機械帝国ラングドル
勇者として、まずはその役目を無事に果たせた貴也
しかしその戦いは、世界に新たな脅威が芽吹く前兆に過ぎなかった
新しく見習い魔女の幼女ノゥも仲間にし、4人となった貴也達は
人の言葉を話すインプの噂を頼りに、一路機械帝国ラングドルを目指す
コポ村より砂漠を越えて遥か南。大陸を横断する大運河に突き当たってから川沿いに東へ進むとそれはある。
河口に位置し、海と運河という貿易に打ってつけの立地にあるその国は、しかし建国してまだ日が浅い。
海岸線が切り立った海食崖になっており、以前はそこが怪鳥系魔物の棲家になっていたからだ。
そこに勇者アラニスの一行が訪れ一網打尽。海を渡って魔王城へ向うための拠点にしたのがその国の歴史の始まりだと、道すがらエンカが貴也に語って聞かせた。
ルーナ中佐達魔導王国軍に護衛されながら2日。
国境を越えて護衛役が機械帝国軍に変わってからさらに半日を経て、ようやく貴也達は機械帝国ラングドルに到着した。
もっともその半分以上の時間を、貴也は寝て過ごしていたわけだが。
現在は海運都市国家として貿易の要所になっているこの国が、それでも機械帝国と呼ばれる理由。
都市をぐるりと囲む外壁をくぐり抜けたところで、一行はそれを目の当たりにした。
「な、なな、なんですかこれは!どうやって動いているんでしょうか!」
「話には聞いていたけれど、実際に見てみると想像以上に奇怪ね」
「んー」
反応は三者三様であるものの、未知の物に出会った興味と驚愕という感情は共通している。
ただし貴也だけは違う感情を示した。
そもそも『機械帝国』というワードに貴也が抱いていた想像は、SFのような自立型ロボが跋扈する様であったり、透明なガラス管のようなスロープが、網目のように張り巡らされた街並みだったのだ。
だが今目の前にある景観はまったくかけ離れている。
ガタンガタンと大きな騒音を立てながら水を汲み上げる滑車。
いくつもの歯車を回して、漸くノロノロと開閉する水門。
あちらこちらから凄まじい勢いで噴出している蒸気。
それらは近代的とは到底呼べぬ代物ばかりで、貴也の知る言葉で表すならば『スチームパンク』
それも『発展途上の』とか『出来の悪い』などの修飾語で飾らなければならないような、お粗末なものであった。
しかし貴也の後ろの三人は
「あ、あれも凄いですよ貴也さん!勝手に扉が開きました!」
「見たか貴也!急に水が吹き出したぞ!この下に魔術師が入っているのだろうか!?」
「__ッ!」
と未だ興奮冷めやらぬ様子である。
そこに護衛を引き連れた細身の男が近づいてくる。
「どうです凄いでしょう!
えぇえぇ言わなくとも分かりますよぉ!どうぞお気になさらず歓喜感動感涙しなさぁい!」
肩から白衣をひっかけたその男が、両手で天を仰ぎながら高笑いする。
気圧される一行の中から、エンカが一歩進み出る。
「あなたは?」
「これはこれはワタクシとしたことがぁ!
申し遅れました。
ワタクシこの国で元帥とかやっておりますコーゼオ・レックサーと申します。
以後お見知りおきを。
あ、ちなみに父は皇帝です」
『この変人が?』と言わんばかりの懐疑的な視線をぶつけるエンカ。
ルーインとノゥも顔を見合わせている。
コーゼオと名乗った男はともかく、その後ろに控えている護衛は間違いなくこの国の兵士である。
よもや兵の前でそんな不敬を犯すとも思えないので、半信半疑ながら信じてみる。
「あっはぁ?お疑い?お疑いですねぇ?」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「えぇえぇ、お気になさらず。
初対面の方は大体同じような反応をされますからぁ」
なにが可笑しいのかまた高笑いするコーゼオは、ひとしきり笑ってから
「なんでも人語を話すインプ?
えぇえぇ、ワタクシとしてもそれはそれは興味を惹かれる魔物ですがぁ。
しかしそんな噂話の為に遠路はるばるお越し頂いたとかぁ?
なんともかんともお暇ですねぇ」
「__コーゼオ殿。
元帥であり皇帝のご子息とはいえ、勇者に向ってその態度は無礼なのでは?」
こういう時のエンカは非常に頼りになる。
物怖じしないし、なにより場慣れしている印象を受ける。
萎縮してしまって何も言えなくなるルーインとは正反対だ。
ノゥは物怖じも萎縮もしていないが、興味もないといった風。
「いや、いいよエンカ」
「あなたが良くても、そういう訳にはいかないわよ」
そこで貴也も考え至る。
魔王を倒した英雄である勇者アラニスなのだから、敬われていなくてはならないのだ。
少なくともアラニス本人であると公言しなければならない公の場では。
エンカの言葉に含まれたそのニュアンスをコーゼオも読み取る。
「えぇえぇ、そうですねそうでした。
申し訳ありません勇者さま。
ワタクシこういう性格なもので、ご容赦願いますぅ」
「いえ、気にしてないので。
それよりそのインプの話を詳しく聞きたいんだけど」
「それはもちろん当然ですがぁ、それより先に皇帝にお会い頂いてもよろしいですかぁ?」
貴也はその申し出を快諾した。
今回の訪問の目的は、人語を話すというインプの調査と討伐だったので無理に皇帝に会う必要はない。
しかし無碍に断る訳にもいかず、またエンカの姉の情報をなにか持っているかもしれないということもある。
ますますもって萎縮するルーインを連れ、一行はコーゼオと共にラングドル城へと登ることとなった。
ラングドル城は海岸線の切り立った崖を削って建造されている。
ゆえに城へ行くことを『登る』『登城する』とは言うが、実際には都市部より下ったところに位置していた。
「珍しい構造だろう?
