也の脇を通ってノゥが走り出した。
「ばぁ!!」
ウィッチハットは被っていないが、忘れもしないあの姿。
だが記憶に残る憎たらしくも憎めないあの笑顔はそこにはなく、森の魔女は床に突っ伏していた。
「ばぁちゃん!」
思わず貴也も駆け出す。
なぜ魔女がここにいるのか?
なぜ床に倒れているのか?
その疑問に答えられる人間が、玉座の上で笑いながらこちらを見た。
「お……師匠……様……?」
二つ名である紫石の杖は持たず、不敵に笑う大魔術師ポラ・シーオ・マハオである。
「お願い!」
目の前の光景がなんなのか理解出来ず、その場で立ち尽くしてしまうルーインの袖を強く引き、ノゥが叫んでいた。
あまり感情を表に出さないノゥだが、涙を溢れさせて必死に懇願する。
その姿にようやく我を取り戻し、ルーインは魔女の元へと駆けた。
即座に手から淡い光を放ち、魔女へとむけるルーイン。
「ごほっ!」
すると息を吹き返したかのように一つ咳き込み、魔女の意識が戻った。
「へぇ?
まだ息があったとは驚きだね」
酷く底冷えのする声が響く。
微かにしか覚えていない貴也はもちろん、幼い頃から知っている筈のルーインですら、その声を発したのがポラであると気付くまでにやや時間を要した。
それほどまでに彼は変容を遂げていたのだ。
「貴方がやったのね?」
魔女とノゥを庇うように立ったエンカが、最終確認だと言わんばかりの殺気を放ちつつポラに向かう。
だがポラはそんなエンカには構わず、サハテオを見る。
「懐かしいねサハテオ。
大切な人を失って、まだ惨めったらしく生きているとは思わなかったよ」
貴也は、いや貴也だけでなくエンカやルーインも、その言葉でサハテオがすぐに飛び掛るものだと思っていた。
――だが動かない。
サハテオは石になったように微動だにしないのだ。
「お、お師匠様?
いったいどうしたんですか……?」
記憶の中のポラと今の姿が結びつかず、恐る恐るとルーインが訊ねた。
その横で、先ほどまで死んだと思っていた魔女が立ち上がるのを見て、ポラは嬉しそうに口を三日月に歪める。
「確かに殺した筈だったんだけどね。
ルーイン、君の治癒は、あのシャーニーですら届かなかった蘇生の領域にまで至っているのかもしれないよ?」
言われた意味はいまいち理解出来ないが、ようやくルーインは違和感の正体に気付いた。
声に込められる感情よりも、明らかに以前のポラと違うその口調に。
「あなたは誰ですか?」
問いただすルーインを見ながら、貴也は未だ動けないでいた。
先ほどから心の中で、リュシアナが激しくざわついていたから。
『そんな……あり得ない……』
ある者は呆然とし、ある者は殺気を纏い身構え、ある者は混乱のただ中にいる。
その状況の中で、突如炎の球体がポラに向けて放たれた。
「全員逃げよっ!!」
魔女であった。
一瞬で炎に包まれたポラだが、しかし業炎の中から笑い声がしたかと思った瞬間、雷が迸り、魔女の横を掠めた。
間一髪でエンカが魔女を押し倒して避けたが、雷がそのまま外壁を突き破るほどの威力をもっていたことに驚愕する。
ボフッと風を巻き上げてポラが腕を払い、彼を包んでいた炎は何事もなかったかのように掻き消える。
そして炭を払うかのように衣服を整え、ポラは平然と言ってのけた。
「逃げられると思うのかい? 勇者の前から」




