82.平凡なる超えし者、だいたいの仕事を終える……
「よいしょ、っと」
担いできた大腕猿と、大型の地龍を地面に下ろす。あー重かった。
「て、手伝いなさい! 早く!」
私の倍の獲物を、担いだり背負ったり引きずったりしてきた執事くんが騒いでいると、その辺で作業をしていた風通しのよさそうな骸骨兵数体が向かう。
「今日も大量だな。結構なことだ」
これまた作業中の第五魔将軍が、猟師の嫁みたいなことを言う。
嫁の近くにある木材に座り、やれやれと息をつく。
「ちょっと疲れちゃった」
ここ数日は完全に肉体労働だ。肉体疲労はないけど気疲れはするんだよなぁ。案外これがネズミにとっての肉体疲労なのかもしれないなぁ。
「おかげで助かった。これで粗方整地が済んだ」
ああそう。そりゃよかったね。
「そっちはどう?」
「懐かしいな」
あ、そうなんだ。
「将軍には下っ端仕事すぎない?」
「そんなことはない。非戦闘時はできることも少ないからな。訓練と雑事はよくやっていた」
なるほど、だから手馴れてるわけか。
今第五魔将軍は、獲物の肉をさばいている。
毎日大物の動物を何匹も狩っているので、それの処理に追われている状態にある。
人手が必要になり呼び出した骸骨兵と一緒になって、獲物を解体したり肉をさばいたり革をなめしたりと雑事をこなしている。
実は、物質から瘴気を抜くという方法もあるらしく、これも大事な魔王の資金源になるということだ。
いやあ、それにしてもすごいね。
「この大陸、動物と魔物が強いね」
まるでラストダンジョンだ。敵が強いのなんのって。
まあ、ちょうどいいけど。
魔素稼ぎもできるし、それなりにがんばらないと狩れないし、ネズミの記憶に残すにはなかなか適した環境ではあるのかもしれない。
それに、図鑑にも載っていないような知らない植物にも触れられるしね。得るものが多い。
「そうか? 千年前と比べれば欠伸が出るが」
そりゃ君らは神の軍勢とかと戦ってたからでしょ。神様とその辺の生き物を比べるなよ。
「確かに認識がズレてるね」
今の時代に生きるには、武闘派すぎるんだよなぁ。
大して興味もなかったし大方そうだろうと思っていたが、第五魔将軍の現在のことである。
水晶玉の中に入りながらではあるが、無事魔王の元へ帰還を果たした第五魔将軍だが、取り立ててやることがなかったのである。
ガステン、リアジェイルなんかは転生した身なので、それぞれの生活がある。
しかし第五魔将軍ヘーヴァルには、生活自体がなかった。
肉体がないばかりか、そもそもが周囲に悪影響を与える亡霊のようなものなので、人間社会に混じって情報収集を、というわけにもいかない。
そして何より、魔王自身が彼女に望むことがなかった。
要するに「待機」しかできなかったのだ。
封印から目覚め、急いで合流しようとしていたが、急いで合流したところで何もやることがない。
帰還を果たし、魔王と長らく語り合った後。
何もやることが、やれることがないと発覚したので、ならばと進言したのがこの魔王城の復興である。
昔は護衛としてできるだけ一緒にいたらしいが、この時代には護衛なんて必要ない。
魔王に匹敵する敵なんて早々いない。
……という説明を本人からされたので、単身ここまで来て作業をしているわけだ。
毎日一緒に作業をしている間柄なので、そういう話も普通にしてしまった。
あんまり深入りすると面倒臭そうなんだけどね。
でも思ったより話しやすいもんで、割とおしゃべりとかしちゃうんだよね。
第五魔将軍は、結構気さくなのだ。
女同士だからか、将軍がすでに私を味方と認識しているからか……それとも、何を話そうが知られようが殺してしまえば口封じできると極端な結論を出しているか、とか。
……最後の可能性も、捨てきれないんだよなぁ。
将軍なんて呼ばれる輩が非情な手段を取れないわけがないから。
情に流されるような甘い奴が指揮官だなんて、魔王が任命するとは思えないし、戦局を見極められない指揮官の下では部下もかわいそうだしね。
当時の意識のままこの時代にいるなら、本気でありえる話である。
一応保険は掛けておいたが、果たしてどうだろうね。
気軽におしゃべりしちゃっただけに、色々と聞いている。
たとえば、見渡す限り森だったこの大陸は、まだ人間が到達できていない場所にあるらしい。
普通の船では決して渡れない、海そのものが瘴気を放っている海域の中にあるそうで、この時代では「魔海」と呼ばれ近づいてはならない場所とされている。
近づけば確実に船が沈むと言われ、避けられている。
だからまだ誰も来ていないのだ。
魔海。
もしかしたら、この大陸が瘴気を放っているのではなく、周辺の海から来ているのかもしれない。いわゆる海の瘴気で汚染された大陸、という感じで。
空も、実はずっと暗いんだよね。
ずーっと暗雲が立ち込めていて、よく雷が光っている。雨はそんなに降らないけど、どうも雲が流れている感じがしないんだよね。
