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旅立ち

 この世界の魔王はすでに討伐されている。

 だが世が平穏になるのはまだ先の話で、残った魔物の残党を処理していかなければならない。

 とりわけ魔王の元で絶大な力を誇っていたような大物はその存在の核となるコアが闇の加護を受けており、通常の人間には倒すことが出来たとしても滅することは不可能である。

 それを滅することが可能な人間、光の加護を受けた「勇者」は魔王との戦い以降魂だけが抜け出してしまい抜け殻の身体だけの存在になってしまっている。

 そこで『魂降ろし』という秘術を用いて他者の魂を勇者の身体に癒着させ、勇者というシステムを機能させようという試みが今現在の状況なのだ。


「もっとも勇者の身体ではあるけどその力をなにひとつ行使出来ないみたいだから戦闘力は皆無。

 みんなが頑張って魔物を動けなくしたあとでトドメだけ刺すというなんとも情けない役回りってことらしいけどな」


 自嘲気味な貴也の声が晴天の空に溶けていく。

 夢の中の異世界ではあるが、空は現実世界とたいして変わらない。

 1つの太陽は燦々と輝き、真っ青な空にところどころ白い雲がトッピングされていた。


「そんな身も蓋もない言い方しなくても……。

 勇者の力を使えるのは今はアラニスさんだけなんですから自信を持ってくださいよぉ」


 隣を歩くルーインが力なくフォローをいれる。

 アラニスという名前は身体の持ち主である本来の勇者の名前であるが、貴也は外ではその名前を使うように言われていた。

 理由としては勇者の魂が抜け出してしまっているという事実はまだ伏せられており、先日執り行われた歓迎式典に列席した各国の重鎮と関係者しかまだ知らないことなのだ。

 それが一般の人々に知れ渡れば、必然動揺や混乱が生まれることが予想されたので勇者は健在であると宣伝する効果を狙ってのことである。


 辺境の国ボードレイドを出発して街道を西に進む。

 目指すべき場所は『魔導王国フォルスボア』。

 魔物の残党が徒党を組んでフォルスボア方面へ向かっているとの情報があり、そこに加護持ちの魔物が混ざっている可能性があるらしい。


 そんな危険地帯へ向かうにも関わらず


「なんで二人旅なんだ?」


 ボソリと貴也がこぼした。

 しかしそう思うのも無理はない。

 加護持ちを倒せる唯一の存在で、世界にとって重要な人間の筈である。

 しかも本人に戦闘能力が備わっておらず、下手をしたらフォルスボアに到着するまえに野良の魔物にやられてのたれ死ぬ可能性すらある。

 最低でも大魔術師と言われるポラを同行させるなり、腕利きの4~5人でもつけるべきだろう。


 隣のルーインを観察する。

 魂降ろしの術の影響がいつ出るか分からないので、そのあたりをフォローするべく同行しているとの話だが


「ひょっとしてルーインってめちゃめちゃ強かったりする?」


「ひぇぇ!?そんなわけないじゃないですか!

 私が使えるのなんて回復系や補助系の魔法だけですよ」


「だよなぁ……」


 予想通りの答えに落胆する。

 だが、そういえば__と貴也は考えた。

 あまりにリアリティのある世界なのでこれが現実だと思いがちになるが、これは夢なのだった。

 ならば自分の深層心理の活躍したい願望が、その活躍を阻むモブの存在を排除した結果がこれなのかもしれない。

 戦闘能力が皆無といってもそれはスペックの話。

 自分の夢の中での主人公は間違いなく自分なのだから、きっといざ戦闘になれば思いもよらぬ力を発揮して魔物を倒せるのかもしれない。

 そうに違いない。そうじゃなければ困る。


 ある種の現実逃避的夢想だったが、それがただの空想かどうかを試す機会は早々に訪れた。

 街道を歩くこと20分。

 人の気配の薄くなった森の側、それは突如森を割って現れた。


「あ、あれはなんだ!?おいルーイン!」


 額から湾曲した角の生えたイノシシ。

 それが最初の印象だった。

 ただし貴也の知るイノシシより3倍はあろうかという巨体であるが。


「バ、バーバボアです!

 この辺りには棲息していない筈ですが」


「目の前にいるじゃないか!

 で、あいつは強いのか弱いのか!?」


 こちらを獲物と見定めたのか二度三度蹄で地面を引っかいてから、猛然とこちらに駆けて来るバーバボア。


「無理です!」


 目前まで迫った巨体を見上げながら『酷い答えもあったもんだ』と貴也は思った。


「__ぐはッ」


 咄嗟に盾を構えたため額の角で串刺しという最悪の結末は免れたものの、巨体の突撃力は受け流せるものではなく貴也の体は宙に舞った。

 舞ったものは当然落ちてくる。

 貴也は思わず目を瞑るが、地面に叩きつけられる衝撃のないまま体は無事に着地した。


「体を一時的に羽のように軽くする魔法です!

 それより腕を見せて下さい!」


 ダラリと垂れ下がった左腕。

 傍目にみても折れている、いやそれ以上のダメージを負っていることは明らかだった。

 すぐさまルーインが治癒魔法をかけ始める。

 しかし貴也の目には、再び目前まで突進してきているバーバボアの姿が映っていた。


「くっそがッ!!」


 右腕でルーインを抱え横に飛び退く。

 そのまま左腕を下にして倒れこんでしまったため激痛がはしる。


「ぐあぁぁッッ!!」


「大丈夫ですか!?」


「ダメだこれ痛ってぇぇぇ!!」


 治癒魔法は継続してかけられ続けているが全快まではほど遠く、まだ動かすことすら適わない。

 だがバーバボアは容赦なく3度目の突撃に向けて蹄で地面を蹴り上げる。


(夢だよな!?本当に夢でいいんだよな!?すげぇ痛いけど夢なんだよな!?)


 突進してくる絶望の、その恐怖をごまかすために必死に自分に言い聞かせる貴也。

 この苦境を脱する手がかりをなにも見出せず、諦めかけたその時だった。

 自分達とバーバボアの間にチャイナドレス風の女が割って入ったのは。


「本当に勇者アラニスではないのね、あなた」


 聞き覚えのある声。

 先日の歓迎式典での一幕がフラッシュバックする。


「あの時の……」


 貴也の声は直後の破裂音にかき消された。

 風斬り音とともに空中に弾け飛んだバーバボアの角が、激しく回転しながら目の前の地面に突き刺さる。

 ズブリ、と血しぶきと共にバーバボアの額から右腕を引き抜き女が振り返る。


「私はエンカ・クォルツ。

 いいから私も連れて行きなさい」


 背後でバーバボアの巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。


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