もともと此処いら一帯は魔物の住処でな。
それを治めていた加護持ちの魔物ラングロアの居城。
それをそのまま改装して使ってんだ。
ラングドルという国名も、その魔物から取った。
あれを勇者アラニスが倒す時、ワシも手伝ったからな。
倒した奴からはなんでもかんでも分捕るのがワシ等の流儀なのさ」
玉座に座る恰幅の良い男が自慢気に語った。
ラングドル帝国の初代皇帝ドルオス・レックサーは、還暦を過ぎているにも関わらず、全身に気力を漲らせていた。
ロイツ程ではないにしろ身長が高く、筋肉にも張りがある。
真っ白い豪快な髭を蓄えた顔には、海賊時代の勲章だという傷が無数にあった。
「しっかしオメェが今の勇者か。
確かに中身が違うみてぇだな。纏ってる迫力、気配みたいなもんがまるで違ぇわ」
ガッハッハとドルオスは豪快に笑った。
元の勇者がどれほど凄い人物だったのか貴也は知らないが、それが自分と比べ物にならないというのは当然だろうと思っていた。
だが仲間達は違っていた。
もちろんアラニスに劣るということは分かっているが、それでも貴也が貴也なりに勇気を振り絞って結果を出したことを知っているから。
そして、今は旅を共にする信頼出来る仲間なのだから。
表情を険しくする三人の心情を察し、ドルオスは
「いやいや、すまねぇ。
別にコイツを貶めようってわけじゃあねぇんだ。
むしろワシは、丁度いいと思ってんだからよぉ」
と手を振ってみせる。
「丁度いい?」
妙な言い回しだ。
弱そうでも、頼りないでもない。
その真意を確かめるように、貴也はドルオスに目で促す。
「元の勇者さんはよぉ。そりゃ強えぇ奴だった。
ちっこい身体……ってのは今も同じか。
その身体のどこにそんな力があるんだってくれぇ、めちゃくちゃな奴だった。
__だがよぉ、そりゃちっと都合が悪いんだわ」
ドルオスはやおら立ち上がり、窓を開け放った。
海に面する窓は、開かれると同時にむせ返りそうな程濃厚な潮風を吹き入れる。
眼下には真っ青な海が広がるが、ドルオスはそこではなく岸壁を指差す。
「あれが見えるか?」
貴也は歩みよりドルオスが指す方向を見た。
岸壁には、見るからに丈夫そうな鋼鉄製の大きな円柱。
中が空洞になったそれが、射出口を外に向けていくつも横並びに設置されていた。
「あれはうち独自の技術で開発した兵器でな。
火を入れれば中から鉄の玉が弾き出されるって寸法よ。
来る時に都市の周りを囲む外壁があっただろ?
あの上にもいくつもあれが設置されてる」
まだ話の意図が掴めず困惑する貴也をよそに、ドルオスは玉座に戻り座りなおした。
「あれらは外敵から国を守る為の武器だ。
その威力は折紙付き。
この間もオーガの群れを粉々にしてやった。
だけどよぉ、あんなもんいくら集めても魔王ぐれぇの力をもった魔物にゃ手も足もでねぇわけよ。
だが勇者は……厳密には勇者とその仲間達だが、そいつらは人の手で魔王を倒しちまったわけだ」
そこまで聞いて、ようやくドルオスが言わんとしていることが貴也にも見えかけてきた。
しかしその結論が『丁度いい』に帰結するのだとしたら、それはさすがにドルオスの杞憂ではないか?
同じ結論に辿り着いたであろうエンカは、それが杞憂どころではなく侮辱だと指摘する。
「勇者アラニスがその武をもって貴国を、いや、人を攻めることなどありえないッ!」
それにルーインも同調する。
貴也自身も同じ気持ちである。
だがドルオスはそれを鼻で笑う。
「てめぇらはまだ若けぇから知らねぇんだよ、人間の闇を。そして弱さをよぉ。
別に謎掛けしようってわけじゃねぇぞ?簡単な話さ。
手っ取り早いのは金を積むか女をあてがうかだな。
それでダメなら仕方ねぇ。
友人、恋人、妻、両親。まとめて攫っちまえば逆らえやしねぇよ。
なんせ自分を犠牲にして世界のために命賭けちまうようなお人よしなんだからよ、勇者なんてのは。
そうやって制御できる、魔王を超える力をもった人間。
そいつはもう兵器だ。しかも最悪の部類のな」
「外道が」
エンカが漏らす。
皇帝であるドルオスを非難する。
だが反論はしない。できない。
その有効性は認めざるを得ないから。
「へっ、褒めんなよ。
だけどよぉ、これは別にワシだけじゃねぇぞ。
他の国のやつらだって同じことを考える。あたりめぇなんだよ。
だからよ、何がなんでも他の国に先を越させるわけにゃいかねぇ。
他国を攻めるつもりがなくっても、自分とこの国を守りてぇなら絶対に手に入れておかなきゃならねぇんだよ」
誰も反論出来ない。
心では否定しても頭では理解できてしまうから。その主張の正当性を。
「納得出来たみてぇだな。
だからワシは言ったわけよ、『丁度いい』ってな。
加護持ちの魔物が残ってる以上勇者の存在はかかせねぇ。だが余る力はどこの国にとっても脅威。
だから今のてめぇの状態は丁度いいんだ」
そして最後にこう締めくくった。
『ひょっとしたら、同じような考えで勇者の魂をどうにかしちまった奴がいるのかもしれねぇなぁ』と。