聞けば年に数回晴れ間が見えるくらい、天気も悪いそうだ。いや、魔王連中にとっては、天気が良い方が悪いのかもしれないけど。
まあ、何が真実だろうと、私には関係ないけどね。
瘴気まみれではあるものの、緑が豊富な森ばかりの大陸だったが、今はようやく森の五分の一ほどが整地されている。
木々を取り除いたそこには、確かに文明の跡があった。
長く野ざらしだったので原型はほぼ留めていないが、城壁の一部だったと思しき瓦礫がたくさん見つかった。
今は、多数の骸骨兵たちがそれを片付けているのだが、まあ、こればっかりは何年も掛かる作業になりそうだ。
何せ、見通しがよくなったおかげで、城の大きさもわかっちゃったし。
大きかったんだねぇ。なんとかドームみたいな野球場より余裕で大きいみたいだしねぇ。
「肝心のものは見つかったか?」
「まだ探してないよ」
で、広大な瓦礫の海のどこかが、かつて宝物庫だった場所である。そこに私の報酬があるわけだが……
パッと見ではわからなかったので、案外地面に埋もれているかもしれない。
というか、そもそも千年以上前の宝が、原型を留めているのかって疑問もあるが。
そこのところは大丈夫である可能性が高いらしい。
宝物庫や有用な宝は、厳重に魔法で保管と保存をしていたそうなので、今でも魔法の効果が有効なのではないかと。
当時魔王軍で一番魔法に優れていた魔将軍リアジェイルが施したそうなので、そんじょそこらの魔法とは格が違うのよと本人が言っていた。まあ話半分に聞いといたけど。
最初から報酬に期待はしていないので、案外どうでもいいのだ。
ただ、一応依頼の条件ではあるので、果たさないと面倒臭いことになる。
たとえば魔王に借りを作るとか、そういう方面でね。
面倒なのでその辺のやり取りはきっちりしておきたい。
「まあ、探そうと思えばすぐ見つかるんじゃないかな」
百花鼠の力ならできるだろう。焦る必要もないので、今日はこんなもんだろう。
「ちょっと早いけど今日は帰るよ。送ってくれる?」
と、私は立ち上がった。
「わかった。また明日だな」
――今日は帰れるか。問題は明日かな。そろそろ私の手伝いは必要なくなるし。
第五魔将軍の転送魔法にて、私は魔法学校に帰還した。
何が起こるかわからない、しかし何かあるならここしかない12月なので、夕方には学校に帰ることにしている。
そして、第五魔将軍のあるかもしれない私への暗殺行為に対する保険でもある。
毎朝魔王に送ってもらっているので、それが途切れれば不自然にも思うだろう、と。ルーチンが崩れる不自然は第五魔将軍もすぐに気づくだろうしね。
簡単に言えば、私に何かしていつもの行動ができなくなったら魔王にバレるぞ、という抑止力となっている。
まあ、何もしないでくれた方が、やっぱりありがたいんだけどね。
保険は掛けたけど、起こって欲しいと思っているわけではないから。こんな予想ははずれていいのだ。
一夜明けて、魔王に送ってもらって勤務先である魔王城跡地へとやってきた。
向こうは晴れだったけど、やっぱりこちらの天気は悪かった。
薄暗い世界で、風通しの良さそうな骸骨兵たちがもくもくと働いている姿は、……あんまり見ていたいものではないかな。不吉というか。
やっていることは人間もやるような労働なんだけどね。
「来ましたね」
お、執事くん。そういやこの大陸では日中の活動もできるんだよね。瘴気も含めて、やはり特殊な場所ではあるのだろう。
「おはよう。将軍は?」
いつも朝の出迎えは第五魔将軍がしてくれるのだが、今日は執事くんのみである。
ちなみに第五魔将軍と話している時は、執事くんはほぼ発言はしない。
あくまでも使用人ってことだね。
「知人を訪ねに、少々遠くへ行っています」
知人?
「いるの? この時代に?」
千年以上前の知っている者でしょ? 生きているとは思えないんだけど。
「いるみたいですね。僕にはわかりませんが、将軍はわかるようなので」
へえ、そうなんだ。まあ長生きな人種もいるみたいだから、いないとは言い切れないか。
「それで、今日はどうするのですか? 植物の処理は大方終わったと思いますが」
うん、そうだね。
まだ大陸の外側は木々が茂っているが、内部の処理は済んでいる。
今のところ永久資源と呼んでいい木々である、全部無くしてしまうのは惜しい、……というのは話すまでもなく一致した方針である。
瓦礫をどうにかするのは、私じゃなくてもできるだろう。
休息も食糧も休憩も必要ない骸骨兵を増員すれば、むしろ私より効率的に作業は進むだろうし。
この大陸特有の植物なんかは一通り見て触れたし、戦闘はきちんとこなしたし。
ここでしかできない用事は、なくなったかな。
「今日は宝物庫を探そうか」
最後に報酬を受け取って、私の仕事は終わりだ。
――大変革まで、あと3日。




