海賊の流儀
ひとしきり話終えたドルオスは、玉座の上で目を閉じる。
最後に言った言葉。勇者の魂の消失が、人の手によるものである可能性への言及。
それについて自問しているようにも見えた。
会話を拒むかのような態度に、しばし静寂が訪れた謁見の間。
潮風で満たされた室内は、先ほどまでより大分肌寒さを感じる。
元海賊だという皇帝にとっては、それが揺り籠のように心地よいのかもしれないが。
「__人語を話すインプ。そんな話だったか」
瞼は上げず静かに、しかし腹の底に響くような声でドルオスが言う。
「確かにそんな噂話があるみてぇだな。
しかしよぉ、そんなもんが本当にいたとして、なんか問題があんのか?」
「知能を持った魔物は、加護を持っている可能性があります」
すかさず貴也が答える。
ようやく本題に入れたのだ。まずはドルオスの興味を惹きたい。
「ほぉ?加護持ちか。そいつぁやっかいだな」
その試みはひとまず成功したようだ。
ドルオスの瞼が開く。
「ここに来る前ですが、フォルスボア領のコポという村が魔物の大群に襲われました。
やつらは非常に統率の取れた動きをみせ、村を蹂躙したのですが、その時魔物達を率いていたのが加護持ちのオーガでした」
「たかがオーガが加護を持っていて、大群を率いてみせたと。
あぁ、なるほど。そりゃ面倒くせぇ話だな」
「ですから俺達は勇者の力で災いの種を早期に摘むべく、ラングドルまでやってきました」
「そいつぁご苦労。だが__」
話に一定の興味を示していたドルオスだったが、その声音に魔導軍のロイツ大将がもったような危機感は感じられない。
情報が上手く伝わっていないのかと訝しんだ貴也だが、そうではなかった。
ドルオスには自信があったのだ。その程度では国は揺るがないという自信が。
「さっき見せた兵器。
ワシ等は『爆砲』と呼んでるが、あいつがありゃ魔物の群れなんざ怖くもなんともねぇよ。
実際あれで何度もオーガやらの群れを撃退してるしなぁ」
「ですが、如何に強力な兵器でも加護持ちを滅することは出来ません」
珍しく、声を荒げたのはルーインだった。
彼女もまた加護持ちの恐ろしさを経験した一人だからだろう。
なんとしてもその脅威を伝えたいという思いが伝わってくる。
だがドルオスはそれを鼻であしらう。
「殺せなきゃ殺せないで構わねぇのよ。
そうなりゃひっ捕らえて、身動き取れねぇようにして牢屋にでもぶち込んでおきゃいいんだからよぉ。
魔王やその幹部級の魔物だってんなら話は違ぇが、たかがインプやらオーガなら殺せなくても対策はできらぁな」
貴也は目から鱗が落ちる思いがした。
殺すことが出来なければ脅威は取り除かれない。
その考えに固執するあまり、他の方法を考えもしなかったのだ。
「そんなわけだからよぉ、てめぇらの世話になるこたぁないと思うぜぇ。
まぁしかし、遠路はるばる来てもらって手ぶらで返すのも流儀に反するんでなぁ。
そのインプの話はちゃんと調べてやるから、街でも見物しながら待っとけ」
そう言ってガハハと豪快に笑ってみせる。
その表情には、やはり魔物に対する脅威は微塵も感じられなかった。
インプの話がひと段落すると、今度はエンカが一歩進み出た。
彼女にとっての優先事項である姉の消息の情報を聞くためである。
「おぉ、てめぇあの姉ちゃんの妹か!
どうりで見覚えのある乳だと思ったぜぇ!」
思わぬところに姉との類似性を見出され、バッとエンカは胸元を腕で隠す。
もっとも服の上からでもわかる豊かな乳房は、到底隠しきれるものではなかったが。
「アラニスと一緒にいたからワシも面識があるんだが、ありゃいい女だった。
強く逞しく、そして美しかった。
ワシのものにしたくて抱こうとしたら引っ叩かれたがなぁ!ガハハ!」
さっきまでの会話と比べて上機嫌のドルオスは、昔を懐かしんでか視線が遠い。
そして過去の幻影とエンカを見比べているようにも見えた。
「ほかの奴らがどうなったかなんて興味はねぇが、レスタシア・クォルツだけは別だからよぉ。
ワシはあいつが行方知れずと聞いて、すぐに捜索隊を派遣してやったわ」
やってることは職権乱用みたいなものだが、それだけに手がかりへの期待がもてるのではないか?
エンカも同様の思いなのか、ドルオスの次の言葉を固唾を呑んで待っている。
「結論から言やぁ、見つけることは出来てねぇ。
見つけてたら今度こそモノにするために、引きずってでも連れ帰ってるしな」
期待感があっただけに、エンカは目に見えて落胆している。
だがドルオスはこう続ける。
「だが収穫は0じゃねぇぞ。
魔王が死んだ2日後、パーズィーって港でそれらしい女を見たって目撃情報がある」
パッとエンカの顔に希望がさす。
姉を探し始めてから、初めての目撃情報なのだから無理もない。
「パーズィー港といえば、魔王の居城があった大陸から海を隔てて南にあるメービス大陸の玄関口ですね」
ルーインが頭の中の地図を引っ張り出して補足した。
「あぁ。だがそれっきり目撃情報はねぇ。
昔のツテで海の上の情報は大体入ってくるからよぉ、まず間違いなくまだメービス大陸のどっかにいるハズだぜ」
それ以上の情報は得られず、貴也達はインプの情報が集まるのを待つために街へと向かうことにした。
その姿を見届けてから、ドルオスは一人思い出す。
レスタシアが最後に目撃された時の詳しい話を。
『パーズィーの港で船を降りる姿を見たって奴がいましたぜ。
ただ、なんていうか様子がおかしかったそうで。
なんでも首輪を付けられて、奴隷みてぇに鎖で引かれてたとか。
勇傑の7人にそんなことするはずがないから、見間違いかもしれねぇって話でしたが』
戻った捜索隊の部下は、そのように報告していた。
英雄の一人にそんな仕打ちをする。通常では考えづらい話だ。
だがドルオスはありえると考える。
勇者ですらあの状態なのだ。他の戦力を邪魔に思う、もしくは利用しようとする人間がいてもおかしくはない。
いまだ開け放たれたままの窓から、一面に広がる青い海を眺める。
『ったく陸の上は面倒くせぇことばかりかよ』
誰に聞かせたわけでもない言葉は、やがて潮風とともに青に溶けて消えた。




