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エンカ・クォルツ

 チャイナドレスの様な服装で格闘技を使い、貴也とルーインが手も足も出なかった魔物バーバボアを一撃の下に屠ったエンカ・クォルツは、街道沿いの泉で返り血を洗い流していた。

 その間、貴也とルーインは少し離れた木陰に腰を下ろし、緊急会議を行っている。

 議題はもちろんエンカ・クォルツについてだ。


「アラニスさんのお知り合いですか?」


 ルーインも会ってるだろと言いかけて引っ込める。

 あの時のルーインはオルソーとやらで意識があったのかどうかも怪しい。

 それを思い出させるのは彼女の職務怠慢を突きつけるのと同義。

 先ほどから休みなく治癒魔法をかけ続けてくれているルーインを傷つけるのは忍びない。


「あぁ、ちょっとな。

 でも詳しい素性は知らないし、なんでついて来たがるのかも見当もつかない」


 左腕に当て続けられている治癒魔法の淡い光は、いつのまにやら随分と小さくなっている。

 ルーイン曰く魔力が尽きかけているらしい。

 幸い骨は元通りになり痛みも擦りむいた程度の痛みしか残っていないが、どうやらこのまま完治とはいかないようだ。

 皮膚がまだところどころ蚯蚓腫れのようになっている。


「エンカ・クォルツ……。

 エンカ、という名前に心当たりはないのですがクォルツには心当たりがあります。

 それにあの武術。もしかしたら――」


「そう、勇傑の7人の一人『竜殺の拳』レスタシア・クォルツは私の姉よ」


 ついでに髪も洗ったのか長い黒髪を束ねて握り、水を絞りながらエンカが歩み寄る。

 勇傑の7人の妹。

 それならばあの歓迎式典に居たのも納得できると貴也は思った。

 だがポラは言っていた。勇傑の7人は自分以外消息不明だと。

 つまりエンカの姉もまた__


 初めてエンカと会った日。

 歓迎式典の夜のことを貴也は思い返した。

 あの日唐突に現れた彼女は、ポラの姿を認めるとすぐに立ち去った。

 怒りを宿した瞳でポラを射抜いた後で。


 あの瞳には、姉を見捨てて逃げ帰ってきた男に対する怨嗟の念が込められていたのだろう。

 それが筋違いと解りつつも。


「もう一度言うわ。私も連れていって。

 姉を……レスタシア姉さんを探したいのよ」


「やはりご家族にも行方は分かっていないんですね……」


 ルーインの表情が翳る。

 治癒魔法の光も完全に失われており、貴也は『もういいよ』とジェスチャーで伝える。


「お姉さんを探したいという理由は分かった。

 けど君は相当な腕を持っているだろう?

 さっき見た通り俺達は戦いなんてまったく出来ないから、旅をするなら足手まといじゃないか?

 それなのになぜ同行したいんだ?」


「そうね。

 期待はしていなかったけど、まさかあそこまで弱いとは思わなかったわ」


「ぐっ……。

 事実だけどもう少し言い方」


 フンッと頭を振るとつられて黒髪が舞った。

 水気は大分抜けたらしい。


「勇者じゃなければ入れない場所、行けないところというのがあるのよ。

 各国が厳重に管理しているようなところね。

 それに勇者の名前につられて情報も集まるでしょうし、あなたの近くにいるのが一番効率的なのよ」


 もっともな考えだった。

 広い世界を闇雲に探すよりもよほど近道だろう。


 貴也はルーインを見る。

 彼自信の気持ちはすでに決まっていたが、同行者であり恐らく監督者でもあるルーインの意見は尊重しなければならない。

 それを察し、ルーインは笑顔で応える。

 これで決まりだ。

 立ち上がり貴也は手を差し出した。


「これからよろしく、エンカ」


 握手を求めたつもりだったがそれには応じられず、小さく「よろしく」とだけ返ってきた。


 


 エンカを加えた3人の道のりは順調だった。

 初の本格的な戦闘で、戦えるものがいない上に頼みの回復役も魔力が尽きるという絶望的な状況に追い込まれはしたが、願っても無い戦力を加えることができたことで心にも余裕が生まれていた。


