闘技場
パーズィーで過ごす二日目の夕刻。
貴也達は闘技場へと向っていた。
貴也が眠っている間、三人は町で引き続きエンカの姉の消息を辿っていた。
だが、やはりそう簡単ではないらしく、日に日にエンカの顔が曇っていくようである。
そんな折、まだ確証はないが希望の見える情報が一つだけあった。
それは兼ねてより訪れるつもりだった闘技場。
そこで連戦連勝を続ける謎の闘士の話である。
「昨夜酒場でおっさん達が話していた闘士のことだろうけど、謎の……?」
貴也が正しくエンカの言いたかった部分に触れ、エンカは『そこよ』と勢い良く人差し指を向ける。
「不必要に全身を覆う甲冑を身につけているらしいわ。
まるで素性がばれないようにしているかのようにね」
「そりゃまた怪しいな。
じゃあ、誰もその闘士の素性を知らないのか?」
「さすがに主催者の方なら知っているんじゃないでしょうか」
ルーインが最もな意見で割って入る。
賭け闘技場の主催者なら、連戦連勝の人間の素性くらい知っているだろう。
むしろ、主催者側がどこからか連れてきた人間である可能性のほうが高いと貴也も思い至り、コクリと頷いて同意を示した。
「だけど聞いたところで教えてくれるとは思えないわね。
わざわざ隠すくらいなのだから」
「だな。でもなぜ隠すのか……。
本人の希望という線もあるが、顔が知られていて、素性がばれると賭けが成立しない人物、という可能性もあるよな」
エンカの姉、『竜殺の拳・レスタシア・クォルツ』であれば、その条件に見事に合致する。
期待半分、恐れ半分のエンカ。期待しすぎてハズレだった時が怖いのだろうと貴也は察し、手で肩を叩いてやる。
若干ぎこちない笑みを返したエンカを連れ、四人は闘技場の中へと吸い込まれていった。
仕事帰りの男達が酒を片手に、観光に訪れたどこかの町の富豪が従者を連れて。
様々な人々が同じ目的を持って、闘技場の中に居た。
すでに熱気に包まれているフロアで、ノゥが何かを発見し袖を引っ張る。
「ん? どうしたノゥ?」
貴也はノゥの視線を追い、反応してしまったことを後悔する。
ノゥの指す方向には、観戦しながら摘むお菓子やら飲み物の山。
当然ながら、ノゥは目を輝かせてその山を見つめていた。むしろ今すぐダイブしそうな勢いである。
「この後夕ご飯を食べるんですから、あまり多くはダメですよ?」
前かがみで視線を合わせ、諭すようにルーインが言うと、分かってるのか分かってないのか、ウィッチハットが吹き飛ぶような早さでコクコクとノゥは頷いた。
「私も一緒に行くわ。
この人混みでは危ないもの。
貴也は先に席を取っておいてくれる?」
取るまでもなく指定席なのだが……と貴也は思ったが、こういう時は黙って従う。
それがマナーだと昔詩乃に言われたことがあった。
なので黙ってコクリと頷き、一人二階席への昇り階段を目指すことにする。
――が、人混みに揉まれ、押され、思うように進めない。
見えてはいる目的の階段がやけに遠く感じられ、貴也は泳ぐように人ごみを進む。
すると突然通路の扉が開かれ、慌しく男達が出てきたのを目撃することになった。
「退いてくれ退いてくれ!」
なにかアクシデントだろうかと、つい野次馬根性が出てしまい覗きに行ってみる。
ぞろぞろ出てくる男達は、どうやら担架で誰かを運んで行くところらしい。
「痛っでぇぇぇよぉぉぉぉ」
担架に乗せられた鎧姿の男が、腹を押さえて悶えていた。
出血はないようだが、いったいなにがあったのか?と、貴也は近くの人に聞いてみる。
「どうしたんですか? 苦しんでいたようですけど」
急に貴也に話しかけられたが、別段驚く風でもない鼻髭の男は、忌々しそうに吐き捨てた。
「ったくよぉ!
これから試合だってのに腹痛なんておこしやがって!
大方臆病風にでも吹かれやがったんだろうが、これじゃあ客が暴動を起こしちまう!」
だが男は、貴也の顔を見ると途端に癇癪を引っ込め、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる。
なにか良からぬ展開になりそうだと後ずさる貴也だが、その肩をバッと掴まれてしまった。
「背格好はちょっと足りねえが、まぁいいだろ!
あんた剣を持ってるし剣士かなんかだろ? ちょうど良いところにいてくれた!」
ああヤバイと貴也の心が警鐘を鳴らすがもう遅い。
すでに回りを屈強な男達に囲まれている。
「なぁに、死にゃあしねぇよ。
それに勝ったら当然賞金はあんたのもんだ。
ちょいと腕試しのつもりでよろしく頼んだぜ、先生!」
そうして両脇を抱えられ、引きずられるようにして貴也は扉の向こうへと消えていった。
『この男達に闘わせればいいじゃないか!』という憤怒の嘆きを残しながら。
「まったく、貴也はどこへ行ったのよ!」
用事を済ませて席へと辿り着いた三人の前に、貴也はいなかった。
場所を間違えているのかと辺りを見回すも、その姿を認めることは出来ない。
「もしかして迷子……でしょうか?」
ルーインの顔が青ざめる。
あれほどの人混みだ。流れに逆らえず、知らない場所まで流れ着いてしまったのかもしれない。
だが呆れたようにエンカに否定される。
「それは心配しすぎよ。
貴也だってもう大人なんだから」
「そう……ですよね……」
一応の納得はしたが、やはり心配なものは心配だと目を伏せるルーイン。
「席の番号は知っているのだし、もう少し待ちましょう?」
そう説き伏せ、席に座るように促す。
ここが魔物の巣窟であるならまだしも、安全な町の中だ。
そうそう滅多なことになるものではないと、エンカは考えていた。
それに、ここ最近の貴也の剣術の腕はメキメキ上達している。
なにかあっても一人で切り抜けられるだろうという信頼もあった。
未だ心配顔のルーインに、ノゥがお菓子を差し出す。
ノゥにまで心配をかけぬようにと笑顔で受け取った時、高らかに打楽器が打ち鳴らされた。
「お集まりの紳士淑女の皆様! 大変長らくお待たせいたしました!」
会場中から『うおぉぉぉ!!』と歓声があがる。
早くもボルテージは最高潮のようだ。
「本日の挑戦者の準備が整いました!
まずはいつも通り腕試しに魔物と闘って頂き、無事勝利したならば王者への挑戦とあいなります!」
「それじゃあ挑戦者さんが不利じゃないんですか?」
ルーインがエンカに意見を求める。
エンカもまたノゥからお菓子を分けてもらい、それを齧りながら答えた。
「そうなるわね。
きっと、いきなり王者と戦わせたら見せ場がなく終わってしまうからじゃないかしら」
興行であるのだから盛り上がりは大事である。
メインイベントたる挑戦者と王者の戦いが、始まってすぐに終わってしまっては肩透かしもいいところなのだから。
「では! 挑戦者の登場です!」
司会進行を務める鼻髭の男の声に合わせ、東口の柵がガラガラと巻き上げられる。
その奥の暗がりの中から、覆面を被った剣士が現れた。
身長はやや低めで、覆面の後ろからは束ねた髪の毛が馬の尻尾のように飛び出ている。
胸には銅色のプレートを付けているが、装備している品々は知る者が見れば一級品と分かるものばかりであった。
「おいおい! 銅色じゃねぇか!」
「そんなんじゃ王者に会う前にくたばっちまうぞ!」
会場中から野次やら怒号やらが飛び交う中、エンカとルーインは顔を青くしていた。
当然である。覆面をしていてもあれは間違いない。
「貴也さん……ですよね……」
「え、えぇ。
なんであんなところにいるのよ……」
さしものエンカも声を失う。
そんな二人を差し置き進む本日のメインイベント。
さっそく西口の柵も引き上げられ、暗がりからゴブリンが飛び出してきた。
「では、始めっ!!」
成り行きで出場することになってしまった貴也だが、今はすっかりやる気になっていた。
聞けば治癒魔法師達がしっかり控えていてくれて、死んだりすることは滅多にないらしい。であれば、特訓の成果を試してみるのに丁度良いのではないかと思い立ったのだ。
前方からゴブリンが槌を振り上げて走ってくるのが見える。
さっき運ばれた男の代役ということで、無理やり被せられた覆面を邪魔に感じる貴也。
だが視界がきかないほどではないので、無視してその一挙手一投足に集中する。
槌を振り上げているのは右手。
ならば右足を着地させながら袈裟に殴りつけてくるだろう。
そう読み、左前方へ躱す準備をする。
もちろん他の攻撃をしかけてくる場合に備えて、余力は残すが。
間合いまであと五歩、四歩、三歩……今ッ!
目論見通りに殴りつけてくるゴブリンの左後方に回りこみ、貴也は振り返ってガラ空きの背中を叩き切る。
しっかりと体重の乗った斬撃は、ゴブリンを右肩から斜めに切り裂いた。
「うおぉぉぉ!!」
「やるぞアイツ!!」
にわかに場内が沸き立った。
期待していなかっただけに、鮮やかな手並みを見せられ興奮しているのだ。
「さすがね! 私が教えただけのことはあるわ!」
さっきまで青かった顔を今度は赤くさせ、エンカが褒め称える。
その横ではルーインもノゥの手を握ってはしゃいでいた。
だが戦いはまだ序盤である。
司会の男がすかさず次へと進める。
「ご覧になりましたか皆様!
経験が浅いゆえに銅色ですが、その腕は紛れも無く一級品なのです!
さぁ、まだ遅くはありません! 賭け馬を変えるなら今のうちですよ!」
場内の興奮を焚きつけつつ、さらに儲けを出そうと貴也に賭け替えさせる手並みを見せる髭の男。
それに釣られて何人かの客が、賭け札をもって外へと走る。
それを見送ってから、司会の男は次なる魔物を呼び出した。
「さて、次は少し手ごわい魔物でございます!
ですがこれを倒せないようでは、王者にはとてもとても敵いません!
ではまいりましょう!
捕獲する時に六人も犠牲者を出した凶悪な魔物、バーバボアです!」