 しばらく歩いたところで別れ道。

 目指すは魔導王国フォルスボアだが、すでに日も落ちかけており今日は近くの村で休もうというのはルーインの提案である。

 その為ここで一度道を外れ、コポという小さな村に向うことにした。


 遠めに見れば勇者と美女と美少女という華やかなパーティーだが、あの後エンカは誰とも口をきいていない。

 もとから無愛想なのかもしれないし貴也に気があって接触してきたわけではないのだから簡単に打ち解けるとも思ってなかったが、あまりにも距離感がある。

 この旅が、この夢が、あとどれくらい続くのか。

 それは貴也本人にもまったく予想のつかないことではあるが、少なくとも打ち解ける努力はするべきだと会話の糸口を探していた。


 日もほとんど沈み、遠くコポ村の明かりが視認出来る距離まで近づいたころ。

 不意にエンカが口を開いた。


「さっきの魔物、バーバボア。

 なんであんなところにいたのかしら」


 それは独り言のようで、実際そうなのだろうとは思ったがせっかくエンカが口を開いたのだ。

 なんとかそれを会話に結び付けたいと、バーバボアの生態を知りもしないがとにかく話を広げるためにあれやこれやと推測を並べ立てる。


「誰かが連れてきたんじゃないか?」


「あり得ないわね。人の言うことを聞くような大人しい魔物じゃないわ」


「じゃあ迷子とか?」


「それこそあり得ない。あいつが棲息しているのはここから遥か南の砂漠の向こうよ」


「そういやルーインもこの辺りにはいないとか言ってたよな」


「はい。あんな危険な魔物はこの辺りにはいない筈ですから」


「考えても仕方ないわね。どうせ魔物のことなんてわかりっこないんだから。

 それより着いたわよ。

 私は宿をとって休ませてもらうわ。村にいる時まで団体行動する意味もないでしょう」


 そう言って振り返りもせずスタスタと軽やかにエンカは村の奥へと消えていく。

 今の会話では親睦を深める効果は薄かったようだと肩を落としつつ、二人も宿探しを始めることにした。


 コポ村は背後を広大な森に囲まれた小さな村で、もっぱら農業と牧畜で生計を立てている。

 観光資源には乏しく、年間を通しても村を訪れる外の人間は50に満たない。

 そんな村で宿屋の需要が高いわけもなく、村唯一の宿屋となれば再会するのは必然であった。

 せっかくだからと食事に誘ってはみたが袖にされてしまい、あまり意味のないことではあったが。


 食事のあと、貴也は部屋でルーインに左腕を診てもらう。

 今思い返しても、あの盾がなければ即死。どんなに運がよくても左腕は身体と離れ離れになっていただろう。

 勇者の代行者として勇者の装備をそっくり使わせてもらっていたことが功を奏した。


「まだ痛みますか?」


「いや、もう痛みはほとんどない。

 見た目がちょっとあれだけどな」


「すいません。私の力が足りないばかりに……」


「いやいや、ルーインには助けてもらってるぞ。

 こっちこそ勇者の身体を使わせてもらっているのに何の役にもたたなくてすまない」


「いえいえいえ、それこそ恐れ多いです。

 ――でも、エンカさん凄かったですね。

 あのバーバボアを一撃で倒してしまうなんて」


「だなぁ。

 姉ちゃんの、なんだっけ?竜殺し?」


「竜殺の拳ですか?」


「そうそれ。

 勇傑の7人なんだろ?やっぱり強かったのかな」


「凄く強いらしいですよ。

 その二つ名も実際に竜を素手で倒した逸話からついたそうですから」


「ほんとかよ……」


「仲良くなれるといいですね。

 それにお姉さんも」


「ん。そうだな」


 会話がひと段落したところでルーインが立ち上がる。


「今日はもう魔力がないので治癒は出来ませんが、回復次第すぐに治癒を再開しますね。

 明日中に治せればきっと痕も残らず綺麗に消えると思いますし」


「そっか、ありがとう。

 まぁ俺の身体じゃないんだけど、いつか本人に返す時傷物ってのも悪いしな」


「ふふ。そうですね。

 それにひょっとしたら向こうの世界にある本来の身体にも影響が出てしまうかもしれませんし」


「ん?そうなの?」


「お師匠様に聞いたことがあります。

 幻術学の考え方では魂の形が人の形を作るんだって。

 幻術の炎でもそれが本物の炎だと魂が認識してしまうと火傷を負うことがある。

 だからアラニスさんの魂が怪我をしたと思うと、その魂に繋がっている身体も怪我をする。

 そういうこともあるかもしれません」


 しかし貴也はこれが夢だと認識している。

 だからそんな心配はないだろうとぼんやり聞き流す。


「もうこんな時間ですね。

 私はそろそろ部屋に戻りますね」


「あぁ、おやすみ」


 柔らかく笑みを浮かべて、そしてルーインは部屋をあとにした。

 ベッドに腰掛、窓から空を見上げる。


 __と、突然それはきた。


 ぐるりと世界が回る感覚。

 覚えがある。この前と同じだ。


(あぁ、起きるのか。もう少しエンカと仲良くなりたかったな)


 そして意識はぷつりと途切れた。



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